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    ゆりお

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    ゆりお

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    よこたさん誕生日おめでとうございます!
    女装させたイヌピーをホテルに連れ込んでも添い寝しかしないココの話です。

    ##東リ
    #ココイヌ
    cocoInu

    ココイヌ/東リ『姉の制服』

     脚の上を剃刀が滑る感触がむず痒かった。
    「動くなよ」
     思わず身じろぎをすると、足首を強く掴まれる。跪いた一に下から睨め上げられ、バスタブに腰掛けた青宗は眉根を寄せることで返事をした。
     しかし一は気にした様子もなく作業に戻る。てのひらで丁寧に青宗の脛に泡を伸ばすと、再び剃刀を当てる。ゆっくりと動かして毛を剃ると、洗面器に貯めたぬるま湯につける。その繰り返し。青宗は手持ち無沙汰に、一の慣れた手つきを見ていた。彼の捲り上げたズボンの裾が濡れて色が濃くなっている。自分でやると言ったが、お前はすぐ肌に傷をつけると却下された。
    「イヌピーは毛、薄いよな。色素も薄いし……」
     シャワーをかけて汚れを落とし、すべらかになった青宗の肌を指でなぞりながら、一がぽつりと零す。あまり気にしたことがなかったから、青宗は黙っていた。それきり一は黙り込んでしまったが、何を考えているかは容易に知れた。
     彼が想像した通り、青宗の姉も体毛が薄かった。おそらく世間一般のそれよりも、関係の近い姉弟だったと思う。母に止められるまで姉が一緒にお風呂に入りたがったから、女性らしい体つきになった彼女の裸も知っている。膨らんだ胸と、淡く陰毛に覆われたそれ。先輩に無理やり見せられたハメ撮りに写っていたものとは全然違った。
     物心ついた時から、姉は姉だった。当たり前のことだったが。
    「お姉ちゃんにそっくりねえ」
     子供の頃、よくそう声をかけられた。実際、二人で映った写真を見返すと、青宗自身でもそう思った。
     それに加えて五歳という年の差もあって、姉は弟のことを過度に可愛がった。青宗、青宗。そう呼んで、お気に入りのぬいぐるみのようにどこにでも連れて行きたがった。幼い青宗には、それが鬱陶しくて仕方がなかった。

     体毛のなくなった手脚はいつもスースーとして落ち着かない。スカートから伸びた脚を投げ出して、青宗はぼうっと電窓から景色を眺めていた。平日の昼間のせいか、人は少ない。隣に座った一とは、電車の揺れに合わせて、たまに剥き出しの腕が触れた。不快ではないが汗と体温が気になって、少し離れようと思ったが、彼がどう思うかが気になって出来なかった。
     シャツの丈は足りていたが、やはり女物は肩がきつく突っ張っている。青宗は自分の身体に目を滑らせた。白のニットに、チェックのスカート。胸に下げたリボンは自分で結ぶのではなくて、元から形が出来ているのだと初めて知った。紺のハイソックスに、茶色のローファー。格好だけなら、まごうことなき女子高生だ。姉が、そうだったように。けれども脚はまだ細くとも骨張っていて、少年のものだとしか思えなかった。
     不意に視界がきらめいて、青宗は顔を上げた。先ほどまで平坦な住宅地ばかりであったが、いつの間にか窓の外には青い海が広がり、力一杯輝いていて眩しかった。
     やがて、電車が止まる。終点駅のアナウンスが流れる。聞き覚えのある名前だった。昔、親に連れられて来たことがある。微かな記憶が思い起こされた。
     てっきり眠っているのかと思った一が立ち上がった。その勢いの良さに驚いて、青宗は思わず座ったまま友人を見上げた。
    「ほら」
     手を差し出した一は、懐かしい表情をしていた。少しだけ頬を染めて、少しだけ早口で、嬉しそうに口元が緩んでいる。青宗は一瞬、目眩を感じた。この数年が夢だったような、悲しい錯覚だった。まばたきひとつですぐに消え去ってしまう。青宗は無言で、その手を掴んだ。
     道を歩くと、潮の匂いのする風が吹く。半歩前を歩く一のパーマがかかった髪が揺れるのを見つめているうちに視界が開けて、水平線が視界を二分した。
    「赤音さん、海が好きって言ってただろ?」
     砂浜に降りると、手を繋いだまま一が嬉しそうに微笑んだ。ココがそう言うならそうなのだろう——そんな気持ちと、それは彼の思い込みだ、という気持ちがぶつかり合って、霧散していった。少なくとも嫌いではなかっただろう。遠い昔、まだ青宗の背が、彼女の腰くらいまでしかなかった頃、家族と連れ立ってきた海で、彼女ははしゃいでいたと思う。寄せくる波が怖くて姉にしがみついていた。もし姉がここにいて、覚えているかと笑ったら、忘れたと答えたただろう。
     どちらにせよ、青宗が姉の格好をして友人の横に立っているという現実は変わらない。遠目には、学生のカップルに見えていたりするのだろうか。近くで見たら、その異様さに目を逸らすかもしれない。けれども、案外ひとは他人のことなんか気にしていないのかもしれない。喧騒は平等に響いていた。周りの人間の無関心さにどこか救われながら、青宗は一の敷いたレジャーシートの上に腰を下ろした。
    「ずっと赤音さんと来たかったんだ——」
     堰を切ったように一が喋り出した。青宗は視線を落とし、ローファーの中に入った砂を指で摘んだ。靴下の繊維に絡んだそれと同じように、青宗は一のことを気持ちが悪いと思った。
     彼の言葉は青宗の身体を過ぎ去ってゆく。中には何も残らない。
     だってそれは、青宗への言葉ではないのだから。

