メイドさん「おまえなぁ……なんでおれがこんな格好しなきゃいけないわけ……?」
「君が演奏スタジオで作曲をしていた時に、勢い余って床に音符を書いていたからってさっきも説明したと思うのだけれど?」
「だからって……こんな……」
「反省してもらうには身体に覚えてもらう方が手っ取り早いと思ってね」
床に落書きをしてしまった。まぁそれは悪かったし謝った。業者の人がちゃんと消してくれたから床はピカピカだ。おれも反省はしてる。それなのに、なぜかおれはテンシにスタプロの事務所に呼び出されてメイドの格好をさせられていた。しかもふりふりのミニスカート。ご丁寧にニーハイと厚底の靴まで用意してあった。おまえ趣味悪いぞ。足元がスースーして最悪なんだけど。
「フフ、とても似合ってるよ月永くん。そのまま事務所の掃除でもしてもらおうかな」
「メイドの仕事までさせる気かよ。一瞬着てやったんだからもう脱いでいいだろ~!?」
「反省してくれたかな? この次はもっと恥ずかしい格好をしてもらう予定だから、よくよく覚えておいたほうが懸命だよ?」
「ご忠告どうも」
「あ、それと」
「なに?」
「れ、れおくん!? あんたなにやってるの!?」
「え……えっ!? セナ!? なんでここに…!?」
「面白そうだから僕が呼び出しをかけたんだよ」
今すぐメイドの服を脱いでやろうと服に手をかけていると、事務所の前にセナがいた。持っていた荷物をドサリと落として目をまん丸にしてこちらを見ている。
「セナ……お~い、セナ~……」
「はっ……なんていうか、現実が受け入れられてなくて止まってた。っていうかあんたなんでメイドの格好なんて着てるわけ? アイドル辞めて天祥院の元でメイドとして働くことにでもなったのぉ? それならそれで一言くらい言いなよね。まったく、本当あんたの行動は予測できないっていうか」
「待って待って! この状況を受け入れなくていいから!」
はぁ、やれやれみたいな感じでため息をつくセナ。受け入れるの早いな!? ちょっとは止めろよ!
「……じゃあなんでそんな格好してるわけ? 一応言い訳くらいは聞いてあげるけど」
「ん~……なんていうか、床に楽譜書いちゃったんだよな。わはは」
「小学生じゃないんだから、しっかりしなよ、まったく」
「返す言葉もないな、まったく!」
「それとメイドはなんの関係があるの?」
「それはテンシが……なんか、これ着てくれたら大目に見てくれるっていうから……」
「はぁ? あんたうちのれおくんに何させてくれてるわけ?」
それまで全くテンシの存在を気にも留めていなかったセナが、急に敵意を剥き出しにして話しかけていた。
「瀬名くんも可愛いと思うだろう?」
にこにこ。満面の笑みでテンシがこちらを見ているけれど、対するセナの纏う空気がピリピリとしていくのをおれは肌で感じ取っている。やばい。どんどん不機嫌になっていくぞセナ。
「かわいいとは思うけど、あんまりしょうもないことさせて困らせないでよねぇ? knightsの仕事でもメイドなんて着る仕事あるわけないんだから。ほら、れおくん帰るよ」
「えぇ? あ、うん……?」
思ったより冷静に言葉を発したセナにぐいっと手を引っ張られて事務所を出た。振り返ると相変わらず嘘臭い笑みをしたテンシが小さく手を振っている。まぁ気は済んだってことで解放されたのだろうか。それにしても、二人しておれのこと可愛いだなんて、お門違いもいいところだ。
「セナ、今おれのことかわいいって言ったよな!?」
「言ったけど? なに?」
がるるると吠えてやろうと思ったら、セナの声音があまりに冷たかったので少したじろいだ。えっ、やっぱり怒ってる?
「天祥院に頼まれたら、あんたメイドの格好もするんだ?」
「これは、なんていうか不可抗力で……」
「俺が頼んでも着てくれるの? メイド」
「はぁ? 意味がわからないんだけど……おまえメイド好きだったのか……?」
「メイド自体は別にどうでもいい」
どういうこと? 全然意味がわからない。一体何に怒ってるのかさっぱりだ。
「と、とりあえずこれ恥ずかしいからどっかで脱がせてほしいんだけど……?」
「駄目。あんた、反省した? 床に落書きするからってknightsが演奏スタジオ出禁になったらどうしてくれるわけぇ?」
「それはごめんって、気をつけるから」
「その忘れやすい脳ミソに覚えてもらうためにしばらくメイドの格好でいたら?」
「な!? はぁ!?」
なんでセナもテンシみたいなことを言うんだよ。新手のイジメか?
