同棲してるっぽい社会人かおみさの話 風呂から上がったら、ソファに紙袋とバッグが投げ捨てられていた。紙袋の中を覗いてみれば、“寿”と書かれた箱。
寝室を探す。ベッドの上に、ドレスのまま寝っ転がるお姫様の姿があった。今日は大学時代の友人の結婚式に行くと言っていた。
結婚式に出席するのは初めてだと、緊張した面持ちで出掛けていったのは正午をとうに過ぎてからだった。
今はもうすっかり夜なので、結構長い時間行われていたらしい。
「美咲、」
呼んでみる。返事はない。くたびれてしまったのだろうか。先に着替えさせた方が良いだろうが、でも疲れているなら寝かせてあげたい。
「……薫さん」
そんなことを考えていたら、不意に名前を呼ばれた。どうやら起きていたらしい。
うつ伏せに突っ伏した姿勢のまま、眠たげで虚ろな目を、此方に向ける。
「帰っていたんだね。出迎えられなくてすまない」
「ううん、あたしも黙って帰ってきたから」
「疲れただろう? お風呂に入ってしまうかい?」
ベッドに腰掛けて頭を撫でてみるが、うん、と緩慢な返事を返しただけだった。
もしかして具合が悪いのだろうか。だったら尚更、早く楽な服に着替えた方がいい。
「美咲、着替えよう。せっかくのドレスが皺になってしまうよ」
美咲らしいシンプルなデザインの青いドレス。
何を着たらいいか分からないと相談されて、二人で選びに行ったものだった。
「別にいい。もう着たくない」
顔を伏せてしまい、そう言い捨てる。
拗ねたような口調に心配になって、添い寝するように横に寝転んだ。仄かにお酒の匂いが香る。
「結婚式は、楽しくなかったかい?」
何か嫌なことがあったのだろうか。
「……結婚式は、よかったよ」
ただ、返ってきた言葉は予想と反していた。
じゃあどうしたのだろうか。思案していると、くぐもった声が聞こえてきた。
「……一緒に出席した友達に、美咲も早く結婚しなよって言われた。そりゃ、薫さんと付き合ってること周りに言えてないあたしもいけないけど、でも、」
ぐす、と鼻を啜る音。
「そんな、結婚して当たり前みたいな、結婚がステータスみたいな、そんな風に言われたから、」
もう一度頭を撫でる。美咲の肩が大きく上下し、ふー、と呼吸を整えた。
「……行く度にあんな話振られるくらいなら、もう行かない」
消え入りそうな声でそんなことを言ったものだから、その身体を抱き寄せた。
驚いて顔を上げた美咲の額に、キスを贈る。
「不安にさせてしまってすまないね」
「いや、あたしが勝手に面倒くさくなってるだけって言うか……」
涙で濡れた目を乱暴に擦り出したので、手首を捕まえて制止させる。
「……なんて言うか、ああやって世間に認められて結ばれた人達を見たらさ、所詮あたし達は口約束で付き合ってるだけなんだなって、なんかそれを突き付けられたみたいで、」
たどたどしく美咲は零す。
日頃から美咲への愛は惜しみなく伝えて表現してきたつもりだった。それはきっと彼女にも伝わっている。
ただ、それは結婚のような認められた儀式の元での言葉ではない。私と美咲の間には、一生を添い遂げるという絶対的な証明となるモノが無いのだ。
……まあ、離す気なんか無いけれど。
指輪を買ってあげようか。絶対的な証明では無いけれど、私と美咲の関係をモノという形には出来る。
彼女は喜んでくれるだろうか。笑顔を想像しながら、ドレス姿のお姫様を風呂へ連れて行こうと横抱きにした。