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    m_rotktn

    @m_rotktn
    ハッピースケベの星

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    m_rotktn

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    はいあ〜んエピを拗らせた両片思いが事故っている。
    毒物を食ったり食わせたりしています。


    ※文章まとめていないざっくりアウトプットなのでディテールは甘いです

    #ビマヨダ

    とある微小特異点攻略から帰還した直後、霊基異常に見舞われ少年の姿になってしまったドゥリーヨダナ。
    簡易検査、および翌日の精密検査を経ても、肉体年齢の退行に伴うステータス変動は生じていたものの、それ以外の特筆すべき事項は見られず、霊基を維持できないなどの状態に陥っている訳でもないようなので、とりあえずしばらくは様子見で。と結論が出た直後にある問題が発覚する。



    「毒だな」
    医務室に運び込まれたドゥリーヨダナの様子をひとしきり診察した後、医神は淡々と言う。彼が食事中、咽喉を押さえながら倒れた現場に居合わせた者たちには幾らか予想がついた回答でもあった。
    弱体解除のスキルにより解毒はなされ、容態はすぐに回復。速やかに閉鎖された食堂中、つぶさに調査が入ったが、結果ドゥリーヨダナが真っ先に齧り付いたバゲットからだけ毒物が検出された。
    Who(だれが)、why(なぜ)、how(どうやって)──。
    当然の疑問が俎上に登るが、誰もが首を捻るばかりだ。
    対象は不特定だったのか、それともドゥリーヨダナ個人が標的だったか。いずれにしてもこんなにもピンポイントで毒など盛って誰が何の利を得るのか。
    「あいつ自身が……ってことはないか」
    踊るどころか、一歩目のステップすら踏み出せずにいる議論の場に、巨石を投じた者があった。ドゥリーヨダナとは同郷──どころか、英霊としての礎を同じ物語に持つビーマそのひとである。
    「ビーマ、それどういう……」
    「あいつには前科があるからな」
    マスターの問いに半神の子は何でもないことのように答えた。
    ああそうだ、ちょうどあのくらいの頃だった。
    太い指で撫でる口元が誰に聞かせるともなくぽつりと漏らす。


    さすがのわし様とて心身ともにちょっとばかしグロッキーなんですけどぉ、とダレるドゥリーヨダナを宥めすかしつつ、追加検査が始まる。
    「触れた物の性質を変えてしまう特性──能力というのかな。各地の神話でもしばしば見られるエピソードだね。君のも、ある意味そうした系譜にあるのかもしれない」
    そう告げられたドゥリーヨダナは、神妙な面持ちで目の前に並べられた簡素な食膳に手を伸ばす。
    持ち上げたコップの中身、真空パッケージを剥いたエナジーバー、パンや焼き菓子、匙や箸、フォークをつけた皿の上のもの。直接、間接を問わず、ドゥリーヨダナが触れた食べ物が悉く、同じ毒を帯びていく。
    「……は。これは……。大した名推理だな、技術顧問」
    幾分青褪めた顔でドゥリーヨダナは苦い笑みを作る。推論とそれを裏付ける証拠が無事出揃ったという訳だ。推論とはすなわち、ドゥリーヨダナを形作る物語のことだろう。
    「いうてもわし様、無差別大量毒殺もはたまた服毒自殺も目論んだ記憶はないんだがー?」
    「そこはそれ。今の君は英霊だ。かつて逸話が、いわばサーヴァントのクラススキルに似た、自動発生的なものに昇華されたんだろう」
    生涯の仇敵となる男・ビーマにその昔、毒入りの菓子を振る舞い、川に沈めた。
    ああ、あれはちょうどこのくらいの年頃であったか。
    元の姿よりずいぶん薄い胸に、ドゥリーヨダナはぺたりと手を当てた。


