抱きしめ損ねる『俺は自分の布団でしか寝れないし、今日は布団が一個しかないから仕方なく隣で寝転んであげるけど、半分からこっち入ってこないでよねぇ! あと明日寝不足になったらあんたのせいだから!』
「……って言ってたのはどこのどいつだよ~」
呟いても、背中の向こうから返事はない。初めてセナが家に遊びに来て、思いの外盛り上がってしまったのでそのまま泊まって欲しいと懇願した結果、不機嫌なんだかよくわからない様子で吠えられた。
フン、と鼻を鳴らした後に、くるりおれに背を向けて、セナは肩まできっちりと布団をかぶって、静かになったのだ。
初めて友達が遊びに来るというイベントに興奮が抑えられなくて数曲作ってしまったし、一緒にご飯を食べるのにもテンションの昂りが抑えられなくて、何度うるさいと言われたことか。
だって、嬉しかったんだもん。セナは楽しくなかったのか?
まぁ、楽しくなかったら意地でも帰ってただろうから、きっと楽しかったんだろう。そういうことにしておこう!
さきほど声を掛けてみたけれど、全く返事がなかった。あんなに他人の布団では寝れないと豪語していたのに、どうやら眠ってしまったらしい。しかもおれの布団で。おれはというとまだセナが隣で眠っているということに興奮が抑えられなくてウズウズしている。急な泊まりだったから、下着もパジャマもおれのを着ている。おれの服を着ておれの布団で眠るセナ……。あっ、なんかいけないことをしている気がしてきた! セナとはまだお友達になってそんなに日が経ってないっていうか、そもそもまだ友達って言っていいのか微妙な感じだけど! でも、きっと家に招いて泊まるのは友達のはず。うんうん。
「わぁぁ!?」
目が爛々としながらもセナの背中を見つめていたら、急に寝返りを打ってきた。目の前に艶々の長い睫毛が現れて、心臓が跳ねる。規則正しく聞こえる呼吸の音。肩の動き。あ、なんか今この瞬間の無防備なセナを抱きしめたいかも。いつも抱きついては怒られてるし、でもおれは好きだから抱きつきたいし。
「失礼、しま~す」
もぞもぞと布団の中から手を動かして、セナに向かって伸ばす。『半分よりこっち』よりおれ側にいるセナ。これ以上来られるとおれも布団から落ちちゃうし。つまりおれの陣地にいるセナが悪い。
「んぅ……? あ、あんたねぇ!?」
「うわっ、いたっ!」
「最悪! やっぱり泊まるんじゃなかった!」
もう一歩で背中まで手が届くあたりでセナが目を覚ましてしまった。反射が良いのか、バチンと高速で頬を叩かれる。一応おれもアイドルの顔なんだけど。
「せ、セナがこっち側に来てるのが悪いんだろ!? おれは悪くない!」
「うるさい! もうれおくんは床ででも寝て!」
「おれの布団なんだけど!?」
ぎゃーぎゃーと言い合っていたら、扉の外から声がした。お母さんだ。夜だからあんまり大声出すと近所迷惑になるわよ。と至極当然なことを言われておれ達は軽く返事をして、無言で視線をぶつけあう。
「はぁ……くだらないこと言ってないで寝るよぉ……次俺に触ったらほんと蹴落とすから!」
「はいはい……」
釈然としないままお互い目を瞑る。ここで口論していても決着がつかない事は二人ともわかっているはずだ。
セナ、ちゃんと寝直せるのかなと途中横目で見てみたけれど、やっぱり眠れているようだった。
「ん……おも……とうとうおれの部屋に侵略者が……?」
翌朝目が覚めると、何かが身体に乗っかっている気配がした。そっとそれを確かめてみると、昨晩あれだけ言っていた人物が気持ち良さそうにおれに抱きついて寝ている。
「……セナ、起きても怒るなよ~……」
もしかして、抱き枕とかないと寝れないタイプなのか?
まぁ、おれは抱きしめ損なったけど、セナが幸せそうだから今日のところはこれでいいか。