遊び過ぎは程々にしましょう CiRCLEのラウンジにて。ソファに座る奥沢美咲は一人ノートを開いて、新曲の歌詞について頭を悩ませていた。その姿を見つけたのは氷川日菜だ。美咲の姿を見つけるやいなや、床を蹴って走り出す。
「あっ、いたいた!! 美咲ちゃーーーーん!!」
「え? わあっっ!?」
そのダッシュのまま、美咲に横から飛び付く。集中していた為走ってくる日菜に気付けず、そのまま素っ頓狂な悲鳴を上げて二人でソファへと沈んだ。
「……なんですか日菜さん」
押し倒された体勢のまま、静かに問い掛ける。この手の人の場合はあんまり過剰にリアクションをすると更に来るんだ。あくまで冷静に。あくまでなんでもない風を装って。
案の定、美咲がなんにもリアクションを取らなければ、日菜も大して気にしていないように話し出す。その体勢のままで。
「あのね! 駅の近くに期間限定でお化け屋敷がオープンするんだって。七深ちゃんと一緒に行くんだけど、美咲ちゃんも行かないかなーって」
「……なんで、あたしなんです?」
尤もな疑問である。日菜と共に遊びに出掛けたことはあるけれど、他にも同行者は居た。ピンポイントで自分だけを誘ってくる理由にはならない。
また、広町七深と美咲は大した面識がない。お菓子のオマケを求めて一緒に行動したのは、美咲と同じバンドメンバーである北沢はぐみの方だ。
「えー? 七深ちゃんは『りみりん先輩も誘っていいですか〜?』って言ってたし。美咲ちゃん、仲良いでしょ?」
「りみとは、まあ、そうですけど、」
「あと美咲ちゃん、結構リアクション面白いし!連れてったらるんっ♪ ってするかなーって!」
「絶対そっちのが本音ですよね!?」
流石に突っ込まずにはいられない。中華街に行った時は獅子舞の件で散々揶揄われたから。今思うと自分でもなかなかにビビり倒していたと思うので、日菜の言うことを否定は出来ないのだけど。
「あとね、ドッキリ仕掛けた時に良いリアクションしてたって、彩ちゃんが」
「ちょまま」
うっかり違う人の口癖が出た。ていうか彩先輩の方が良いリアクションしそうですけど。そっちの台詞はギリギリ飲み込む事に成功した。一応先輩なので。
「美咲、日菜……!?」
美咲が日菜から視線を映すと、飲み物のカップを二人分持った瀬田薫が立ち尽くしていた。その目は見開き、顔は蒼褪め、絶望いっぱいのファンには到底見せられないような顔をしていた。カップを床に落とさなかっただけ及第点だが、プルプル震える両手が今にも飲み物を溢しそうではある。
そんな薫の様子を見て、美咲は妙に冷静に納得する。そりゃ、飲み物取りに行ってる間に恋人が同級生に押し倒されてたらそうなるか。自分も仮に市ヶ谷有咲が薫を押し倒してたら何事かと心配する。有咲の方を。
「あ、薫くん! やっほー!」
押し倒した体勢のまま、日菜が満面の笑みで手を振る。対する薫は、テーブルの上にカップを置くと日菜を後ろから羽交い締めにして勢いよく美咲から引き剥がした。無言で。
引き剥がされた日菜は薫の腕からするんと抜け出ると、悪びれもしない様子で薫を見上げた。平静を装ってはいるのだが、動揺を隠し切れていない薫。なんだろう。珍しい表情が楽しいかもしれない。所謂「るんっ♪」である。
身体を起こしてソファに座り直した美咲に、薫がおどおどと視線を向ける。天才氷川日菜は納得した。成る程と。それはもう、新しい玩具を見つけたかのように。
「今ね、お化け屋敷一緒に行かないかなーって、美咲ちゃんのこと誘ってたんだよね!」
ぽすん。美咲の隣に座った日菜が、眉を寄せている美咲の顔を覗き込む。膝と膝がくっつきそうな程に密着すれば、薫の目に炎が灯った。……ような気がした。
「そうなんだね。でもそれにしては、誘い方が随分強引なように感じたが?」
ぽすん。日菜の反対側、美咲を挟むようにして薫が座る。近い近い。暑いんだけど。真ん中の美咲は訳も分からず、けれど何故か文句を言える雰囲気でもなく、両手を膝に置いて妙に姿勢良くサラウンドで展開する先輩二人の会話を聞くしかなかった。
「えー、そんなことないよ。ね、美咲ちゃん? お化け屋敷も行くよね?」
「私には美咲が困っているように見えたよ」
日菜が美咲の腕に抱き着きながら小首を傾げ、薫が腰に手を回して抱き寄せる。なんなんだこれ。ムキになる薫、面白がる日菜、頭に疑問符を浮かべながら顔を顰める美咲の図。状況が読めない。
「それに、美咲が行きたいなら私が一緒に行くから」
「いや薫さんお化け屋敷絶対無理ですよね?」
思わずそれは口を挟んだ。別ににあたしも行きたいわけじゃないんで。そう付け足して溜息を吐こうとしたが、———
「ひゃんっ!?」
――日菜の人差し指が美咲のショートパンツから覗く脚をなぞり、溜息の代わりに甲高い声が漏れる。顔を真っ赤にする美咲を見て、やっぱり美咲ちゃんっておもしろーい。彩ちゃんみたいなリアクションするよね。そう言おうとした。
「……日菜」
ただ、薫の言葉が先手を打つ。静かに呼んだ名前は日菜の筈なのに、その手は美咲へと伸びる。
「え、ちょ、薫さん? ――んっ!?」
嫌な予感を察知して顔を引きつらせた美咲が退がる前に、その顎を捕まえて唇を重ねる。触れるだけなのに長いキスは見せつけるようだった。日菜がおぉ、と思わず息を漏らすくらいには。
たっぷり時間を掛けた後に唇を離すと、拗ねたような瞳を日菜に向けて。
「そういうことだから、日菜。美咲に手は――ふぐっ!?」
「こんなところで何してんの! 薫さんのばか!! 変態!!」
張り手のように飛んで来た美咲の手が、薫の顎を弾き飛ばす。顔に似合わない間抜けな声を漏らした薫に、美咲が思い付く限りの罵詈雑言を浴びせる。
最後にもう一度ばか!! と吐き捨てると、荷物をまとめた美咲が逃げるように走り去った。ソファには、ソーシャルディスタンスが保たれた状態で座った薫と日菜が残される。
「……ちょっと、揶揄いすぎちゃったかな?」
「……それは、どっちに対して言ってるんだい?」
後日。事情を聞いた花音から事の顛末を聞いた千聖が、日菜へ雷を落とすのは想像に難くない。