平気な事と平気じゃない事。 今日のショーも大成功で幕を下ろした。
お客さんの話し声や笑い声を聞きながら、余韻に浸っていると肩を叩かれる。
「今日も大成功だったな!」
ニッと歯を見せながら笑う司くんは、いつも以上にキラキラと輝いていた。
それは汗が光を反射しているからなのか、気分の高揚からなのか分からなかったけれど、ずっと見ていたい気持ちになる。
「類、大丈夫か?」
「問題ないよ、少しぼーっとしてたみたいだ」
見惚れていた。なんて言えるはずもなく、当たり障りのない言葉を返してしまった。
「疲れているなら、先に帰っても大丈夫だぞ?」
「そこまでしなくても大丈夫さ」
「それならいいが……」
観客席から聞こえてくる声も少なくなってきたから、片付けを始めても良さそうだ。
「天馬さん、お客様がお見えになっています」
「オレに?」
ステージ裏の出入り口から入ってきた着ぐるみくんが、淡々とした声で伝えて来た。
司くんを訪ねてくるという事は、咲希くんか昔馴染みさん達だろうか。
心当たりはないようで、指名された当人は首を傾げている。
「はい、浜野さんという方です」
「浜野さん!? 悪い、ちょっと行ってくる。体調が悪いなら休むんだぞ!」
慌てたように観覧席へ向かう司くんに興味がわいて、その後をついていく。
【はまのさん】
初めて聞く名前だ。
僕の知らない知り合いが居るのは当たり前なんだけれど、凄く気になってしまう。
ステージの袖に隠れて、二人の様子を窺う事にした。
「天馬くん、すごく良かったよ!」
「楽しんで頂けたのなら嬉しいです」
えむくんのお兄さん達に対しても、あまり使わない敬語で話す司くんの姿は新鮮だ。
「チョコレートファクトリーのショーではありがとう。あの後に贈ったら、彼女からお返しが来たんだ」
「おぉ! それは良かった!」
彼はチョコレートファクトリーで、司くんと一緒にショーをした人なのか。
瑞希と東雲くんの手助けがあったとはいえ、彼が持ち直すまで司くんがアドリブで繋げたというショー。
なんだろう、嫌だ。
胃がムカムカする。
対人関係では仕方がないと割り切れるのに、なぜショー関係だと割り切れないのだろうか。
「今度は友人達と観に来るね」
「お待ちしています!」
「これは天馬くんに、こっちの二つは手伝ってくれた二人に渡してくれるかな」
「任せてください!」
司くんは色違いの手提げ袋三つを受け取ると、いつものキラキラとした満面の笑顔で応えた。
「じゃあ、またね」
「はい!」
彼は優しく笑うと、ワンダーステージから遠ざかって行く。その後ろ姿を見て、僕は肩から力を抜いた。
「さてと、戻るか。って、類! 居たのか」
「ごめん、気になってしまって」
ステージに戻ってきた司くんと鉢合わせしてしまい、気まずさに視線を反らしてしまう。
「オレよりエキストラの経験は豊富な人だから、また会って話をしたいものだな」
そっちじゃなくてと反論したかったが、後の言葉が思い付かなかったので、否定も肯定もしなかった。
片付けをするためにステージへ向かおうとすると、司くんに進路を遮られる。
「……類、先に更衣室に戻って着替えておけ」
「え?」
「顔色が悪い」
ジッと見つめてくる司くんの視線から逃げるように、前髪を整えるフリをした。
ステージから届く明かりがあるとはいえ、暗いこの場所で顔色がハッキリと見えることはない。
「気のせいじゃないかな」
「類」
誤魔化そうとしたけれど、心配だと目で訴えられれば白旗を上げてしまう。
胃の辺りの違和感は残ったままなので、助かったというのが本音だ。
「分かったよ」
「分かれば、よし!」
手が伸びてきて頭を撫でられると、ムカムカしたものが少し軽くなる。
「紙袋、持っていこうか?」
「頼んだぞ」
紙袋を差し出した司くんは、ステージへ行ってしまった。
受け取った三つを観察してみる。
イエロー、オレンジ、ピンクの紙袋は誰に渡す物なのか、一目で分かるようになっていた。
これ以上、見るのも失礼すぎるから止めておく。
「あ、大道具……」
ステージを覗いてみると、着ぐるみくんが手伝ってくれていた。
戻ってもいいけれど、司くんに本気で怒られそうだ。
「言葉に甘えよう」
ステージを背にして、おとなしく更衣室へ向かう。
着替えを終え椅子に座って、自分の気持ちを整理していく。
司くんの交友関係が広いのは、素直に尊敬している。僕は彼みたいに、色んなタイプと知り合うのは苦手だ。
昔はそうではなかったけれど、自分を受け入れて貰えなかった過去は、簡単に拭い去れない。
僕のことは、置いておいて。
司くんが沢山の人に出会うのは、役者として演技をする時の参考になるから悪い事ではないはずだ。
うん、これについては問題ない。
次は司くんと行うショーについてだけれど、僕の中では重要事項に入る。
彼が輝いているシーンを見るのは楽しいし、それが自分の手で作られているのは凄く嬉しい。
