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    浬-かいり-

    @Kairi_HLSY

    ガルパ⇒ハロハピの愛され末っ子な奥沢が好き。奥沢右固定。主食はかおみさ。
    プロセカ⇒今のところみずえなだけの予定。

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    かおみさ

    #ガルパ
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    #かおみさ
    loftyPeak

    まだコップ一杯にも満たない 人集りを遠くから眺めながら、美咲はベンチの上で重い溜息を吐いた。これで何度目になるだろうか。
     視線の先には薫が居た。久々に二人で出掛けたいと、誘ってきてくれたのは薫の方だった。
     だから今日は一緒にお茶をして、買い物して……。そんな細やかな計画を脳内に立てて、柄にもなく楽しみに思っていたりしたのだが。


    (……まあ、こうなるとは分かってたけどね……)


     薫の周りは現在、所謂“子猫ちゃん”達が取り囲んでいた。その勢いに押し退けられるような形で、こうしてベンチで一人待ちぼうけを食らっていた。
     恨めしげに視線を向けても、薫と視線が交わることは無い。そのことが、今の美咲にはひどく心細かった。無意識に手の甲へと爪を立てる。


    (薫さん、あたしのことどうでもよくなっちゃったのかな……)


     そんな筈は無い。薫がファンの人達を無碍には出来ない心優しい性格であることも、決して美咲を蔑ろにしている訳ではないことも、美咲はよく理解していた。
     けれど、理解はしていても一度悪い方へ傾いてしまった考えは止まらなくて、転がり落ちるように美咲の心を不安が侵していく。

     不安を拭うように爪を更に強く立てて、がりっと引っ掻いた。



     恋人は自分なのに。
     そっちに行かないで。
     そっちを見ないで。

     あたしだけを見て。


     独占欲よりも、もっとどろどろとした感情が膨らんで、そんな感情を持っている自分が怖くて、でも止められなくて。
     こんな汚い感情を持っていることが、薫を信じていないみたいで嫌になる。ちゃんと分かっているのに。いや、でもこんなことを考えてしまっている時点で信頼していないのではないのか。


    (……もう、よくわかんないよ)


     力を入れていた指がぬるりと滑って、視線を下にやる。見れば指先には血がべったりと付いていた。強く引っ掻きすぎて、手の甲の皮膚を抉ってしまったらしい。
     それを拭き取ることもしないで、ぼんやりと傷口を眺める。薫さんの瞳の色と同じだな、と。そんなことを考えて。


    「美咲」


     優しく名前を呼ばれて、美咲は顔を上げた。
     申し訳なさそうに眉を下げた薫が、視線を美咲の目から更に下へと移して、手の傷口が目に入って血相を変える。


    「美咲、その傷……!?」


     蒼褪めながらポケットからハンカチを取り出すと、躊躇いもなく傷口へと押し当てた。
     一歩反応の遅れた美咲が、慌てて薫の手首を掴む。


    「ちょ、薫さん!? そんなんいいよ、汚いって!」

    「今日はまだ使っていないから安心して欲しい。すぐに止血をしなくては」

    「いや、汚いってそっちじゃなくて……っ!」


     必死で止めるが、もうハンカチが血を吸ってしまっていることに気付いて諦める。
     余計な心配を掛けさせて申し訳ない気持ちでいっぱいの筈なのに、心配してくれるのが不謹慎だけど嬉しくて、でもその気持ちすらも今は汚く感じられる。
     罪悪感に駆られて、ひどく自分が情けなくて、みっともなくて、じわりと涙が滲んでいく。


    「み、美咲? 傷が痛むかい……?」

    「……っ、ちが、」


     彼女は心配してくれる。大人しくベンチに座っていた美咲が、突然手に怪我なんてする訳ないことも、反対側の指と爪が赤く染まっていることも、きっと薫は気付いている。
     それなのに、その事には何も触れない。その優しさが今は痛くて、罪悪感に押しつぶされそうだった。


    「……かおる、さんが、」

    「……うん」

    「あたし以外の子のこと、見てたから、」

    「うん」

    「どうでも、よくなっちゃったのかなって……、捨てられちゃうのかな、って……っ、」


     嗚咽混じりの突拍子ない言葉に、薫はただ頷いた。こんなの、構って欲しくてやった行為も同然だ。


    「そんなことはないよ、美咲。私はちゃんと、美咲のことを愛しているさ」


     宥めるように愛の言葉を向けながら、薫は顔を顰めた。
     囲まれていた時から、美咲が此方を遠目で見て暗い顔をしているのは気付いていた。
     ただ、自分を慕ってくれている女子生徒達を無碍にも出来なくて。結果、一番大事な筈の彼女のことを後回しにしてしまった。
     それが元々の美咲自身の性格故なのか、それとも長女という家庭環境故なのか。この奥沢美咲という人物は、甘え下手で我慢強くて、恋人である薫に対してもあまり自分の気持ちを正直に曝け出すことは無かった。


    「……美咲が望むなら、私は子猫ちゃん達と触れ合うのをやめてもいいんだよ」


     それは本音だった。
     万人を愛するあまり、一番大事な人を見れないのなら、“瀬田薫”をやめたっていい。本気でそう思っていたし、それ程彼女のことを愛しているということを、分かってほしかった。
     けれど美咲は首を振った。その拍子に涙がぽろりと伝って、ハンカチへ落ちる。


    「あたしは、別に、薫さんを縛りたいわけじゃない……」


     自分の為に、薫が自分を捨てるのだけは嫌だった。こんな構って欲しがりの子供みたいなことをしておいて、と一人自嘲する。
     困らせたいわけでも、縛りたい訳でも、自分の思い通りになって欲しい訳でもなくて。ただ傍にいて欲しい、自分を見て欲しい。それだけのことだったが、今の美咲では言葉にすることは叶わなかった。


    「……そうか。……でも美咲は、もっと我儘を言ってもいいんだよ。こんな風に自分の気持ちを押し殺して、自分を傷つけてしまうことが、私は一番悲しい」


     自分の身体を傷付ける行為が、薫の心を傷つけてしまっていた。それを自覚したら、また罪悪感で涙が溢れる。


    「……ごめんなさ、」

    「嗚呼すまない、泣かせたい訳じゃなかったんだ。……それで、美咲はどうしたい?」


     優しく微笑んだ薫が、美咲の頭を撫でる。
     美咲は手を彷徨わせた後、薫の服の裾を掴もうとして――その指先が血で汚れていることに気付いて、慌てて引っ込めた。


    「……今日は、もう、」

    「うん」

    「……薫さんち、行きたい」


     誰も干渉しないところへ行きたかった。美咲が顔色を確認するように、俯かせていた視線を恐る恐る上へ向ければ、薫は応えるように微笑む。当てがっていたハンカチごと美咲の手を握り、ベンチから立ち上がらせた。


    「いいとも、お姫様。怪我の手当てもしないとね」


     手を引かれて、美咲はゆっくりと歩き出す。

     気を引くように傷を付けたこの愚かで汚い気持ちは、どうすれば満たされるのか。罪悪感でいっぱいの美咲には分からない。
     けれど振り返った薫が深紅の瞳に自分を映した、たったそれだけで、少しだけ満たされた気持ちになった。
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