わかってないなぁ。 セナが海外に拠点を置いてから、何年か経ったある日、ついにイタリアで一番有名といわれる雑誌の表紙を飾ることができたのだ。その電話を受けていた時も、フィレンツェの家でおれは隣で聞いていた。いつもは当然でしょ? という顔をするだけだったセナも、さすがに感情を抑えられなくなったのかおれに抱きついてきた時には驚いたけれど、お互い嬉し涙を流しながら抱擁しあった。
「れおくん、俺……俺……」
「セナ! やったな! おれも自分のことのように嬉しいぞ~!」
「うん……れおくんも仕事いっぱい紹介してくれてありがとう……ここまでこれたのはれおくんのおかげだよ」
「いや~。おれはきっかけをあげただけ。結果がついてきたのはセナが頑張ったからに決まってるだろ!」
「ふふ、そうだよねぇ。当たり前でしょ」
セナが素直にお礼の言葉を述べていることを茶化すことなく言葉を返す。涙声ながらにキラキラとした雫を溢すセナの顔は、こんな時でも一等綺麗だった。
それからというもの、セナはあっちこっちへ引っ張りだこ状態だ。家にもあんまり居なくて、おれのマネージャー業も続けてくれているけれど、基本はスマホのメッセージのやり取りだけになってしまい、顔を合わせることも少なくなってしまった。そんな日が何ヵ月も続いたので、おれはセナの負担になりたくない思いで自分でマネージャーを見つけるとセナに言ってみたものの、コンマ数秒で却下された。
正直、そろそろ潮時だと思う。セナに一番を取らせてあげたいという夢を、セナは自分の力で叶えたのだ。これからはWin-Winの関係ではなく、おれが自己管理ができないせいで一方的にセナに負担をかけることになってしまう。
(出ていくべき、なんだよなぁ)
主人とペットの関係も、そろそろ終わりではないだろうか。ここほれワンワンが終わったあと、犬はどうしてたっけ。いじわるなおじいさんに燃やされて、灰になって……。
(最後に桜を咲かせられるくらいの大きな仕事取ってこよう。それでおれの役目は終わりだ!)
セナが傍にいてほしいと言ったのは、自分に利用価値があったからだ。それがなくなったのなら、ここにいる理由はない。出ていってと言われたら心が折れてしまいそうだから、その前に日本に帰る決心をした。
「セナ~! 仕事取ってきたぞ!」
「ちょっとれおくん。一言俺に言ってからにしてくれない? 最近スケジュールの調整も難しくなってきてるんだから」
「ごめんごめん、セナも売れっ子だしもうおれのパトロンは必要なかったな!」
「そうは言ってないでしょ。で、どんな仕事?」
頼まれたのはCM出演だ。BGMをおれが担当して、演者をセナに担当してもらうというものだった。セナは、ふぅん? 悪くないんじゃない。といつものような調子で答えていた。もう、勝手に仕事を取ってくるのも迷惑になってしまうんだな。おれは、おまえの役にはなんにも立てないんだな。
「れおくん? ねぇってば。どうしたの?」
「へ? ううん、なんでもない!」
取り繕ってみたものの、気分がどんどん沈んでいく。セナの仕事が増えていくのを二人で喜んでいた日々が懐かしい。
「あ、あのさ、セナ」
「なぁに?」
「おれ、日本に帰ろうと思うんだけど」
「ふぅん? いいけど。日本で仕事あったっけ? 何日くらい帰るの?」
「えっと……ずっと……」
「……なんで?」
途端にセナが冷えきった低い声で答えてくる。どうやら機嫌を損ねてしまったようだ。
「え、えぇと。そろそろ、日本が恋しいかなって」
「はぁ? しょっちゅう一緒に帰ってるでしょ?」
「うん……。そうだったな」
「なに? 俺と一緒に住むのが嫌になったわけ?」
「いや、違う! セナといるのはなんだかんだあるけど楽しいぞ!」
「なんだかんだって……じゃあいいじゃん」
「おれがダメなんだよ! おれが……ダメだから……」
「れおくんがダメダメなのは今に始まったことじゃないでしょ? なにをいまさら……」
「あ~もう! セナの負担になりたくないから日本に帰るって言ってんの!」
「……なにそれ、どういう意味?」
「そのまま! おまえ忙しそうだし、その上おれの管理もして大変そうだし、なによりおまえにおれはもう必要ないだろ!?」
「……」
一気に捲し立てて、吐き出してしまった言葉を途端に後悔してしまう。おれはずるい。優しいセナのことだ。こう言えばセナはきっとおれを手離すことができなくなってしまうことがわかってて、それを言ってしまう。
「……ばっかじゃないのぉ!?」
「……っ」
それまでより三倍くらい大きな声量で返ってきて、思わず萎縮してしまった。あまりの剣幕に肩を震わせてしまう。
「俺が! いつ! あんたを必要じゃないって言った!?」
「それは……聞いてないけど……」
「なんでずっと一緒にいるのにわからないかなぁ!?」
なんだか、泣き出しそうな顔だった。おれ、間違ったこと言っちゃった……のか?
「セナのことは一生理解できない気がするけど、それはお互い様だろ?」
「俺もあんたのことは一生理解できない気がするけど、今はそういう話じゃない! はぁ、呆れた。あんたもしかして俺が自分でも仕事を取れるようになったから、自分は必要なくなったとか思ってるんじゃないでしょうねぇ?」
「うっ」
「俺が一緒にいるのは、れおくんを利用するためだったって思ってるの?」
「……それだけじゃないかもしれないけど、大半の理由はそれだろ?」
「そのためだけにあんたみたいな面倒くさいやつと俺が一緒に住めるわけないでしょ」
「セナだって面倒くさいやつじゃん……」
「うるさいなぁ。とにかく日本に帰るのはなし。離れてたらマネジメントも大変だし、特に理由もなく日本に帰るのは俺が許さないからねぇ。わかった?」
「いいけど、セナもいいのか……?」
「俺がいいって言ってるんだからいいの。それにねぇ」
「それに?」
「一緒にいて欲しいのは、仕事を取ってきてくれるからでも、傍で音楽を作ってくれるからでもないからね」
「そうなの?」
「何回言えばわかるの? 馬鹿なの? 馬鹿なんだよねぇ。いい? 一回しか言わないからちゃんと聞いて」
「う、うん」
「あんたが近くで一緒に喜んでくれたり悲しんでくれたりすると嬉しいし、俺じゃないやつにマネジメントされてるなんて俺が許せないの。ようやくあんたの手を掴めるところまで来たんだから、とことん最後まで付き合うべきでしょ!? わかった?」
「わかった……」
それは端的に言うと、傍にいるだけでセナの力になってるっていうことでいいのかな。
セナに全部あげちゃったおれの人生。ご主人さまは飼ったペットの面倒を最期まで見てくれるつもりらしい。それは願ったり叶ったりなことではあるけれど……。
「……理由がないと一緒にいちゃだめなの? 俺がれおくんとただ一緒にいたいだけじゃ不満……?」
「! 不満はない」
「じゃあいいでしょ。そんなつまんないこと考えてないで、これからも傍にいてよねぇ?」
答えはいつだってシンプルだ。特は理由はないけれど、一緒にいたい。おれにもわかりやすくて、それはおれも同じ思いだ。
おれに会ったのがセナの運の尽きなのか、セナに会ったのがおれの運の尽きなのか、どちらなのかはもうわからないけれど、結局は気持ち一つだけでいいんだなと、思った。