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    遊兎屋

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    遊兎屋

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    【宿伏】R15
    恩を返す宿と絆される伏のお話

    #宿伏
    sleepVolt

    マフィアパロ
    殺し屋×ボス
    ワンライお題
    【報酬、抱き締める】







    「伏黒…あいつはやめた方が良いって」
    「そーよ、いつまでも大人しく従う様な奴じゃないでしょ」

    目の前のローテーブルを挟み、3人がけのソファに座って土産のお菓子を頬張っている2人からの忠告に深いため息が溢れる。
    見ているだけで胸焼けしそうな甘ったるい洋菓子に目の前のコーヒーを一口飲んで今話題に上がっている男のことを考える。

    名前は宿儺、年齢不詳、住所不定、職業殺し屋
    資料には顔写真や細かな情報は何一つない。
    ただ、燃える様に紅い瞳と後ろに撫で付けてある少し長めの髪…体型に恵まれ、闇に紛れる様に黒いスーツを着こなした男を俺は知っている。

    "伏黒恵"
    低く時折掠れる声が俺の名前を呼ぶ。

    初めて会ったのは路地裏のゴミ捨て場付近…
    脇腹を抉られて座り込み、雨に打たれているのを見付けて拾った。
    その時は大型の犬を拾った気でいたんだ。
    それからなんだかんだと傷が治るまで世話を焼いたが、それが原因か何故だか懐かれた。

    俺の隣に侍る男を見て悲鳴を上げたのは長期で外に出ていた五条さんで、そこで初めて名の知れた殺し屋なのだと知った。
    大事なボスの近くにそんな人間置いておけない、と元から良く思っていなかった虎杖や釘崎の抗議と傷の完治も相まって宿儺はその後行方を眩ませた。


    仕事が仕事だから、また何処かであっさりと会うかもしれないなと思っていれば後日、ケロリとした表情で姿を表した。
    呆気ない再会に虎杖や五条さんが警戒する中、宿儺は俺が頭を抱えていた案件に対して、雇われてやる。と言った。

    報酬を払う事、ファミリーには手を出さない事、それ以外にも細かな規定を設けて頷き契約した。
    手を汚すことを進んでやる人間はそう居ない。
    マフィアといえどもそれは俺の方針に反れる事もあってみんなに言い付けていることだ。
    ただし自身の命、仲間の命が危険に晒されるなら別、
    そしてマフィアとして、管轄の市民を守るのが1番大切だ…それを脅かす悪を罰するのなら話は別。
    出来るのなら俺の手で…
    そう思っていても立場上直ぐに止められてしまって出来ない。…それならば使える手を使うまで。


        ♢


    宿儺と会う時は必ず宿儺の方から場所が提示される。
    提示された場所に一人で…それが条件だ。
    大体は宿儺の持っているセーフハウスに呼ばれてそこで仕事の話をする。
    俺の拠点から近かったり遠かったり、その時々で呼ばれる場所は違う。
    違わないと言えばセキュリティのしっかりとしているマンションと、釘崎の喜びそうなセンスのいい家具、そして出される宿儺の淹れたコーヒー。
    芳ばしいコーヒーの匂いを感じながら見据えるのは目を細めて頬杖を突いた宿儺の紅い瞳だ。

    「報酬は?」
    「……お前の好きなものを」
    「ケヒッ、了承した…」

    上機嫌に細められた目が俺を見つめて来ていて、何度か行われたこの密会で毎度の如く同じやり取りをしている。
    一度目の報酬は、まだ晩飯を食べていないとの理由で一緒に夜ご飯を食べた。
    料理が上手いと知ったのはこの時だ。
    二度目の報酬は、最近眠れていないとの理由で一緒に布団で眠った。
    意外にも体温が高くて俺まで熟睡してしまったのは迂闊だったと思う。
    三度目の報酬は…さて何を望んでいるのか。

    金品や地位、土地なんてものはこの男にとってはどうでも良いらしい。
    一度目の報酬のとき、鼻歌を歌いながらキッチンで料理を作る背中をみて、なんとも言えない気持ちになったのを今でも覚えている。その日出てきた夕食は生姜焼きだった。

    俺の好きなものを出して、詳細な俺の情報を手に入れていると暗に示しているのか…どういう意図なのかは計り知れなかった。

    「また連絡する」

    意識を過去へ飛ばしていれば宿儺の声が聞こえて、眼鏡をかけ資料に目を落としているのが見えた。
    以前その姿を見て、老眼か?と聞いたところ鼻で笑われたのは記憶に新しい。
    見え過ぎるから近くを見る時に疲れる…だからわざと眼鏡をかけて調節している。らしい。