    少なくとも、子どもの姿である限りは、自らの手で食事を取ることは出来ない。当面周回にすら出ることがないとはいえ、カルデアとの細いパスだけでやり過ごすにしても、今に無理が生じてくるのは目に見えている。
    「なあ旦那、俺たちに出来ることがあるなら何でも言ってくれよ」
    「ああ、そうだ友よ。如何なる助力とて厭わないとも」
    「んー……。そうさなぁ、もうちょい退っ引きならなくなったら頼むかもしれん」
    盟友ふたりの膝へだらりと身体を預けながら、ドゥリーヨダナは答える。食事の介助程度なら今すぐにでも支障はないが、このふたりなら言葉通りそれ以上の魔力供給にも二つ返事で応じるだろう。何も彼らとの深い接触を厭うのではない。ただ得難いこの友人たちから、一方的に搾取し続けるわけにはいかないと思うのだ。
    元の姿に戻れば時間局所的な逸話の影響も薄まり、おそらくはこの特性も元のように失われるだろう、とは、技術顧問らとの間での共通見解だ。
    ではその方法は。
    思い起こすのは、最後に飛んだ奇妙な微小特異点のことである。タイミングからして、ドゥリーヨダナの霊基に干渉しているのはおそらくあの中での何かだろう。
    幼い子どものような影が多く飛び交う世界を、壊れた時計が支配していたのだった。ギュルギュルと針を目まぐるしく逆向きに回転させたかと思えば、痙攣のような静止を繰り返すその時計に、最後の一撃を加えたのは他ならぬドゥリーヨダナだ。後に残ったのは聖杯の雫にも満たないほどのごく僅かな魔力リソースで、ずいぶん拍子抜けさせられた。
    逆行、停滞、願望と呼ぶには弱い力。
    キーワードらしきものを繰り返し繰り返し反芻する。
    この毒を喰らわせて、俺は何を成したい──。


