次から飲み会は保護者同伴で②『今日、急に飲み会に参加することになっちゃった』
昼休み。美咲からそんな連絡が来ていたことに気付いて、うっかり箸を落とすところだった。
一体どういうことだ。固まってしまっていると、友人から大丈夫かと声を掛けられた。心配ないと返事をして、もう一度通知が入ったスマホに目を向ける。
『だから帰りは遅くなりそう。ごめんなさい』
そうじゃない。私が聞きたいのは謝罪じゃなくて、何故飲み会に参加する流れになってしまったのかという点だ。
美咲は酒に強くない。いや、ハッキリ言って弱い。
酔うといつもより素直で甘えてくれる美咲の姿はとても可愛くて儚いけれど。飲むと判断力が鈍る彼女は、知り合いのあまり居ない飲み会に行って欲しくないというのが本音だ。
『どうしても行かなきゃいけないのかい?』
『美咲はそんなにお酒に強くないだろう?』
だから止めるのも必然であった。恋人として心配するのは当然だろう。あんな姿、ハロハピのメンバーに見せるのさえギリギリセーフなのだから。
でも頭ごなしに否定するのではなくて、少し遠回しに。
『本当は気が乗らないけど、前休んだ時のノート見せてくれた子に誘われたから断れなくて』
『ただの人数合わせだから、適当に参加してさっさと帰るよ』
同じ大学でないのが悔やまれる。同じ大学であったら、私がノートを見せてあげるのに。そしたら飲み会なんか誘われずに済んだのに。
……美咲の体調不良の日は私も看病の為休んでいたし、そもそも学年が違うとかは突っ込んではいけない。
あまり縛ることは好きではないし、過保護にし過ぎると子供扱いするなと怒られてしまう。
取り敢えず店の場所と終わる時間帯を聞いて、仕方なく送り出すことにした。まあ美咲もしっかりしているし目立つのは苦手だから、上手いこと躱して帰ってくるだろう。心配は杞憂に終わるかもしれない。そんな希望を抱いて。
◆
と、思っていたのに。
店の前で待っていたら、出て来たのは見知らぬ男に手を引かれる美咲の姿だった。
機嫌良さそうな笑顔と真っ赤な顔。明らかに酔っている姿に、沸々と怒りが湧いてくる。美咲に対してじゃない。折れて軽率に送り出してしまった私と、あの男に対してだった。
警戒心の強い美咲は、ハロハピや他バンドのメンバーと飲む時は兎も角として、見知らぬ人が多い中では絶対羽目は外さない。
となると、半ば無理やり飲まされたのだろう。美咲の性格上、押されたらきっとキッパリとは断れない。
「美咲」
タクシー呼んであげるよ住所分からないから俺んちでいい? なんて言っているのが聞こえて、限界になった私は声を掛ける。なるべく冷静を努めて、怒りを抑えて。
私に気付いた美咲は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「んぇ……? あ、かおるさんだ」
「えっ、美咲ちゃん知り合い?」
「こんばんは。うちの美咲がお世話になりました」
戸惑う男に丁寧に挨拶をする。台詞に少し棘が出てしまったのは仕方ないと思う。寧ろよく抑えている方だ。
おいで美咲と手招きすれば、素直に返事した美咲がフラフラ此方に歩いて来て胸に飛び込んでくるので受け止める。
無邪気にへらりと笑う美咲は、どうやら自分が危機的状況にあったことは何も分かっていないようだった。これはこの後厳しく叱る必要があるかもしれない。
頭を撫でながら、思わず溜息を吐く。
「……だから私は行くのは反対したんだよ」
「かおるさん ごにんいる」
「いないよ。……ああ、フラフラじゃないか。タクシーを呼ぼうか」
「かおるさん おんぶ」
可愛らしくおねだりされてしまったので、仰せのままにその背に美咲の身体を背負う。やったぁと嬉しそうに、私の肩に頭を乗せた美咲が頬擦りしてきた。頰が熱い。
スマホを取り出して少し離れた所にタクシーを呼んでから、振り返って男とその後ろに居た子猫ちゃんに軽く会釈して其処を去る。もうあまり、今の美咲を人目に触れさせたくない。
「……どれくらい飲んだんだい?」
「んー? ……わかんない!」
「あまり、心配を掛けさせないでくれ。……心臓に、悪いから」
「……かおるさん おこってる?」
ぎゅう、としがみつく力が強くなる。それに絆されそうになってしまうから、結局私は彼女に頭が上がらない。
「……怒ってないよ。美咲が心配なだけ」
……今の美咲を叱ってもきっと意味がない。そう結論づけることに決めた。決して、今の美咲が可愛いから叱るのが惜しくなった訳ではなく。
叱るのは明日の私に任せよう。今はただ、背中で寝息を立て始めた彼女の重みに安堵だけを感じることにした。
……だから、明日は覚悟していて欲しい。