「ほら、あんたの部屋行くよ。なずにゃんが『どの紙を捨てていいのかわからないけど片付けたい』って言ってたから、メイドさんらしく掃除でもすればいいんじゃない?」
「セナも来るのか……?」
「当然。監視役としてあんたを見張ってないとねぇ?」
怒ってるのか微妙に判別がつかないまま手を引かれ、エレベーターに乗り込みセナが1Fのボタンを押す。スタプロは20F。降りるまでに誰かが乗ってくるとも限らない。誰かに見られでもしたら、おれの沽券にかかわる事態になってしまう。
「セナぁ……」
「なぁに?」
「セナの前でなら、着てあげるから、さ」
「なにが?」
「これ脱ぎたい。誰かに見られたくない……」
ふわっとフリルのついたスカートをつまみ上げて、チラリとセナを見る。セナは難しい顔をしたままこちらを見て、何かを考えているようだった。しばらく静寂が流れ、エレベーターの機械音だけがわずかに聞こえる。18F、17F、徐々に下りていく表示に焦りを感じるおれは、どうしたものかとセナの解答を待った。
「……トレーニングルーム行くよ」
セナの白い指が15Fのボタンにスッと伸びて、軽く押し込まれた。チン、と音がしてエレベーターの扉が開く。いくつかあるうちのトレーニングルームに連れていかれたけれど、幸い誰にも出会うことはなかった。
「ん!? ……んっ」
ルームに入るなり、電気もつけないままキスをされた。触れるような軽いやつじゃなくて、セナの熱い舌に口内を蹂躙されるやつ。こんなにがっつくセナを見るのも珍しくて、おれはされるがままになってしまう。
「はぁ、どうしよう……」
「なにが……?」
セナがこつんと額をぶつけてきた。そのあとぎゅっと抱きしめられて、セナが耳元で囁いてくる。
「かわいくて今すぐ抱きたい……」
「へっ!?」
セナの口からそんな直接的な表現が出てくると思わなくて、思わず驚いてしまう。いつもはしたいと言っても、明日仕事だとか、今日はもう遅いからとか、色々理由をつけて断ることも多いくせに、メイド服の威力すごいな? セナもこういうコスプレめいたものに興味あったんだ。
「ここはさすがに嫌だぞ……?」
「わかってる……今脱いでもいいんだけど……本当にあとで俺の前だけで着てくれるんだよね……?」
「う、うん……?」
正直に言うと、もう二度と着たくない。でもそんなにセナが着て欲しそうにするなら、もう一回くらい着てあげてもいいような……? あ、もしかして微妙にテンシに嫉妬してたのか?
「約束だからねぇ。はい、これ着替え」
練習着を渡されて、暗がりの中いそいそと着替えようとニーハイをするすると脱いだ。そして背中に手を回してチャックを下げる。ジーという、なんとも無機質な音が部屋に響く。他に何の音も聞こえなくて、なんかちょっと恥ずかしい。
「あ、あのさぁセナ……」
「なに?」
「着替えたら出るから、ちょっと外で待っててくれる……?」
暗いとはいえ、セナの視線がすごく刺さる。すんごく見られている。普段の着替えなんてどうってことないのに、パサパサと布の擦れる音がするだけで、こうも気分が変になるのだろうか。あとはストンと一気にワンピースを下ろすだけなのに、妙にドキドキしてきて未だに脱げていない。
「え、やだ」
「っ!? なんでだよ」
しかもセナに即答で断られてしまった。え、なに? おれのストリップショーでも見たかったのか?
「なんか……興奮するから。いいでしょ、減るもんじゃないし」
ボソッとセナが呟いて、開き直ってきた。セナの口から興奮するなんて単語が出ることにもびっくりしているし、確かに減るもんでもない。でも恥ずかしいものは恥ずかしい。
「……あっ、そうだ、先にジャージ履けばいいんじゃん! おれってやっぱり天才だ……☆」
閃いたとばかりに、適当に脱ぎかけのままジャージの下を取ろうとしたけど、ハッとしたセナに勢いよく掠め取られてしまい、おれの手は虚空を掴むことしかできなかった。
「ちょ、セナっ!?」
「あっ、ごめん、つい手が……はい」
ついってなんだよ。そんなにメイド名残惜しかったのか? そろりと手渡されたジャージを勢いよく履いて、ささっとワンピースも脱いで、上もようやく着替えられた。
「はぁ、やっと落ち着いた」
「れおくん、このメイド服俺が持ってていい?」
「? いいけど? 何に使うの?」
「今度れおくんをこらしめる時に使うから」
「ばっ……今すぐ捨てろよな!?」
「最低でも一回は俺の前でちゃんと着るっていう約束でしょ~?。もちろんベッドの前で」
「セナにそんな趣味があったなんて初めて聞いた……」
異常にげんなりしたけど、すごいなメイド。新しいセナの一面が見れたぞ。まぁせっかくだからセナを喜ばせてあげようかなんて浅はかな考えを、のちに後悔する日が来ることなろうとは、おれはこの時全く考えていなかったのだった。