聞こえる話し声。耳に響いて、胸を押しつぶす。
耳をふさいでみた。世界は静寂に包まれた。自分の居場所を見つけることができた。
これからはこの静かな空間で生きていたいと感じた。そのはずだったのだけれど。
「おーい、聞こえてる?」
耳にあてていたヘッドフォンが急に取られる。世界が騒がしくなった。
「なぁ、なんでずっとこれつけてるの?」
褐色の肌をした男子生徒はそう言って、奪ったヘッドフォンを不思議そうに眺めていた。
「……返して下さい」
「あぁ、はい」
意外にあっさりと返されて、思わず彼をじっと見つめた。
「ごめんごめん。ずーっとつけてるもんだから気になっちゃってさー。ちゅーかこれ音楽とか流れてないみたいだけど、してる意味あるの?」
「してると落ちつくんです」
そう答えると彼は目をぱちぱちとまばたかせて二カッと笑った。
「ははっなんか面白いなぁ」
何が面白いのかさっぱり分からないのだけれど。
「俺、浜野っていうの。お前速水でしょ?もう名前憶えたよ俺」
あぁ。そういえばさっきLHRで自己紹介したんだっけ。
「で、何部入るの?」
「サッカー部に……」
「マジ?俺もサッカー部入部希望なんだよね!よろしくな速水ー!」
こうして世界はまたぐるりと様子を変えた。
聞こえる話し声。耳に響いて、胸を落ちつかせる。
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揺れる水面を見つめると、不安そうな顔をしている自分が映っていた。
「……」
「何、どうしたの?」
隣で釣り針に餌をつけている浜野が笑いながら声をかけてきた。
「自分たちのサッカーができることは嬉しいですし、勝つことももちろん嬉しいんですけど……」
「あー、フィフスセクターに逆らってるもんねー」
困ったように笑って浜野がそう言ったので、頷くように俯いた。
「ちゅーかさ、俺はもうふっ切れた感じかな」
「フィフスセクターがこわくないんですか?」
「今さら怖がったって、もうやっちゃったもんは仕方ないでしょー」
釣り糸が静かに水中に垂れていく。
「浜野くんは前向きですね」
はぁ、とため息をつくと浜野がまじまじとこちらを見つめてきた。
「なぁ、速水さぁ」
「はい?」
「眼鏡とったらどうなるの?」
「……え?」
何を唐突に言い出すかと思えば。
「ちゅーか視力どんくらい悪いの?」
さっきまでフィフスセクターの話をしていたはずだが、いつのまに眼鏡の話になってしまったんだろう。
「眼鏡とると全然見えないですよ」
「ふぅん。俺はこのゴーグル、度が入ってないもんな」
「浜野くん、視力良いじゃないですか」
「うん。俺、視力はいい方なんだよね」
「……」
分からない。浜野という人間がよく分からない。
「まぁそんな深く考え込まなくたっていいっしょ!」
その言葉に何のことだと一瞬ぽかんとしてしまったが、しばらく経ったあとでフィフスセクターのことだとようやく理解した。
……眼鏡の件は何だったんだろう。
「浜野くん」
「ん、なに?」
「眼鏡の話には何か意味があったんですか?」
「え?あぁ、別に?ただ気になっただけ!」
にかっと笑う浜野。
「……今日ここにきて良かったかもしれないです」
そう言うと浜野は満足そうに笑っていた。