    「コーヒー美味かった…」

    スッとソファから腰を上げて宿儺に一言掛けて部屋から出る。
    見送ると言う宿儺の申し出を断ったのは一度目に密会をした時だ。
    それからは俺が帰る時に、目線だけをこちらに寄越して気を付けて帰れと言葉を掛けられる。

    その言葉を背中に受けながらマンションを後にする。
    マンションのエントランスを出てから、少し歩き、ゆっくり大きく息を吐き出す…
    疲れた…
    息が詰まる。
    バクバクとうるさく跳ねる心臓は緊張からなのか、それとも宿儺のあの柔らかい瞳を見たからなのか…最近の1番の悩みだ。
    とにかく、いつも仕事を頼んだ後遅くとも1週間以内には連絡が来る。きっと、今回もそうだろう。



         ♢



    仕事を頼んでから4日目
    携帯に一件のメッセージが届いて、宿儺から頼んでいた案件が終了したと報告が入った。
    なんだかんだと心配していたけれど無事に終わったなら良かった。
    そのメッセージを読んでいき、指定された住所と時間を覚えて削除する。
    そうして、指定されたマンションの一室に通されダイニングテーブルに座ったのが10分ほど前…

    目の前に湯気を立てた美味しそうなハンバーグとご飯…サラダにスープまで出てくる。
    椅子をひいて目の前に座った宿儺に目を向ければ、表情で食事の開始を促される。

    「……頂きます」

    今日は宿儺は食べないようで、ダイニングテーブルに肘を突き、頬杖をつきながら俺の食べる様子を眺めている。
    ジッと見つめられて食べにくさを感じながらも、ほかほかのハンバーグは柔らかくてナイフで切れば肉汁が溢れ出してくる。
    ケチャップではなくてデミグラスソースが覆い尽くすように掛かっていて、口の中に入れれば肉の味とソースが絡んで食が進む。
    肉がずれないようにフォークで少し押さえながら軽い力でナイフを入れ込む。
    そうして一口の大きさにして口へ入れ込む時、

    「頼まれていた案件だが、対象は2人…どちらとも社会的な情報は消して肉もミンチにした。」

    言われた言葉にグッと眉間を寄せる。
    食べている時にする報告じゃないだろ…
    手を止める俺の様子に、ケヒッと悪戯に、愉しんでいるような笑い声が聞こえて睨み付ければ宿儺が肩をすくめる。

    ハンバーグの材料は一体なんなのか…
    そう思わざるを得ない情報に口にすすめていた手を一度机に置く。

    「なんだ、もう腹がいっぱいか?心配せずともそれは最高ランクの牛肉だ。しっかり食え」

    首を傾げにんまりと笑みを浮かべる宿儺に舌を打つ。
    こういうところがイカれてる。ムカつく。

    「俺はあんたの料理が好きなんだ…そういうのやめろ…不味くなるだろ」

    一度置いたフォークをもう一度持ち直して一口大に切ったハンバーグを頬張る。
    美味い…
    咀嚼しながら、突然静かになった宿儺に目を向ければジッと俺を見ながら固まっていた。
    ぱちぱちと目を瞬かせて驚いた様な表情を浮かべる宿儺に内心で首を傾げながらも、出されたご飯が冷めないうちに食べ進めていく。
    普段味気ない食事をするせいで、身体に染み渡っていく様な多幸感に満たされる気がして満足げな息が自然と漏れる。

    「ごちそうさま」

    手を合わせて空になった皿を眺めれば宿儺が直ぐに皿を下げていく。
    厳つい顔で殺し屋で…圧だって凄く感じるのに所作や手つきが丁寧で、俺を見る時の目が時々柔らかくて、どきりとする。
    怪我をしている時に世話はしたけれど、それも別に恩を着せる様な丁寧なものじゃない。
    止血して、ガーゼを貼って包帯を巻く…
    本当に家にある救護箱で出来る範囲内だった。

    熱に魘されてても俺に出来る事は無かったし、料理だって手伝い程度の事しか出来ない俺は、あいつみたいに美味しいご飯を出してやることもできなかった。
    何がそんなに良かったのか…
    何を考えてるかよく分かんねぇなぁ。

    椅子の背もたれに背中を預けながら、戻ってきた宿儺を眺めていれば手首を掴まれて引かれる。

    「こっちに来い」

    手を添えるだけであまり力の入ってない誘導に従いながらついていけばリビングのソファに連れていかれ手が離れる。
    どかりと座り込んだ宿儺に首を傾げていれば、また手が伸びてきて今度は腰を抱き寄せられる。