    そうしてしばらく友人たちやその他差し障りのなさそうなサーヴァントたち、マスター(「ほぅらわし様愛いであろう、存分に頭を撫でていいのだぞマスター」)との軽いスキンシップだけでやりくりをしていたある日、突如現れたビーマが言う。
    「おい、少しツラを貸せ」
    「は? 嫌だが?」
    「嫌じゃねえ、マスターには許可を取ってある」
    子どもの俊足で逃げ出す前にあっさりと捕まり、小脇に抱えて拉致されてしまった。貸せといいながらわし様の竜顔を強奪するかこの野蛮人。
    抵抗虚しく連れて行かれたのはシミュレーターの一室だった。扉を閉じれば邪魔は入らないが、内部の様子は常時モニタリングされている。何の情景も映さず、本来の無機質な天井や壁がそのままの室内には、一人分の食事が用意されていた。ほらよ、と座らされた席にカトラリーの用意はない。すぐ隣りに腰を下ろしたビーマが手元のスプーンを持ち上げ、どろりと良く煮込まれた風合いのスープを掬って差し出す。
    「食え」
    「…………え? は? 今なんて?」
    「聞こえなかったか? ──ほらどうぞ召し上がれ、王子」
    白装束の下に水着でも着ているのかはたまた音に聞くオルタ化か。なんにせよ、ついにこの男がバーサーカーにクラスチェンジしたなら可及的速やかに教えておいて欲しい、フォーリナーの後ろに隠れているから。
    「いや……なんでわし様がおまえに飯を食わされにゃならんのだ」
    九割九分、作ったのもこいつ自身だろうが、急になぜそんなことを思い立ったのか。推測のしようもないのが正直恐ろしい。マスターもマスターだ。何と言って許可なぞ与えたのか。したならしたで、これも先に教えておいて欲しいものである、たいへん切実に。
    まだ湯気の立つ料理は、どれも空腹を擽る美味そうな匂いをさせている。同郷だけあって、食の好みはそれなりに把握されているだろう。しばらく絶っていた分、人間的な食欲と、英霊としての魔力に対する欲求を掻き立てられるが、それ以上に警戒せよとより原始的な本能がブレーキをかける。何せ目の前にいるのはかつて己を殺した男だ。
    「……毒なんざ入れねえよ。おまえじゃあるまいし」
    「…………ああ、そうだろうとも。わし様をどうにかしたけりゃ、この華奢で可憐な手足に首、へし折ったほうがよっぽど楽だし早かろうな」
    昔おまえが我ら兄弟にそうしたように。
    皮肉に皮肉を返した途端、ぞっと背筋が凍りつく。色の淡い、ただでさえややもすれば酷薄な印象の眼が、怒気と殺気に爛々と燃えながらドゥリーヨダナを射抜く。幾ら霊基自体の本質は変わりないとはいえ、退行した子どもの形では神性の威圧に抗いきれるはずもない。恐怖に叫びだしそうなのをそれでも意地だけで堪え、やめろ、と震える声を振り絞る。
    「…………すまん」
    手にしていたものをそっとテーブルに下ろし、ビーマは長く息を吐きながら顔を伏せた。珍しく──本当にごくごく珍しいことに、謝罪の言葉を発したところからして、おそらくはドゥリーヨダナのほうが不用意に虎の尾を踏んだにせよ、ビーマも決して本意ではなかったのだろう。
    「……調理の間は、ずっとエミヤにそばに着いてもらっていた。何なら今すぐここへ呼べ。弓兵の眼力と料理人としての誇りにかけて、必ずフェアな証言をするはずだ。あいつの目の前で、必要な食材や調味料以外に触れるほど俺は腐っちゃいねえ」
    「…………」
    「それと、カメラ以外の人目があったほうがいいってんなら、どこにでも場所は移す」
    どこがいい、それか誰か連れてくれば安心出来るか。
    畳み掛けられたドゥリーヨダナは、舌打ち混じりに吐き出した。
    「……ええい、もういいわここで」
    ただし、ひとつ質問に答えろ。ようやく震えが収まった腕をさすりながら問う。
    「……いったい何が目的だ。何と言ってマスターの許可を得た」
    「おまえに飯を食わせたい」
    「ええー……」
    本当に、マジで、この期に及んでただそれだけだというのか。
    「後は確認だ。……おまえが元の姿に戻る方法について」
    「……っ」
    「まあそれは、食い終わったらだな」
    「……分かった。はー、もうさっさと済ませるぞ」
    腹を括り、ぱかりと開いたドゥリーヨダナの口に、先ほどのスープが運ばれる。あいにく冷め始めている上に、この状況では正直味もよくわからない。美味いかと聞いてきたらどうしようか、内心ひやひやしていたが、ビーマも何も言わずに黙々と手を動かすばかりだった。ただ、そうしてひと口ひと口、ゆっくりと腹に収めていくにつれ、久々の食事とそこから得る魔力のおかげか、少しずつ身体が温もっていくような心地がした。
    「前の特異点とやらの記録を見た」
    食事も終わりに差し掛かった頃、ビーマが口を開いた。
    それなりに場数を踏んでくれば、たどり着く思考ルートは自然似通るというものだ。
    もぐもぐと小さな口を動かしながら、ドゥリーヨダナは続けろと目配せをした。
    「おまえが、壊れた時計とやらに触れたのが原因だっつうなら」
    強引にでも、今のおまえの時間を前に進めてやればいい。
    それはつまり──。
    差し出された最後のひと口を前に、細い咽喉をごくりと鳴らす。
    「俺が、おまえの毒を喰らって死ぬ」
    どうだ、ドゥリーヨダナ。