     一の仕事を手伝った時に、その報酬として少なくない金をもらった。いらないと言ったが、こういうことはきっちりすべきだ、それがさらに金を稼ぐコツなんだ、と強く押し切られた。
     青宗は、その足で近くの洋裁店に向かった。そこには、姉が通っている高校の制服を着たマネキンが飾られていた。この辺りの学校では一番人気のある制服で、姉が憧れていたものだった。それを見つめたままぼんやりと立ち尽くしていると、声をかけられた。一の仕事の伝手で知り合った男だった。彼は青宗に、女にでも着せたいのかと下卑た笑いを浮かべたあと、その手の愛好家から物を仕入れる方法を教えてくれた。青宗はその時、制服というものが案外高価なことを知った。姉が着ていたものは家と一緒に燃えてしまったから、新しく手に入れたそれを病室に飾った。

     海の近くのモーテルは、潮の匂いが強まっていっそ生臭く、滞在してるだけで息が詰まった。
     広いばかりで、どこか湿っている気がするベッドの上に、青宗は横たわっていた。首には隣の一の腕が巻きついて、彼の情念を示していた。
    「なにもしねぇの?」
     天井を見つめながら、青宗は尋ねた。しばらく返事がなかったから、青宗は一が眠っているのかと思った。
    「……しないよ」
     やがてくぐもった声が聞こえた。それはひどく不明瞭で、青宗にはそれが譫言かどうか、判別つきかねた。彼はじっと息を潜めて、続きを待った。
    「そばに、いてくれるだけでいいんだ……赤音さん…………」
     それを聞いた瞬間、青宗は死人になってしまったように感じた。身体と心が冷え切って、何も感じなくなった。熱も、音も、光も、何もかもが遠い。自分が呼吸をしているのかもわからなくなってしまった。
     どれだけの時間が経ったのだろう。今度こそ耳元で寝息が聞こえて、ようやく許されたように青宗は生き返った。

     高校の制服が届いたとき、姉はすぐに着替えて家族に見せびらかした。
    「あら、似合ってるじゃない。受験勉強頑張ったものねぇ」
     母は嬉しそうに微笑み、父はスカートが短いんじゃないか、と顔を顰めた。
    「どう? 青宗。可愛いでしょ」
     多分自分は「さあ」とか「知らね」とか、そんなそっけない返事をしたと思う。
     姉の入学式の日に、一はわざわざわ朝早く青宗を迎えに来た。それは口実で、彼はただ、赤音に会いたかったのだ。
    「入学おめでとうございます、赤音さん」
     少しだけ頬を染めて、少しだけ早口で、口元が嬉しそうに緩んでいる。
    「制服、可愛い。すごく似合ってるよ」
     拙い褒め言葉に、姉は嬉しそうに笑った。
    「一くんはいつも優しいね。青宗も見習わなきゃダメだぞ」
     口癖のような、姉の言葉。
     
     まるで電気に撃たれたように、青宗は飛び起きた。
     オレじゃない!
     オレじゃない!
     叫び出したかった。何かを壊したかった。出来るなら目の前の友人を思い切り殴りつけて、殺してしまいたかった。けれども出来るはずがない。だって本当にそうしてやりたいのは、自分自身なのだから。
     相応しいのは姉で、自分ではない。この制服が似合うのも、友人が望んだのも、生きていていいのも、自分ではない。総てが姉のものだった。
     青宗は脱衣所に駆け込むと、洗面台に嘔吐した。朝から何も食べていなかったから、胃液しか出なかった。酸で舌が痺れて、青宗はもう一度黄味がかかった液体を吐いた。
     息を荒げながら顔を上げる。涙で歪んだ視界の中、こちらを見つめているのは、姉に違いない。
    「どうして……」
     零れた声は引き攣れ、掠れていた。
    「どうして死んじゃったんだよ、赤音」
     鏡の中の姉は、今にも泣き出しそうな、歪んだ顔をしていた。
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    mocha

    PASTドラケンが暇つぶしに作ったキュウリ製のバイクを持ち帰ったイヌピーが赤音のことを思い出してモヤモヤする話。同棲しているココイヌ。未来捏造、両片思いのすれ違いネタ。ココはイヌピーと付き合ってるつもりで、イヌピーはココに赤音の身代わりにされているつもりでいます。
    ココイヌ版ワンドロ・ワンライのお題「お盆」で書いたものです。
    天国からの乗り物 この時期にはキュウリを使って馬を作るものらしい。
     どこからかそんな話を聞いてきたらしい龍宮寺堅が、乾青宗に渡してきたのは馬ではなくバイクだった。キュウリを使って作ったバイクは、馬よりも早く死者に戻ってきてほしいという意味らしい。
     何をバカなことをと思ったが、キュウリのバイクを2台作りながら彼が思い浮かべている死者が誰なのかは察しがついたので、青宗は何も言わずにおいた。別れるはずもないタイミングで別れてしまったひとに、少しでも早く戻ってきてほしい、会いたいという気持ちは青宗にも理解ができる。
     だが理解はできるものの、複雑だった。姉には会いたいけれども会いたくない。今、九井一は青宗と同棲しているが、それはあくまで青宗が姉のような顔立ちのままで大人になったからだ。
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