    「っ、ぅ…わ」
    「くく、暴れるな…報酬だろう」

    ソファに膝を突いて乗り上げる様に宿儺の足の上に座らされ、あまりにも近い距離に背中を逸らし距離を取る。
    笑う宿儺の言葉にソファから降りようとする身体が止まって、向き合った状態で宿儺の手がゆっくりと頬に当てられる。
    こくりと喉が鳴って、思いの外大きく聞こえたその音が恥ずかしくなり、紅い瞳が見つめてきていることも相まって顔を伏せる。

    「おい、顔を上げろ…ちゃんと見せろ」
    「っ…俺の顔なんて見ても楽しく無いだろ」
    「そんな事はない」

    きっぱりとした口調で直ぐに否定されて余計に恥ずかしくなる。
    直ぐに顎を掬い上げられて正面で固定されれば嫌でも宿儺の顔を見るわけでスッと細められた瞳のせいで居心地が悪い。

    「こんなのが報酬で良いのか」
    「ああ、これが良い」

    せめてもの抵抗で苦し紛れに言ってみれば、これもまたキッパリと言い切られる。
    そうかと思えば宿儺の腕に力強く抱き締められて、肩に頭を預ける様な体勢になってしまい身体が固まる。

    「ふ、愛らしいなあ、そう固くなるな」
    「いきなり…っなんなんだ」

    宿儺に抱き締められているのだと理解した頭が混乱でろくに働かない。
    密着した身体が熱い…
    耳元で聞こえる宿儺の声に悲鳴が上がりそうになる。
    宿儺と俺の身体に挟まれた腕はどうしたら良いか分からず、辛うじて宿儺の服を握る。

    とくとくと心臓が鼓動するのが胸元で伝わってきて、ああ…こいつも人間なんだな、と実感する。

    緊張で固くなった身体をほぐす様に背中を撫でられ、時折宿儺が擦り寄ってくる。
    案外に柔らかい宿儺の薄桃色の髪の毛が頬を擽り、まるで大きな虎が喉を鳴らしてるかの様な懐きっぷりに何をするでもなく、ただ好きにさせる。
    いや、緊張で好きにさせることしか出来なかった。

    「心臓が煩いな?」
    「っ…」

    宿儺の匂いも体温も声も、全てが心地良いと感じる。
    俺から宿儺の心臓の動きがわかるなら、その反対も当然分かるわけで、柔らかい声色で指摘されたそれに息が詰まる。
    背中を撫でていた宿儺の手が、行き場を探していた俺の手を握ってきてじんわりとした温もりが移ってくる


    「意識しているのか?伏黒恵」
    「この状態で、っ、しない方が無理だろ…」
    「そうだな…」

    頭に靄がかかった様になって上手く働かない。
    どういう状況なんだ…
    なんで俺はこんなにどきどきしてるんだ。
    落ち着いた宿儺の声で名前を呼ばれた気がした。

    「伏黒恵」

    もう一度耳元で呼ばれた声に腰がゾクリと震える。
    湿った吐息を耳に感じて、宿儺の手から体温を奪った俺の指先はじんじんと熱を持っていて、宿儺の声から逃げる様に身体を離す。
    どんな顔をしているのか気になって離れた身体をそのままに、伏せていた顔をあげてみれば目の前には真っ赤に染まった瞳が映る。

    「な…に、ぃ、んんッ」

    驚きでビクつく身体に宿儺の手が回って、ヌルッと生ぬるい感触が唇を這う。

    「っ、ん!?」

    ハッと驚きであがった声は宿儺の口に食われてしまって、分厚い舌が俺の舌に絡み付いてくる。
    唇を舐められ、キスしてる。
    なんで、どうして、と頭の中がぐるぐるして、そんな俺にはお構いなしに宿儺の舌が口腔内を舐め回して上顎を舐められる。

    「ぅ、ンンッ、ふ、は、ぁっ」

    確実に、気持ちいいと分かるそれに腰が震えて力が抜ける。
    いつの間にか手は離されているのに、宿儺の服を握り締めるので精一杯で、距離を取ろうにも後頭部と顎を大きな手で掴まれてしまえば動かすことも出来ない。

    くちゅくちゅと唾液の絡む音が部屋に響いて、息が上がる。目の前が涙でぼやけて、気持ち良さに声が漏れる。
    気付けば俺の顔を固定していた手が頬を包み込み、両手で耳が塞がれる。

    「んッ、ぅ…んんっ」

    ぐぢゅぐぢゅと脳内でエロい音が響く。
    なんだこれ…っ
    気持ちいい

    「は、、ん…ぅ、ぁ」
    「随分と気持ちよさそうだな」

    じゅっと舌を吸い上げられて口が離れ、息を荒げながら力の入らない身体が宿儺の胸元に寄り掛かる。
    口元の唾液を拭われて腰を抱き寄せられたかと思えばベルトをまさぐられる。