    「えーん、助けてフォーリナー」
    「あらあら。ええと、大丈夫ですか? 要不要紧? ライチとか食べます?」
    幼な子の嘆きに答えてどこからか来来してくれたユゥユゥちゃんはきっと女神に違いなかった。残念ながらライチは丁重にお断りしたが。
    まったくどいつもこいつも気が触れている。いい加減、己がバーサーカーであると胸を張って名乗れなくなりそうだ。……やはりわし様最優のセイバーだったのではないか。
    あろうことか、ビーマが口にした案は承認されてしまったのだ。すったもんだの末、条件付きではあったが。
    当の発案者は、またぞろ厨房に篭って意気揚々とその支度に励んでいる。……いや実際の意気のほどは定かではない。あの広い背中の向こうでどんな顔をしていることやら。
    「今日はずぅっとお菓子作りなのね、風を連れた英雄さん。お茶会でも開くのかしら?」
    「そのつもりらしいなぁ」
    たぶん相当気違い(マッド)なやつだが。
    あら素敵ねと微笑む通りすがりの絵本の少女に、ジャックやサンタの娘も呼んできて出来立ての菓子をしこたまたかってやるが良いとドゥリーヨダナは耳打ちした。砂糖やスパイス、たまごに小麦粉なんかが混じり気なく素敵なものであるうちに。


    「というかだ。そもそもおまえ、もう毒は効かんだろうが」
    それこそ、ドゥリーヨダナが毒を食らわせた先で会得してきた特性ではないか。渋面を作り、追いやられたベッドの上でぱたぱたと足を揺らす。
    「普通の毒はな。……"おまえの毒"はたぶん効く。効くが死なん」
    そういう因果だろう、と簡易テーブルにクロスを広げながら、ビーマは言う。ドゥリーヨダナにとって一度死んだように装えれば、逸話の続きとしては成立するはずだ、とこういう理屈である。
    真っ白なクロスの上には、所狭しと菓子が並べられていく。故郷インドの伝統菓子ばかりでなく、クッキーやらシュークリームやらも各種取り揃えている。砂糖にバター、チョコレートの甘ったるい匂いは、元々この場所に薄らと漂っていた薬品臭を完全に上書きしていた。
    実行に移すにあたり、ビーマの案に付された条件はみっつ。万一の場合に備えて場所は医務室を使うこと。人払いをし、画像及び音声記録は差し控えるが、バイタルだけは常にチェック出来るよう、センサーをつけておくこと。万一の場合は強制的に踏み込み、必要な処置を行う旨、了承すること。
    テーブルにつき、手首と左胸にセンサーを貼り付けると、程なく天井のスピーカーから技術顧問の声が響いた。
    『正常作動、確認したよ。いつでも始めてくれ』
    それだけ告げて、わざとらしくブツ、と音声が途切れた。
    ……始めろと言われても。
    私闘は禁止しておきながら、何でこれはありなのか。ステゴロ殴り合いのほうがなんぼか健全では、と思いながら視線をやれば、ビーマはさあどうぞとばかりにデカい口を開いてみせた。あまりに平然としているので、ドゥリーヨダナのほうがだんだんと変な汗をかき始める始末である。
    「あー……クソ……ッ」
    苛立ちを見せるでも、言葉で急かしてくるもなく、ただじっと待ち構えているだけなのが逆に居た堪れない。仕方なく、一番近くの皿に乗っていた可愛らしいカップケーキを掴み、ずい、と差し出す。
    「……ふん、初めて作ったにしちゃまあまあだな」
    ふた口ほどでそれを食べ終えたビーマはそんな感想を述べてほら次、と促してきた。ドゥリーヨダナは別の皿に乗った菓子を手に取り、差し出す。そうしてひとつ、またひとつと、菓子を食べさせていくが、ビーマは顔色ひとつ変えずに口を開く。
    「、ー!」
    「……口の中のもん飲み込んでから喋れよ」
    これは上手くできたからおまえも食ってみろと、ビーマの手で食べさせられた菓子をもぐもぐごっくんと飲み込み、ついでにひと口茶も飲ませてもらってから、ドゥリーヨダナはビーマに指を突きつけた。
    「おまえ! やっっっっぱ毒なんぞ効いてないのでは?!」
    「……るせえな。きっちり効いてるよ」
    わずかに眉を顰めながらビーマは答えた。
    「だいぶ舌が痺れてきたし、咽喉も腹も違和感しかねえ。吐き出していいもんなら、すぐにでも指突っ込んで全部吐いてるぜ」
    ただ、幾らかナーガに与えられた耐毒で弾いているのは確かだろう。
    足りない。もっと寄越せ。
    「……」
    ──あの時はどうだったか。
    霊基異常の影響か、かつては遠い記憶を遡った先にしかなかったものが、今はすぐ瞼の裏にある。ああいやだ、見たくない……思い出したくない。勝手に浮かび上がってくる残像を振り払いながら、目の前の男にまた毒入りの菓子を差し出す。
    ひと口、齧ったビーマがけほ、と小さく咽せた。
    「あー……そろそろ、味もわかんねえな……」
    まあ食感は悪くないか。呟く額にはじわりと汗が滲んでいる。
    「……んだよ。どうした? まだまだ食えるぜ。ほら」
    クリームに糖蜜、瑞々しい果実。とけたバターの匂い。




