冷房設定二十八度「暑い……もう一度下げていい……?」
毎日のようにどんよりとしていた梅雨が終わり、いつの間にか暑さの厳しい夏になっていた。寒いのも苦手だけれど暑すぎるのもごめんだ。室内にいる時くらい快適に過ごしたいのに、同居人ときたら、おれにクーラーのリモコンを触らせてはくれない。
「だぁめ。喉痛めちゃうかもしれないし、電気代だって節約したいしねぇ」
「電気代ならおれが払うから……」
日本に帰ってきても相変わらず一緒に住んでるおれ達だけど、だいたいの生活費は折半にしている。その方がセナが過ごしやすいというのだから、仕方ない。
「だぁめ。そうやってれおくんはすぐお金で解決しようとするんだから」
「だってさぁ、実際暑くない? 二十八度ってさぁ~? おれ暑くて頭回らないんだけど…… 」
「気のせいでしょ」
「気のせいじゃない。セナも前よりガミガミ言ってくるようになったし! 暑くてイライラしてるんだろ~?」
二十八度。絶対セナも暑いって思ってるだろ。毎朝起きてシャワーに行ってるの見てるんだからな。
「気のせいでしょ」
「気のせいじゃない! も~こうなったら実力行使だ!」
セナの手に握られたリモコンに飛びついて、ピピピピと高速で冷房の温度を下げた。数日はセナにあわせて二十八度で過ごしてみたけど、もう我慢できない。
「あっ。ちょ、十九度ってバカじゃないのぉ!?」
「一時間ぐらいでいいから! おれ締め切り迫っててやばいんだよ~」
必死にお願いのポーズを取る。実際問題暑くて全然音符が浮かんでこない。それはイコール社会的損失でもあるし、マネージャーとしての管理能力も問われることになるのでセナに取ってもこの状況は受け入れるしかないはずだ。
「はぁ……一時間ね、一時間。お金あとでたっぷり請求するからね」
「お~いくらでも請求してくれていいぞ~!」
電気代なんて安いもんだ。涼しい風を受けて活性化する細胞達と共に、すぐさま音符を紙に走らせた。
「よし! できた! 時間間に合った!? あれ、セナ……?」
座卓に向かってガリガリと夢中でペンを走らせていたので全然気にしていなかったのだけれども、気がついたらおれの背中にぴったりとセナが引っついていたのだ。
「寒かった……もう温度あげていいよねぇ?」
半袖では寒かったようで、上にもう一枚着こんで、さらにマグカップに白湯まで入れて飲んでいる。
「えぇ~。せっかくセナがひっついてくれてるのに? もうちょっとこのままでいようよセナ~」
「ちょっと! 抱きつかないでよねぇ!? 溢れるでしょ!?」
ぐるっとセナに向き合って、ぎゅうぎゅうに抱き締める。冷えてるセナの肩口にぐりぐりと頭を押しつけると、服の冷気が気持ち良かった。
「でも温かいんだろ~? ン~? おれが凍えているセナさんを人肌で温めてあげまちゅからね~♪」
「うざ! チョ~うざぁい! 今すぐ暖房に変えてやるんだから……!?」
微妙にプリプリしだしたセナのマグカップをひょいと掴んで床に置く。そのままセナに体重をかけて押し倒した。あと数十センチでキスできる距離だ。
「ね、セナ、もっと温かくなる方法あるけど……試してみる?」
おれはニヤニヤと笑いながら、セナの唇に人差し指を当てて、囁いた。
「はぁ!? こんな昼間からするわけないでしょ。ちょっと、退いてよ!」
「セナが抱いてくれたら退く!」
「抱かないってば!」
「じゃあ添い寝して! 今の結構難産だったんだよ~!」
「赤ちゃんか!」
「だって疲れたんだもん。セナ~」
名前を呼びながら、寝転んでいるセナを再度ぎゅうぎゅうに抱きしめる。おれの癒し。小言が多いのがたまにキズだけどな。
「……わかったけど……なに? あんたの要求はえっちとその後の添い寝ってことでいいわけぇ?」
「端的な要求を伝えるとそういうことだな。いい?」
「……いいけど……冷房は二十八度ね。ほら、ベッド行くよぉ」
「やった~! セナ大好き!」
ルンルンでセナのあとについていったけれど、その後のベッドでも、どうして欲しいの? なんていつも聞かれないことを答える羽目になって、その通りにされるのがだいぶ恥ずかしくて……。でも、終わった後セナが、冷房二十八度は……やっぱ暑いよねぇ。下げようか。なんて溢してたから、明日からは暑い思いをしなくて済みそうだ。