午前三時の優越感 たまたまその日は眠りが浅かったのか、腕をきゅっと圧迫される感触で薫は目が覚めた。
数度瞬きをして、暗闇の中目を凝らすと、腕の圧迫感の正体に気付く。
(……おやおや、)
美咲が、薫の腕にしがみついて寝息を立てていた。そう言えば、バンド練習の後そのまま泊まりに来ていたことを思い出す。
眠っているとは言え珍しく甘える恋人の姿に微笑ましくなって、黒い髪を梳くように撫でて、
「……っひ、ぅ、」
微かに聞こえてきた嗚咽に、手を止めた。
眉間に皺を寄せる美咲が、苦しそうに呻き声を漏らす。次いで鼻を啜る音。
間接照明を点けてみれば、美咲の目尻に少しだけ溜まった涙が、朧げな灯りを反射して控えめに光った。
「美咲」
名前を呼んでみると、薄く目が開く。潤んだブルーグレーの瞳に、薫が映った。
「……美咲、少しだけ腕を離してもらえないだろうか」
じゃないと、両腕で彼女を抱き締めてあげられない。ところが美咲は、まだ覚醒しきってない意識の中掠れた声で、
「……やだ」
子供みたいにぐずり、ふるふると首を振った。ぎゅうう、としがみつく力が強くなる。
さて困った。思案しながら、幼い子供をあやすように自由な方の手でトントンと背中を叩いてみる。
美咲がしぱしぱとゆっくり瞬きをして、しがみつく力が少しだけ弱まる。その隙を見て、腕をするりと抜いた。
「ぁ、」
一瞬だけ寂しそうな顔をした美咲に心を痛めつつ、自由になった両腕でぎゅっと力強くその身体を抱き締める。
「美咲、大丈夫だよ。私が居るから」
驚いたように一瞬だけ身体が強張ったが、耳元で優しく囁けば、すぐに力が抜けた。
きゅ、と薫の服の裾を握ってくる。
「……かおるさん、」
「うん。おやすみ、美咲」
ぼそりと小さく薫を呼んだので、応えて頭を撫でる。直後、すぐに穏やかな寝息が聞こえた。
普段しっかり者の美咲のこんな姿を見れるのも恋人の特権なんだろうと、小さな優越感に浸って。
少しでも安心して、今度は良い夢を見られるように。薫は涙で濡れた目尻に、そっとキスを落としてから目を閉じた。