    美味いだろう、ビーマ。ビーマセーナ。
    ほら、もっと。

    ああ、うん。美味いな。
    もっとくれよ、スヨーダナ。




    出会ってすぐはただただ眩しかった。
    快活で力が強くて、旋風のようにどこまでも自由にかけてゆく姿。
    同じ日に生を受けたわが従兄弟。

    それが周りのものを根刮ぎ薙ぎ倒してゆく暴風で、悉くを焼き尽くしてしまう太陽だと、思い知るのにそう長い時間は必要なかった。
    おまえは俺から奪ってゆくだけで、共に並びたって生きては行けないのだ。
    だから早く。
    この想いごと、殺してしまわなければ。



    クリームに糖蜜、瑞々しい果実。とけたバターの匂い。
    指に残ったものをぺろりと舐め取ると、甘い毒が舌をびりりと焼いた。
    「バカか、おまえ! やめ……ぅ、ぐッ」
    腰を浮かせたビーマは、その場で激しく咳き込み、がくりと床に膝を突いた。ようやくそこまで回ったのか。こちらはたったのひと舐めで目眩と吐き気がしているというのに。
    残った皿を一枚手に取り、ドゥリーヨダナはビーマの眼前にぺたりと座り込む。
    「……ふ、は。ああ、美味いな、これ。なぁ、ビーマセーナ。おまえも、まだ食べる、だろ……?」
    ひとつをビーマの口に、次のひとつを自分の口に代わる代わる放り込む。咀嚼し、飲み込むたびに咽喉が裂けて血を噴き、同時に腹の中身がひっくり返ってゆきそうな途轍もない不快感を覚える。
    甘い、熱い、痛い、苦しい。
    「ス、ヨ……ダナ」
    「……ビーマよ、頼む」
    もう一度死んでくれ。俺の二度目の恋と共に。
    最後のひとつを咥えた口を差し出せば、小さな唇ごとひと飲みにされた。
    朦朧とする意識の中、身体の感覚は都合よく、苦痛から徐々に霧散していく。
    ほんの少し絡み合った舌はただ柔らかく、逞しい腕と胸に大きな花束でも抱えるように抱き寄せられたのが最後の記憶だ。


