宿伏版ワンライ
(初恋)
「箱庭」の続きもの
ショタ×セラピスト
待ち合わせ場所は駅近くのビル。
オフィス街にある一等高いその建物は複合した物ではなく一つの会社が所有する物なのか案内表記には会社名が1つだけ…。
白いシャツに黒いパンツ。
シンプルな出立で部屋に招かれた男は勧められるままに1人掛けのソファに居心地悪そうに腰を下ろす。
その様子を自席で眺めていた部屋の主が立ち上がり、向かい合う様にもう一つのソファへと腰を下ろす。
「久しいな、伏黒恵」
「……、宿儺」
「こうして向かい合って座るとあの頃を思い出す。」
目を細めて笑う男は、表面上で笑みを浮かべていても何を考えているのかよく分からない。
"宿儺"
セラピストとして、短期間であったけれど担当した子供の名前だ。
家族が惨殺され、その現場に居合わせたと言う子供。
達観した思考を持ち、広い視野で考え、行動する。
子供と呼ぶには子供らしからぬ言動をする子だったと覚えてる。
家族を失った筈なのにショックを受けるわけでもなく、さも当然かの様に受け入れた小さな子は、最後のカウンセリングの後、消息を絶った。
その後宿儺のいた孤児院は全焼、寝静まった頃に起こったその火災は数人の生存者を残して一夜にして全てを焼き払った。
それを知ったのも、ついこの間…。
勤めていた会社が倒産するというので必要な資料を漁っていた時だった。
最後のカウンセリングから10年は経っただろうか。セラピストとして何人もの人達とカウンセリングをしてきた中で、宿儺ほど熱烈に記憶に残っていた患者もいなかった。
ぼんやりと思い出に浸りながらこれからどうしようかと悩んでいたところに、突然メールが届いた。
内容はこのビルの住所と日時、そして"お前の手助けになる。"と。
なんとも怪しいメールだったけれども、最後に添えられた名前に突き動かされる様に来てしまった。
あの頃の、カウンセリングを思い出しているのか手を組んだ宿儺の言葉に思わず口元が緩む。
「クッキーとココアは無いけどな」
「ケヒッ、そうさなぁ、準備をさせようか?」
「いい、もう子供じゃないだろ」
少し驚いた様に目を開いた宿儺に首を傾げる。
何か、変なことを言っただろうか。
小さかった男の子は随分と大きくなって、面影はあるけれど顔つきも身体つきも変わった。
それでも紅く染まった瞳は変わらず、俺をじっと見詰めている。
あの時も…そうだった。
揶揄いだと言い切ってしまうには真剣みを帯びた瞳で見つめられ、柔らかな感触が唇へ落ちた。
あのキスをこの男は覚えているんだろうか…。
「宿儺、俺を此処へ呼んだ理由は?」
もう子供じゃ無いと言う言葉に俺がどれほど歓喜したのか、目の前に座っている男は分かっているのだろうか。
少し不安げに聞いてくる男の視線はうろうろと定まらない。
"目は口ほどに物を言う"
カウンセリングをするにあたって、言動の中でも視線は情報を聴取するのに見るべき場所だ。
考える時、思い出す時、嘘をつく時…
人それぞれ癖があり、隠し通せる物でも無い。
一目惚れした翡翠の瞳は、輝きを失う事も無く、伏黒恵の眼窩へと嵌っている。
「倒産したと聞いた。」
「ああ…理由はあまり知らされて無いんだが、今更騒いだ所で意味は無いだろ」
きちんと説明出来るはずも無い。
汚職を重ね、医師と連携し誤診を促し患者を得る。
そうして成り立っていた会社は杜撰で碌な場所では無かった。
潰そうと思えばそこまで手を下さずとも自然と崩れ去っていったので呆れた程だった。
そうして未だに放浪していると言う伏黒恵のパソコンへメールを流し、此処に招いた。
「行き場が無いのでは?」
「…そうだな、今のところは」
それもそうだろう、裏から手を回し伏黒恵が採用されない様にしたのは俺だ。
少し難し気な表情で、拗ねているのかポツリと言葉を落とす伏黒恵に内心でほくそ笑む。
周りの人間などどうとでもなればいい…
