キスの定義 ノック音も響かずに勝手にドアが空いた。夜更けにまだ普段着のナワーブがフードを被ったままドアを後ろ手に閉める。ゲームが長引いたのだろう。
「こんな時間にどうしました」
風呂に入った様子もない彼を寝衣のリッパーがソファから呼んだ。用がなければ彼は滅多に部屋に来たりはしない。寂しいから、恋しくて、などと可愛らしい感情で動く男ではない。だからリッパーは何か用事があるのだと踏んでいた。
「ジャック」
ナワーブがリッパーの隣に座るとソファがゆったりと沈んだ。ティーカップを持つリッパーの腕を掴んだ。するり、とその掴む向きを変えて、リッパーの腿を跨いで向かい合わせになる。少し背の勝ったナワーブがリッパーを見下ろした。
「ジャック」
「ナワーブ、今日は無理だ。明日はゲームだ。忘れてはいないでしょう」
甘みを含んだ声で名前を呼ばれる。この男はセックスをご所望だ。
ティーカップを持っていない手で細い腰をさする。明日の被害が重いのはこの男だ。知っている筈なのに、強請ってくるのは珍しかった。
ナワーブはリッパーの返答に特段顔色も変えなかった。それどころか突拍子もないことを言い出す。
「昨日はキスの日だったらしい」
「……はあ。それで?」
「俺達はしてない」
確かにそうだが。
昨日は特に何も無かった。普段通りの生活を送っただけだ。彼の今の言葉がなければそんな意味の無い情報が耳に入りはしなかっただろう。今日のこの男は珍しい事が多い。
「そんなものを気にするタチでしたか?」
「いや、ただしたいだけだ」
「貴方、時々思考ブッ飛んでますよね」
キスの日の話はなんだったのか。結局はキスをしたくて乗り込んだということか。初めからそう言えば良いだろうに。
リッパーはナワーブとのキスは嫌いじゃない。寧ろ苦しむ姿が好ましかった。しかし今日はそうゆうことではないのだろう。彼からアクションを起こそうとしているのが分かる。好きにすればいい、と言わんばかりにリッパーはナワーブを見た。ナワーブは暫くじっとフードの中から見つめ返して、口を開く。
「舌だせ」
「はい??キスだと言いましたよね?」
「キスするから、だせ」
なんという言い草だろう。これではまるでレイプ魔だ。半ば呆れながらリッパーは口を開いた。ずろ、と長く赤く濡れた舌が現れる。
一体どうするつもりなのか。
リッパーは傍観者のような立場でナワーブを観察する気持ちだった。ナワーブはそれに気付きながら舌に口付けた。ちゅ、と小さな音がした。何度も何度も先端にキスをしてから、ぺろ、と舐める。
「ん、ん」
チロチロと長い舌を小さな舌が這う。舌同士を合わせるようにしては先で弄ぶようになぞる。猫が毛並みを整えるような動き。ざらついた舌の感覚が腰をざわめかせる。ナワーブは目を細めながら健気に奉仕している。リッパーはその姿から目を離さなかった。至近距離で穴が開くほど見つめているのに、ナワーブはリッパーの舌に唾液を落とした。そうして全体を隈無く舐め回したところで、彼が口を大きく開ける。
「ぁ……ん」
ナワーブは口内に舌を受け入れた。ちゅう、と先をしゃぶってからどんどん進み、半分を仕舞い込んだ。リッパーは黙っていた。ナワーブが視線を寄越して目元だけで笑った。
「ん…っんぶ、っむ、んんッ」
じゅぼ、じゅぼ、じゅる、じゅる。
ナワーブは水音を響かせて舌を口内から出し入れした。リッパーはこの行為の名前を知っている。本来愛撫を受ける筈の場所が熱を持つ。
「あ、ッン、う、っん」
リッパーがピンと張らせた舌を顔を動かして相手をする。喉の奥まで招いてもまだ残りがある。だからナワーブはリッパーとのキスで呼吸が止まりそうになるのだ。わざと喉を埋めようとするそれがナワーブもまた好きだった。
喉を締めて舌で撫でる。沢山の唾液を絡めては咥え、吸いながら奥へ奥へと誘う。いっぱいに開けた口で艶やかな赤色を頬張っている。ぐっと奥に入れ込むとナワーブが咽せると同時に腰がひく、と揺れた。
リッパーは腰に当てていた手をフードに入れた。頬を通り越して頭に触れ、フードを落とす。紙紐を解けば前髪がたらりと額に掛かった。紅茶の入ったティーカップをソファの上に置く。
「ン、っふぁ、ん、うッ、む」
ナワーブは力が抜けてきている。段々と腰が落ちて到頭リッパーの腿に着いてしまった。酸欠か何かで赤くなった頬を使って、目を閉じて必死にしゃぶりながら鼻で息をしている。腰をゆるゆると振って硬さのある前を脚に擦り付けた。その位置が腿から股に変わる。硬さと硬さが擦りあった。ナワーブはゆっくりゆっくり舌を喉から解放した。最後にちゅる、と先端を吸って離す。
「♡」
べろ、と垂れた唾液を舌舐めずりして溶けた瞳で此方を見る。リッパーは舌を仕舞って口角を上げた。
「私の知らないうちにキスの定義が変わったらしい」
大きな左手はナワーブの腰を容易く掴んだ。腿の付け根から股関にかけて指でなぞればナワーブがぐい、とまた擦り付ける。
「その気になったか?」
「成程、私はまんまと騙された訳だ」
最初からヤる気だったんじゃないか。ここまで来たら引き下がれない。戻れない。そう分かっていて仕掛けたのだ。
悪くない。
ぐるり
リッパーとナワーブの位置が反転する。腕を抑え付けて見下ろす。欲に塗れた顔を隠そうともしなかった。期待するように薄く口を開いて挑発している。リッパーの長い舌が舌舐めずりをする。彼の小さなそれではできない、凶悪なもの。それに瞳を輝かせる事ができるのはナワーブだけだ。
零れた紅茶が膝を濡らす。そんな事を気にする人は今この部屋にはいない。
「昨日。庭師がお前にキスしたのを知らないとでも?」
声が低くなる。小さな顎を片手で掴み上げて熱の篭った吐息を漏らす口のずっと横、見えもしない彼女の跡を消すように指で強く擦った。
「簡単に許されると思うなよ」
「あは♡」
2人はソファに沈んで溶け合った。
翌朝一番のゲーム。サバイバーによると2人揃ってラグかったとかなんとか。