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ワンウィークドロライ
お題:彼氏
"伏黒さんと虎杖さんは仲が良いことで有名ですが、伏黒さんにとって虎杖さんとはどんな存在ですか?"
テレビから女性のインタビュアーの声が聞こえてくる。映っているのは椅子に座ったスーツ姿の俳優の姿でその後ろにはデカデカと映画告知のポスターが貼ってある。
"そうですね…虎杖は気の知れた級友というか、ただ仲が良いだけじゃなくて互いに切磋琢磨する事の出来るライバルって感じですかね。尊敬してます。"
質問に対して画面に映る俳優は少し穏やかな顔を見せて考えるように言葉を発する。
「はぁーーーーーっ」
「なんだよ…」
インタビューが終わったのか、コメンテーターの映る画面をチラリと見てから吐き出した俺の深いため息に目の前の癖の強い黒髪がふよりと揺れる。
口元が擽られて少しむず痒い。
腕の中に大人しく囚われてくれている恋人が不満気に俺を見上げてくる。
まさしくさっきまで画面に映っていた俳優で澄ました顔で「尊敬しています。」なんて言っていた人物だ。
「んー、嬉しいけどさあ、そこは彼氏ですって言って欲しいー!」
「はぁ、無理だろ馬鹿」
「知ってますよーっ」
一緒にソファに座って腕の中でコーヒーを飲む伏黒が少し呆れた様に言うから、正論に対してどうにも対抗出来ず悔しくて背中に顔を擦り付ける。
知ってるし言うつもりもないけど、ファンのつくこの業界ではやっぱり俺の伏黒だと大声で叫びたくなる時がままある。
腹に回した腕に少し力を入れればマグカップを机に置いた伏黒が体重を俺に預けてくる。
風呂上がりで石鹸の良い匂いがして、いつもより体温が高く感じる。
きゅっと抱き締めれば、伏黒が振り向いてきてじっと俺のことを見つめるから目元にキスして肩に顎を乗せる。
この間だって、撮影現場で一緒になった有名な若手女優が伏黒に話し掛けててもやもやした。
何を話してるのか分からなくて、でも親しげで、前にも共演したことがあるのかも、とかそう言うことを考えてしまうと気になって仕方ない。
「虎杖」
「ん?」
腹に組んだ手を撫でられて伏黒の手を絡める。
細くしなやかで綺麗な手が少し悪戯気に手の甲をくすぐってきたりするから、動かない様にがっしりと握り締めてみる。
俺の拘束から逃げようと四苦八苦して少し悔しそうに頑張って力を込めているのが分かって、そんな些細なところも可愛くて仕方ない。
「くっ、の…ッ」
「んふふ、まだまだだねー伏黒」
ぎゅっーと手を拘束したまま腕の力を込めて抱きしめる力を強めて擦り寄る。
暖かい体温と背中越しに伏黒の鼓動を感じて目を閉じる。
暫くして諦めたのか小さく舌打ちが聞こえて身体から力が抜けるのを感じる。
久し振りに2人の休暇が重なった日にこうして伏黒となんともなしにリビングで寛ぐ時間が凄く好きだ。
「…好き」
「…知ってる」
伝えたくて、声に出せば少し照れ臭そうに言葉が返ってきて可愛くて好きで愛おしくてまた腕に力が入る。
「可愛いっ、伏黒、大好き、好き、愛してる」
「ッー、あんま言うな」
「なんでよ?照れてる伏黒も可愛いし、俺がどれだけ伏黒の事好きか知って欲しいもん」
「別に…照れてねぇ」
「んー?そう?そういう事にしといてあげる」
跳ねる黒髪の間から赤くなった耳がチラリと見えて可愛くて堪らなくて口元がむずむずする。
手離したくねぇな…
別れる気なんてさらさら無いけど。
少し不貞腐れたのか唇を尖らせているのが見えて静かになった伏黒を堪能する事にする。
「…お前以外に、彼氏なんてつくらねぇし、俺が好きだと思ったのもお前以外にいねぇよ。」
ボソリと落とされた言葉が衝撃すぎて息が止まった気がする。いや、確実に止まった。
押し出されるように、辛うじて短く息を吐けば伏黒が立ち上がろうとして、慌てて伏黒の手首を掴んで逃亡を阻止する。
抵抗なんて可愛いもので体格差も筋肉量だって違うから引き止めるのは簡単で、たたらを踏んだ伏黒がソファに倒れ込むのに合わせて、腰に乗っかり逃げられないように体重を掛ける。
「っ、どけ!」
「嫌だ…、顔見せて」
すぐに拳が飛んできて、それを止めれば顔を隠せないように握り締める。
「う、見んなっ」
「顔、真っ赤じゃん、可愛い…」
気恥ずかしさを隠すように睨み付けてくる伏黒の瞳が少し潤んでいて、リビングの照明に照らされた事で伏黒の白い肌が血色良く色付いているのがはっきりと分かる。
ごくりと喉が上下して音が頭に響く。
これ以上俺のことをどうしたいんだ…
好きで好きで堪らなくて心臓が痛い。
「っ、虎杖?」
「あ…」
感情が制御できずぼろっと涙が溢れる。
困惑する伏黒が「痛かったか?」なんて少しずれた心配をするから、思わず笑ってしまう。
違うよ、伏黒
「ごめん、びっくりした?」
「大丈夫か?」
「うん、嬉しくて涙出た」
雑に服で目元を拭えば、心配そうに見上げてくる伏黒と目があって、少し照れ臭くて笑ってみせる。
「こんなん初めてだわ」
「悪い?」
「ははっ、なんで謝んの?嬉しかったんだって…俺も伏黒だけ」
ソファの上で抱き締めあって目元に伏黒の指が這う。
鼻と鼻がぶつかる様に近くなった距離でジッと見つめあって伏黒の瞳が物欲しげに揺れる。
ふいっと逸らされた瞳と顔を逃さない様に顎を掬い上げてもう一度向き合い、薄くて柔らかな唇に俺の唇を押し当てる。
「ん…っ」
「…はぁ、愛してる恵」
「ッ俺も…愛してる悠仁」
帰ってきた言葉ににッと笑って見せれば伏黒も気恥ずかしげに笑う。
幸せすぎる空間に、溜まってた涙がもう一度零れ落ちて、伏黒が「泣き虫だな」なんて笑う。
知ってる?伏黒、伏黒の前でだけだよ…
end.