愛を込めて、悪魔の存在証明を。 「青」という未熟は、俺たちの形を鮮やかに色付けていた。
感情だけで動くのは良くないよ。なんて言ったのは何処の誰だったのか。目を開けば見覚えのある古い校舎がすぐそこにあって、「ヤガ」と名乗る男に連れられて足を踏み入れた寮の匂いに頭痛がした。
数日後、教室で顔を合わせた団子頭の……いや、前髪の男がどこか裏のありそうな柔らかな笑顔をこちらに向けてくるのに謎の安心感を覚えてしまって、顔を顰めて「ッエー」と悪態づけば怒られた。遠巻きにされる事には慣れていても家にいる奴にだって一度も怒られた事などなかったのに。
結局初日から前髪を掴んでの殴り合いとなって、この男が最悪な奴だと分かった。分かったけど、離れがたくてボロボロになった拳を解いて同じ背丈の男に抱きついた。びっくりしたようで肩が上がる感覚が伝わってくる。
「……。夏油傑、傑でいい」
そう、静かな声が言ったのを聞いた。
俺たちの関係は任務で初めて失敗したのを頂点にして、青い闇に吸い込まれた。それから、
それから。
傑は死んだ。理由は覚えていない。ただ、全てを思い出す前に俺はまた見覚えのある校舎の前に立っている。そしてまた逢う。そしてまた、死ぬ。
繰り返す度孤独だけが確実になっていく。「失う」という事実だけが手の中に残って、それもいつしかすり抜けていく。
教室に入ればやっぱり柔らかな表情でこちらを見る男がいて、彼が目を細める前に初対面のはずの男の名前を呟いた。その唇の動きに驚いた表情を浮かべるのを見て安心してしまうのはきっと、初めてではない。訳も分からずに笑えば、そんな俺に今度は顔を顰めて突っかかってくる。この世に彼の前髪をイジらないという選択肢は用意されていないようで、当たり前のように触れれば思い切り殴られた。
あぁ。「感情だけで動くのは良くないよ」って、俺に言ったろお前だろ。絶対お前。
でも俺はその「セイロン」とやらに興味なんてないから、構わずにグーで顔面を殴った。
子どもの時から繰り返し同じ夢を見るのは何ら不思議なことでは無い。きっと、多くの人が経験していることだと思う。例えば現実には存在しないショッピングモールに行って何かに追われる夢だとか、現実には存在しない友人と会う夢だとか。そんな架空でしかない夢の中でいつも隣にいた男が、現実に存在するなんていくら俺が最強であっても誰も信じないだろう。
「悟?元気ない?」
「あー?元気だっつうの」
「それにしては上の空だね」
コツン、と音を立てて机の端に紙パックが置かれた。いつも飲んでるいちごミルク。手に取ろうとするとスーっとパックが宙に浮く。
「元気ならこれ要らないか。私の思い過ごしだったかな」
「っ、意地悪すんなよな。おい、飲むな俺の」
「ふふ、私が買ったんだけどな。まぁこんな甘いの飲まないけど」
ストローを刺した所で手渡された。貰ったいちごミルクを飲みながら昼間から夢についてなんて考えている。
「ねぇ、次体術なんだけど」
「んおー」
「今日は術式解いてやろうか」
「んー」
「三本勝負、身動きが取れなくなった方の負けね」
そう続ける傑の声をどっかで聞いたことがあるような気がした。夢なのか、旗またデジャブと言うやつなのか。
「それさぁー前も言った?」
「ん?三本勝負は初めてかな」
「あっそー」
生返事を繰り返し、少量の呪力を込めて空になった紙パックを潰そうとした。
ーパリーン!
「っ悟!」
「な、なんだよ!」
「なんで今窓ガラスを割った?」
「は?俺は紙パックを捻うとして……うげ。窓まで割っちった☆」
てへ、舌を出して可愛いポーズを取るも聞こえてくるのは深いため息だけ。
「ショーコに反転術式で直して貰おうぜ」
「窓ガラスは無理だろ」
「てか硝子どこ?」
「急患で次の授業来ないって」
「クソっ、ずらかるぞ!俺たち何もやってねぇ〜」
傑の腕を引っ張って庭へと急ぐ。
「あのね、悟。私はなんもやってないし、全部君一人の責任だからね」
「いや、傑もキョーハン」
「なんでよ」
「だって、響きが良いから、な?」
振り返って傑を見れば、なんだそれ、と言いながら笑っていた。
初夏。蝉の声はまだ聞こえなくて、それでも空気は夏の匂いを纏っている。