    医務室のベッドで目を覚ましたドゥリーヨダナは、何故か裸だった。
    「…………………いやー、これ、なに……」
    助けてフォーリナー! と再び優しい女神を来来しかけたが、すんでのところで思いとどまる。なぜなら霊基も元に──召喚に応じた際の大人の姿に戻っていたからである。幸い下着だけは身につけていたが、さすがに事案、御禁制だ。助かったものも助からなくなる。
    女神でなくていいので誰かおらんかと、ベッドを囲うカーテンを捲ると、無機質な明かりを遮る巨大な影が現れた。
    「げぇっ、ビーマ……!」
    「よう、良く寝てたなぁ、トンチキ王子」
    「…………まさかというか実際問題それしかない気がしなくもないが、よもやおまえがわし様を裸に剥くとかいう許されざる狼藉を……?」
    「そうだが」
    「ぎえーーーっ何ということをこのケダモノがぁっ」
    「……狼藉働かれたくなきゃ、後先考えずに毒なんか口に入れんじゃねえ。食ったもん吐かせたときに汚れちまったから脱がしたんだよ。なんか文句あるか」
    「ぅ……………………そうか」
    「なんだそのちっせえ声。……まあいい。必要な処置も後始末も全部済んでる。部屋へ戻っても良いし、今夜はここで休んでもいいとよ。明日、おまえは朝から再検査だ」
    言い終えると、ビーマはさっさと医務室を出て行った。
    開いたままのカーテンの隙間から窺う医務室も、何もかもが元通りだった。あの馬鹿げた茶会の痕跡など、影も形も、微かな残り香すらない。
    どこか様子のおかしかったビーマのやつもあの通り。白紙に返り、すべて世はこともなし、というわけだ。
    真っ白なベッドにもう一度横たわり、ドゥリーヨダナはサーヴァントらしく夢も見ない眠りに就いた。


