綺麗になった 俺が最初に彼女を知ったのは幼稚園の芋掘り日だった。あの時の泥で汚れた全開の笑顔を見て決めたことを彼女に打ち明けると、彼女はすごく驚いていた。
「だって、ほんとに小さい頃のことだし、泥で汚れた顔なんてきれいじゃなかったと思うし……」
「そうだな。でも、俺には綺麗に見えたんだ」
理屈では説明できない。それがきっと運命ってやつなんだろう。
それから十年以上の時を経て、キャンプ場で彼女に焼き芋をあげた時、幼稚園の芋掘りの時と同じ笑顔だった。違っていたのは泥がついていないことくらいで。
(本当に綺麗になったな……)
その時の彼女の笑顔を見て、改めてそう思った。あの時だけじゃない。体育祭で颯砂に負けた俺に寄り添ってくれた時も、縁日でかざぐるまを真剣に見ていた時もそう思った。そして、卒業式に教会で二人だけの式を挙げた時、ウェディングドレス姿でもない制服姿で、指輪も無くて俺が渡した髪飾りを身に着けて、最高に幸せそうな笑顔を見せる彼女が一番綺麗だって思った。
あれからちょうど一ヶ月が経った日、おじいちゃんの店の手伝いを終えて自宅に帰ると、
「おかえりなさい」
エプロン姿の彼女が玄関で出迎えてくれた。春休みの今、俺は大学から本格的におじいちゃんの店を手伝うことになり、新生活の準備をしながら彼女も俺の家に来て食事を作ってくれたり、世話を焼いてくれている。自宅でこうして彼女に出迎えられると、改めて彼女と結婚して、かざぐるまの願い事が叶ったんだなと実感する。
「ただいま。これ」
彼女に青いバラの花束を差し出す。花屋アンネリーで今日のために予約していたもので、おじいちゃんの店の手伝いの帰りに受け取ったものだった。花束はアンネリーでバイトしているイノリが用意してくれて「リョータ先輩も彼女もおめでとうございます」と言ってくれた。
「わあ、キレイ! あっ、もしかして……」
彼女も花束の意味に気づいたらしい。
「ああ。結婚一ヶ月記念日だろ? 今日」
「うん。ありがとう、玲太くん」
彼女は花束に笑顔を見せる。二人で式を挙げたあの日を結婚記念日としてあれから一ヶ月、まさに新婚の俺たちだが、今は大学の入学式を控えていて新生活の準備で忙しく、新婚旅行にもまだ行けていなくて新婚らしいことはあまりできていないが、それでも何とか二人の時間は作っている。彼女と二人で過ごす時間が何より幸せだ。
「わたしも今日は玲太くんの好きなもの、たくさん作ったんだ。おじいさんのお店のお手伝いの後でお腹空いてると思うし、いっぱい食べてね」
俺がおじいちゃんの店の手伝いをしている間、彼女も今日の記念日のために食事を用意してくれていたらしい。
「ああ、ありがとな」
笑顔でそう話してくれる彼女を見ると、彼女も同じ気持ちなんだと愛しくなり、彼女のおでこにチュッとキスをした。
「えっ、玲太くん!?」
夫婦になったというのに、遊園地の観覧車で初めてキスをした時から変わらない反応を彼女は見せる。
「なんだよ? もう夫婦だろ、俺たち」
「だって、玲太くんがそうしてくれるのはわたしにとって特別なことだから、ドキドキしちゃうよ。記念日だから?」
彼女は頬を赤らめておでこを押さえる。キスをしたのは今日が記念日だからというのもあるが、
「今日もきれいだなって思って、俺のお嫁さん」
すると、彼女はキスした時以上に頬を赤らめる。初めて彼女を知った時の泥に汚れた全開の笑顔から、日に日に綺麗になっていく彼女に結婚してからも想いは深まるばかりだ。
「愛してる」
「わたしも……幸せ」
俺の腕の中で幸せそうに笑う彼女をまた綺麗だと思った。