眠れない夜 いつもなら身動ぎするのも躊躇うくらいの狭いベッドの上も、今はどれだけ大袈裟な程に寝返りを打とうとも、触れる体温には辿り着かない。
普段隣で寝ている同居人が居なくても、なぜか一人分の隙間を空けて静かに息をする。いつもより幾分か冷たく感じる布団に、息を吐きだした。
眠れない。一人で睡眠を取ることはなんら難しくはないはずなのに、うとうとと浅い眠りのまま、意識は中々途切れてはくれなかった。
静かな夜だった。いっそ吸血鬼のように起きてしまおうかとベッドを抜け出して、カーテンを開け外を眺める。こぼれ落ちそうなほどまん丸に輝いた月は、一人ぼっちの泉を眩く照らしてくれた。
泉にとっての月は、特別なものだった。常に一緒についてまわるこの月が、気になって仕方がなく、愛おしい。
静寂な夜に、突如その場にそぐわないけたたましい音が部屋の中へと響き渡る。枕元でチカチカと光るライトを見れば、今この瞬間に頭の中に浮かんでいた人物からの電話だった。
「やっほ~セナ! まだ起きてた?」
画面をスライドさせると、真っ暗だった部屋に暖かな声が耳へと流れ込んだ。
「寝てたに決まってるでしょ。何時だと思ってるのぉ?」
日本にいるレオから、こちらの時間などおかまいなしに電話が来るのはいつものことだ。
「あはは! ごめんごめん! なんかセナの声が聞きたくなってさ~!」
レオはとても素直だ。裏もなく、なんの用事もなくただ電話を掛けてきたのだと想像がつく。
「そ。特に用事がないなら切るけどぉ?」
「あ、待って! ついでに今浮かんだフレーズ聞いて! セナへの子守唄にしてやろ~!」
「はいはい、どうもぉ」
それならば有効活用でもしてやろうかとベッドに入り直し、携帯電話をスピーカーモードに切り替える。
ふんふふ~ん♪ とスピーカーから心地よいレオの鼻歌が聞こえる。
「セナ、まだ起きてる?」
「寝てる」
「じゃあもうちょっとだけな」
すぐ傍で聞こえる、柔らかな歌声。ほんの少しの眠るまでの間、ちょっとばかり甘えたってたまには許されるよね。いつもお世話してあげてるんだから。隣にあんたがいないのが悪いんだから。これは決して寂しくて眠れないとか、そういうのじゃないからね。
そう思ったけれど、電話越しに彼に伝えたのかはわからない。
「おやすみ、セナ。良い夢を」
とびきり優しい声と共に、泉はいつの間にか甘い夢の中へと落ちていた。