雨の日に微睡んで「ん……」
意識が浮上する。真っ白いベッドの中にあたしは居た。仄かな消毒液のにおい。窓を叩く雨の音。未だに治まる気配の無い、ズキズキと痛む頭。
雨のせいで頭が痛くて、午前の授業は頑張ったけど午後はどうしようもなくなって、市ヶ谷さんに連れられてフラフラと保健室のベッドに倒れ込んだのを思い出す。
「……いっ……た、」
頭が痛い。今は何時なんだろう。結構寝たような気はするけれど、止まない雨の中では勿論太陽なんて見えない。
スマホを探すのすら億劫で、寝たのに寧ろ酷くなっている頭痛に固く目を瞑って蹲った。薬も飲んだと思うんだけど、効いてないなこれ。雨の音がやけに煩く聞こえて鬱陶しい。
下校時間になったらきっと保健室の先生が起こしてくれるだろうから、今はまだ寝ていて大丈夫なはず。そう結論付けて、楽な体勢を探して布団の中をもぞもぞと動いて、
「おや。目が覚めたのかい、美咲?」
そんな声が上から降ってきた。聞き慣れた声だったけど、絶対ここで聞くはずの無い声だ。思わず顔まですっぽり被っていた布団を跳ね除けた。(流石に飛び起きる元気まではなかった)
ベッドを区切るカーテンが開けられる。
「……え、かおる、さん?」
やっぱりと言うか、予想通りと言うか、そこに居たのは薫さんだった。
何故かあたしの鞄を片手にやって来た薫さんは、驚きと戸惑いで目をぱちくりさせるあたしの髪をそっと撫でて、布団を掛け直してくれる。
「具合はどうだい? ……まだ顔色が優れないね」
「え……? いや、薫さん、なんでここに……?」
ここは間違いなく花咲川の保健室で、薫さんは羽丘の生徒だ。こんな所に居るわけがない。
考えれば考えるほど、頭が痛む。
「今日は雨だからね。美咲が体調を崩していやしないかと、心配になったんだよ」
「……こたえに、なってない……」
弱々しく反論を絞り出す。
薫さんが屈んで、ベッドに横になっているあたしと目線を合わせた。深紅の瞳が優しく細められる。
「花音が教えてくれたんだ。美咲の具合が悪いと」
「花音さん……?」
そう言えば途中起きた時、花音さんに薫さん呼んだからねって言われたような気もする。あの時は意識も朦朧としてたから夢かと思ってたんだけど、どうやら現実だったようだ。
「そう、なんだ……。え、薫さん授業は……? ていうか、他校生が入ってきて大丈夫なんですか……」
「授業は全て終わってから来たよ。許可はちゃんと燐子に取ったさ」
心配することは何も無いと言い聞かせるように、いつもよりゆっくりした口調で薫さんは私の髪を撫で続ける。
その感触が気持ちよくて、瞼が徐々に重くなってきて、小さく欠伸が漏れる。やばい、また眠くなってきた。
「まだ完全下校まで時間があるから、それまでゆっくり寝て休んでいるといい。傍にいるから」
そんなあたしを見透かしたように、薫さんが微笑む。その言葉に甘えるままに目を閉じれば、額に柔らかい感触。
頭の痛みはちっとも良くなっていない筈なのに、なんだか安心してしまって。
微睡んでいく意識に身を預けながら、ゆっくりと意識を手放した。