チョコレートファクトリーのショーについても、あの場に居られなかったのは残念だったと本人にも伝えたのは本心だ。
そして、司くんやレンくんとショーをして割り切ったはずだった。
「割り切れてなかったのかな」
机に突っ伏して大きく息を吐く。
これから先、司くんは僕の居ない場所でショーをして輝くだろう。
その姿が見たい。
と思うが、僕以外の演出でショーをするのは嫌だと思うのも確かだ。
自問自答で解決しない問題が、重くのし掛かってくる。
「類、大丈夫か?」
ガチャリとドアが開いて司くんが声を掛けてくれたけれど、合わせる顔が無くて伏せたままだ。
ロッカーの開閉と布擦れの音がする。
思考はまとまらない上に、胃の辺りの不快感は増すばかりだ。
このままだと、司くんに八つ当たりをしてしまいそうで怖い。
今日は帰ろう。
一晩、眠れば気持ちを切り替えられるはずだ。
「類」
肩を叩かれて顔を上げてしまった先にあったのは、眉を寄せて困ったように笑う司くんの姿。
「オレは何かしてしまったか?」
一瞬、何を尋ねられたのか理解が追い付かなかった。
「違うよ!」
意味に気付き、誤解を解くため首を横に振りながら否定する。
その勢いに司くんは驚いていたけれど、小さく表情を和らげた。
「そうか。まぁ、全て話せとは言わんが無理はするなよ」
頬を一撫でして離れて行こうとする指を逃がさないように両手で包み、司くんの手を閉じ込める。
彼の手がモゾッと動いたと思ったら、手を握ってきた。その体温に誘われるように、恐る恐る口を開いた。
「司くんの交流関係が広がって、経験も増えるのはとても良い事だと思うんだ。でも、さっきの人とショーについて話しているのを見たら落ち着かなくて。ショーの事で僕の知らない司くんが嫌だなとも考えてしまって……」
言ってしまった。
気持ち悪がられるだろうか、それとも呆れてしまうだろうか。
「なんだ、そんな事か」
あっけらかんとした返事に、思わず司くんを見つめる。
「え……」
「オレにも覚えのある感情だからな」
逃げようとする手をしっかりと掴めば、気まずそうな色を含んで司くんの口が開く。
「エキストラのバイトを、冬弥に頼んだ事があっただろう」
「そうだね」
あの日は司くんは腹痛で休み、穴を埋めたのはショー経験のない青柳くん。そして司くんに力になってあげてほしいと頼まれた事と、レンくんの式場を見てみたいという願いを叶えるために会場に行くと、演出家は渋滞に巻き込まれて到着する時間も未定。漫画の中でしか、起こらなさそうなくらいにトラブルが重なった。
ショーは成功したし、僕にも良い経験になったと思う。
話をした時も、司くんは普段と変わらないように見えた。
「類の友人関係も広がり、ショーが成功したのは素晴らしい事だ。でも、その……」
「司くん?」
彼にしては珍しく歯切れが悪い。
「ちょっとだけ寂しく感じたし、冬弥や彰人、白石やその場に居たキャスト達の事に対して羨ましいと思ってしまったんだ」
衝撃の事実を知らされて、横面を殴られたようだった。
司くんは人を妬むような感情とは、無縁だと思っていたからだ。
「一言くらい、言ってくれても良かったんじゃないのかい」
「こんな情けない事、言えるか!」
一瞬の隙をついて、繋いでいた手が離れる。司くんは表情を隠そうと俯いたみたいだけど、椅子に座ったままの僕からはまる見えだ。
「司くんって、思っているより僕の事が好きだよね」
「は? 大好きだが? お前もオレの事、好きだろう?」
からかうつもりが、ハッキリとした言葉で返された上に断言されてしまう。
それを否定できないほどに、僕は司くんに惚れ込んでいるわけなのだけどね。
いつの間にか、胃の辺りのムカムカは消えていた。
「ほら、帰るぞ」
「……そうだね」
正直、このまま帰るのは名残惜しい。
「司くん、うちに泊まりに来ない?」
一縷の望みをかけて、提案してみる。
「……連絡するから少し待て」
司くんも同じ気持ちで居てくれたようで、断られる事はなかった。
ご両親か咲希くんへ連絡を入れる姿を見ながら椅子から立ち上がり、自分のロッカー前に移動して荷物を取り出す。
スマホを見ると、えむくんに送ってもらうから先に帰るという寧々からのメッセージ。
「司くん、夕飯は食べて帰ろう」
「そうだな、ファミレスにするか」
母親に司くんが泊まる事と食べて帰る事を連絡すると、了承の返事とやたらテンションの高いダチョウのスタンプが送られてきた。
ダメだからね。と返信すればケチ!と言いながら拗ねているダチョウのスタンプ。
司くんと話す気満々だったなと、小さく息を吐いた。
「え」
「どうかしたか?」
「何でもないよ」
メッセージ欄に表示されたのは、呼び出されたから行ってくるねの文字。
分かったと返して、スマホをバッグの内ポケットに入れる。
「では、行くか」
「司くん」
きゅっと手を繋げば、司くんの顔がふにゃりと緩む。それが嬉しくて、頬が緩んでしまう。
幸せだなと考えながら、まずは二人でファミレスを目指した。