ただ唯一、伏黒恵が手中に堕ちてくる事だけに俺の心血は注がれる。
「俺のところへ来ないか?」
「は?」
組んだ指をイジイジと動かしながら気まずそうにする伏黒恵へ本題を伝えれば、弾かれた様に顔が上がり、目が見開かれる。
溢れんばかりの翡翠を手で受け止めたいと思ってしまう程のそれに小さく苦笑して見せて、甘い罠を仕掛けていく。
「最近よく眠れない」
本当を言えばそれはずっとだった。
伏黒恵とのカウンセリングを終えてから、ずっと。
俺の言葉に眉を寄せた男は首を傾げる。
「昔は意味が無いって…」
「ああ、あの施設では…と言う意味でだ。俺はオマエに診てもらいたい。」
此処で逃すわけにはいかない。
初恋と呼ぶには些か粘質な感情を今までずっと抱えてきた。
「それは、個人でって意味か?」
「勿論、賃金はきちんと支払う。望むなら住むところだって提供するぞ。」
頭の中で考えているのだろう、確かめる様に聞いてきた男は暫く黙り込む。
若干の不安があるとは言っても、会った時からこの男が何処か抜けていて甘いのは短期間で知っている。
最後のあの日、キスしたことすら子供の悪戯だと処理されて覚えられていない可能性もあるのだ。
まぁ、しかし、年下というのも使い様だ…
「駄目か…?」
「…っ、分かっ、た」
グッと詰まったのが分かる。きゅっと引き結んだ唇は薄い。その様子に笑みが溢れるのを隠しながら、宿儺は座っていたソファから立ち上がる。
「では、早速仕事をして貰おうか。」
立ち上がった宿儺の言葉に驚いた様にぽかりと口を開ける伏黒が宿儺の勢いにつられる様に腰を上げる。
「仕事って…」
「言っただろう、眠れないと。」
言葉とは反対に、すいっと細められた宿儺の瞳は不眠の色を一切見せず、生き生きと輝いている様に見える。
社長室を出て伏黒の手を引きながら宿儺が向かったのは仮眠室。
宿儺専用に誂えた部屋はセミダブルのベッドと冷蔵庫、簡易的なキッチン、シャワーブースなど、寝泊まり出来るように揃えられていた。
「っ、おい、宿儺」
伏黒の引き留める様な声を無視した宿儺が、細い腰を抱き寄せベッドへと引き込む。
まるで流れる様にベッドへと押し倒したかと思えば上から覆いかぶさる様に伏黒を閉じ込める。
やっと、俺の元へ来たこの身体を今すぐに暴いて溺れるほどに愛を伝えたい。
グッと身体を倒せば伏黒恵との距離が縮まり息使いが分かるほどに近くなる。
このまま、抵抗しようと言葉を探して戦慄く唇にかぶりついたらどうだ…
押し倒された今の状況に流石に気付いたのかぶわりと白い肌が紅く染まる。
そのなんとも美味そうな光景に自然の咽喉が上下する。
俺を意識している様な反応を見せる初恋の相手…
その様子はなんとも、饒舌に尽くし難い…
溢れ出そうになる本能を抑え込み、ごろりと横へ転がり伏黒と向き合う様に体勢を変える。
今はまだだ…
「俺の居なくなった後の事を、教えてくれ」
「っ?」
「大人しく寝てやる」
腕の中で緊張した様に固まる身体を抱き寄せて胸元に収める。
目を瞑り、身体の力を抜けば混乱しながらもぽそぽそと言葉を吐き出し始めた声に耳を傾ける。
「面白い話は無いからな…」
逃げられないと悟ったのか、少し不貞腐れている様な声で昔話が始まる。
カウンセリングに来る子供は殆ど居なかったこと、帰り道で野良猫に合うこと、診ていた患者が元気になったこと、男なのにストーカー紛いな事をされたこと。
…最後の件については知っていた。きっと今頃伏黒恵をおさめる瞳すら残って無いだろう。
「そうか」
じんわりと移ってくる体温が心地良くて、耳障りの良い声に本格的に睡魔が襲ってくる。
「ん…宿儺、寝るのか?」
「けひっ、その為に呼んだ」
重くなってきた舌を動かしてモゾモゾと動く身体を柔らかく抱き締める。
癖のある髪の毛が頬を擽ってくる…
そんな感触すら愛おしくて、抱き込んだ愛おしい初恋相手にバレないように髪の毛へとキスを贈る。
…あともう少し。
END