    「こんな無粋なモノは無いに限るな」
    「あ…」

    隠し持っていた護身用のピストルを抜き取られゴトリと鈍い音を立てて床に投げられる。
    音の方を向いて確認しようとしたところで視線がブレて背中に柔らかい感触が当たる。
    は…?
    ぐっと脚の間に身体を入れ込んだ宿儺に覆い被さられて近い距離に息を飲む。

    「嫌なら抵抗しろ…まぁ、抵抗したからといって止めはせんがな?」
    「っ、ふざけんな!」
    「至って真面目だ」

    上からマウントを取られてしまえば、体格の差で優位に立てることなんて無い。
    それを知っていて、くつくつと楽しそうな宿儺を下から睨み付ける。

    「お前はもう少し危機感を持て、伏黒恵…だからこうやってつけ込まれる」
    「ひっ、ぃ、あ…」

    肩を押した手は掬い取られて頭上に押し付けられ、宿儺の唇が耳朶を食む。
    ゾワゾワとした擽ったい感覚と小さな快感に手足に力を入れてみても簡単に押し返されてしまう。

    「くそっ、やめろ、すくなっ」
    「ヒヒっ、ほら頑張れ頑張れ」

    意地悪い声と低い息遣い、びくともしない宿儺の身体の重さに胸が締め付けられる。
    悔しい
    そう思った。
    信用していたわけじゃ無い、ずっと疑って掛かってた…けれど、柔らかい声色で名前を呼ばれて、美味しいご飯を振る舞われて、怪我をしたのを拾った事で情が湧いたのは確かだ。

    宿儺の紅い瞳が、血に染まった様に鈍く光っていて、そこに熱を感じて身体が怖気付く。
    いつもと違う悪戯な言動にも振り回されて、知らなかった快感を引きづり出されて、頭の中がいっぱいいっぱいだ。

    「っ、、、や…めろっ」

    怖いと思ったのは初めてだった。
    あの夜路地裏で見つけた時も、殺し屋だと分かった時もそんなこと無かったのに。
    気付いたら、目頭が熱くなってぼろぼろと涙が溢れ出る。見て欲しくなくて顔を逸らし唇を噛み締める。
    止まれ…
    止まれっ

    「ああ、…泣くな」

    俺の涙に気付いたのか直ぐに拘束していた手が離れて目元を拭ってくる。
    その声が、狼狽えている様な、寂しそうな声で宿儺の指が俺に恐る恐る触れているのが細かな震えで分かる。

    「すまん…熱くなりすぎた。お前の嫌がる事はもうしない。だから泣くな。お前に泣かれるとどうしていいか分からなくなる。」

    本当に困った様な声…
    あんたでもそんな声出せるんだな、と内心で思いながら慰める様に額にキスが落とされて、上体を抱き起こされる。
    チラリと見た宿儺の顔が、苦虫を潰したよな…しくじったと言わんばかりの表情を浮かべていたことにも驚いて、さっきとは違う優しい声に徐々に力が抜けて、ソファに押し倒された驚きといつも見ない宿儺の熱の篭った目に圧されてびっくりしたのが少しずつ落ち着いてくる。

    「抱き締めるのは良いか?」

    伺う声に頷けば、押し倒される前の体勢に戻って囲う様に、優しく抱き締められる。
    少しだけ宿儺の身体から力が抜けて、俺の背中をあやす様に撫で始める。

    「はぁー……」

    ゆっくりと息を吐きながら少し強めに抱き締められ、首元に擦り寄ってくる宿儺の様子になんだか落ち込んでいる様な気がして恐る恐るその髪の毛を触る。

    「あんた…優しいんだな」
    「お前を犯そうとした男に言う言葉じゃ無いな」
    「ん、でも未遂だろ」

    苦々しく吐き出された言葉に苦笑しながら言ってやれば宿儺はまた重く深いため息を吐く。

    「嫌がるならまだしも、泣く相手に欲情するほど物好きでも無いからな…好いた相手なら尚更だろう」
    「…は?」
    「なんでもない…もう少し、このまま好きにさせろ」

    くぐもる声ではっきりとは聞こえないけれど、自分の耳に届いた言葉にぶわりと身体が熱くなる。
    擦り寄ってくる宿儺の髪の毛の擽ったさと、首筋にかかる吐息を感じながら宿儺が満足するまで抱き締められる。
    特に返事を求められていない、もしかしたら独り言だったかも知れないそれにどう現したら良いのか分からない感情が湧いてくる。
    この気持ちを上手く伝えられる様になるだろうか…

    パッタリと静かになった宿儺に身体を預け、少しだけ早い鼓動を感じながら目を瞑る。





    END
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