    明けて翌日は、大層不機嫌な医神に叩き起こされるところから始まった。
    医務室を占拠されたうえ、勝手に煽った毒の除去に付き合わされたのにたいそうお冠のようであった。
    「愚行権そのものは認めないでもないがな、くだらんことに二度と僕を巻き込むなよ」
    「まあまあ。おかげで霊基の退行が解消されたんだ。私の顔に免じて多少は割り引いておくれよ」
    「それはそれだし、割り引いてこれなんだがな、技術顧問」
    この件でわし様ひとり説教されるのは理不尽では、と思うものの、何も言わずにおいた。
    朝方のメディカルチェックはつつがなく済んだ。
    残るは一項目。毒付与の特性がどうなったかの検査のみである。
    先日と同じ支度が整えられた頃、何故かビーマが姿を現す。出ていけと騒いでやろうきも、説教に加えてここまでの検査検査でずいぶん気力が削がれていた。とにかくさっさと終わらせて、カルナやアシュヴァッターマンらと憂さ晴らしをするに限る。ドゥリーヨダナは目の前に並べられた簡素な食膳に手を伸ばした。
    持ち上げたコップの中身、真空パッケージを剥いたエナジーバー、パンや焼き菓子、匙や箸、フォークをつけた皿の上のもの。
    結果はどれも綺麗に真っ白だった。
    「やあやあお疲れ様! それにおめでとう。ようやくこれでひと安心だ」
    「ああ。長らく世話をかけたな」
    礼もそこそこにそそくさと立ち去ろうとするが、案の定ビーマに捕まってしまう。部屋を出てから腕を掴んできたのが奴なりの温情である可能性がないこともない。
    猛牛かヒグマのような男に手を引かれて連れられた先は、ビーマの自室である。一歩踏み入れれば、疲労感と空腹を絶妙に擽る美味そうな匂いが鼻先を漂う。控えめなサイズのテーブルには、ひとり分と思われる食事の支度が整えられていた。何だこの既視感は。もやりと胸中に渦巻き出すものを追いやる間もなく、白い給仕服のビーマは恭しく椅子を引いて待ち構えている。ドゥリーヨダナがのろのろと着席すると、頤を太い指が挟んでぐっと持ち上げた。
    「どうぞ召し上がれ」
    両眼を真正面から捉えたまま、慇懃なテノールがこれ以上なくはっきりと告げる。今回は綺麗に手入れされたカトラリーがきっちりひと揃い、ドゥリーヨダナの前に並べられていた。湧き出てくる重苦しいため息をぐっと腹の底へ押し戻す。
    正直言えば抵抗しかなかった。だってまだ昨日の今日だ。喉元過ぎればとは行くはずもなく、毒に侵された苦痛をまだ身体は生々しく思い出してしまう。かと言ってまた子どものように食べさせてくれなどと請うのも業腹だ。
    手の震えを押し隠すように強く拳を握り、ドゥリーヨダナは口を開いた。
    「これを食ったら、ビーマ、おまえ」
    「おう」
    「わし様を褒めろ! 全力で! 全身全霊で! 床に這いつくばり語彙の限りを尽くして褒め称えろよ?! わかったな?」
    「……ああ、いいぜ。そうしよう」
    姑息で卑怯で脆弱な人間風情に苦行を強いるのだ、それなりの見返りがあって然るべきであろう。
    意を決して、ドゥリーヨダナはひと口、スープを掬って口に運んだ。
    「…………………ああ。美味いな、これは」
    温もりと味とがじわりと優しく舌に染み渡る感覚に、声以外のものも思わずほとりとこぼれ落ちそうになる。
    「そりゃあ良かった」
    鬱陶しく勝ち誇りでもすれば反発しようがあるものを、ビーマはただ事実をさらりと確認するだけの口調で返した。
    用意された食事はどれも例えようもなく美味かった。こちらのほうが先に言葉を尽くして称賛せねばならないようなのが口惜しいほどに。
    普段の倍は時間をかけ、全てを残さず食べ終えたドゥリーヨダナはビーマを見た。
    「ふん……まあ、美味かった。……口には合ったな。あの弓兵やら小さき女将やら、無謀にも歴戦の猛者に混じって一丁前の顔をしているだけのことはないでもないというところか。そしたらそら、おまえのほうのを履行せよ」
    ふうとひと息ついて椅子に身体を預け、ビーマの出方を窺う。どうするのかと思えば、すく、と立ち上がり、ドゥリーヨダナのほうへ歩み寄ってくる。なんと初手から床に這いつくばるつもりか。物事には順序というものがあるだろう、分からん奴め。これだからパーンダヴァの野蛮人は、と横柄に足を組んで踏ん反り返っていると、ビーマは膝を折ることなく真横にまで迫ってきた。片足でドゥリーヨダナの腰掛ける椅子を蹴って向きを変え、逃げ道を塞ぐように肘置きと背もたれへ手をかける。
    何のつもりか。
    問うよりも先に、全力で全霊でドゥリーヨダナを褒め称える言葉を紡ぐはずの唇が、ひたりと額に落ちた。次いで見開いたままの目元を擽り、頬に触れる。
    「だ……れが、そんなことをしろと……! ビーマ貴様! わし様は褒め称えよと言ったぞ、人の話を……ん、ぐ……」
    声を奪うように押し付けられたかと思えば、そっとあわいを割開き、粘膜の先で柔いところをあやされる。
    口を離されたときには、顔をすっかり両側から包み込まれてしまっていた。
    「ビ……マ、おま……え、あ……ぅ、ん」
    「……ああ、分かってるよ。まだ足りねえよな」
    「ぁ、う……ぅ、ち、が……ちがう、こんな……」
    どれだけ心で、身体で足掻いたところで、覗き込んでくる淡い色の眼からは逃れようもなかった。ふと無垢な笑みを讃えては、遠い記憶の沈む淵にドゥリーヨダナを追いやる。
    なあ、何も違っちゃいないだろ、俺のスヨーダナ。




    二度目の生にして、おそらく二度目の恋だった。
    父神の加護と黄金の鎧を纏い、天翔ける全き英雄。
    その想いはいつか熱く、痛く、苦しく、舌を焼き喉を裂き臓腑を腐らせるごとく身内を苛み始めるに違いないので。
    いつかxxxなければと思っていた。


    甘いだけの口付けなど、あるはずもないと分かっているのに。
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