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    okeano413

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    別カプは別時空

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    甲操 ゆわひのあいらし二話

    ##甲操
    ##ゆわひのあいらし

    2021.04.05

     ひと月前に合格をもらってから、閉店後に表の黒板を書き換えるのは僕の役割だ。初めて書いた文字を「かわいいな」と言われたのがなんでかやけに悔しくて、咲良に頼み込んで字の書き方を教わり始めたのはふた月ほど前のこと。ペンの持ち方から叩き込まれる特訓はすごく厳しかったけれど、細かく用意してくれた目標を達成するたび、うんと優しく褒めてくれる彼女のおかげで、楽園海神島店での役割を一つ増やしてもらえた。それも、真っ先に見てもらえる場所を文字で飾る大役を。出来ることが増えるのは、それを認めて褒めてもらえるのは、いつだってたまらなく嬉しい。
    『アンタ、筋がいいわよ。覚えたいって気持ちが強いからかしらね。もう少し丁寧に書けたらハナマルもあげられるんだけど』
     そんなふうにあれこれ言いながら、ちょっと強引に髪をぐしゃぐしゃにしていく、白くて、細くて、指輪の痕がくっきりと残る手から教わった文字を、今日も慎重に書き進めている。情報を得ても、知っているだけで実行しないのと、いざ自分の手でアウトプットするのは全然違う。学ぶこと。学んで、僕以外のひとに伝わるよう、実行すること。様々なことを、心を込めて行えるようになってから、僕の行動は、人間を真似ているだけのまるで違うものだったのだと痛感した。それが不適切なふるまいだったとは思わないけど、今ならもっと心を込めてごちそうさまを伝えられるのに、と考える時もある。はじまりの楽園で、はじめてのカレーを振る舞ってくれた彼に。
     夕陽に押し出されたような潮風を背中に浴びながら、斜めの表面をなぞって言葉を書きつける。営業終了と、明日の日付と、ランチは特別メニューです、と。よし。咲良の丁寧な字には及ばないけれど、我ながらそれなりに上手くなったと思う。完成品を軽く眺めてからドアベルを鳴らすと、階段で思い思いにくつろいでいた猫たちが、驚いて散り散りに去っていく。最後までいてくれたサビ猫には手を振って帰りを促した。ごめんね、今日はかまってあげられないんだ。また明日たくさん遊ぼうね。
    「今日はちゃんと書けたのか。明日の宣伝もあっただろ」
    「間違えずに書けたよ! もう、いつまでもからかうんだからさあ!」
     半笑いで迎えてくれた甲洋に怒るふりをしながら、ずいぶん落ち着かないでいた。足取りまでちょっと軽くなっている。だって、あのバレッタをようやく外してやれるんだ。マスターの役割を終えた甲洋がもうすぐ僕だけの甲洋に戻るんだから、待ち遠しくならないわけがない。とはいえ重たそうにくせ毛をまとめる黒色と、半分持ち上げた髪型は見れば見るほど似合っていたし、あっという間に僕も気に入ってしまったから、直る機嫌と一緒にやめさせたい気持ちは消えてしまったんだけど。
     そうだ、明日からは僕がつけてあげることにしよう。そうしたら、今日みたいなもやもやに苛まれることもないし、お仕事中も僕の甲洋なんだって実感できそうだ。……改めて思わなくてもそうなんだけど。
     箒を隅に置いて布巾片手の甲洋は後片付けを済ませつつあるけれど、一騎のほうはまだ仕込みが残っているらしい。厨房の小窓から、いい匂いと明かりが漏れている。目標地点到達まであとちょっと。僕の手も空いている。一騎も早く総士のもとへ帰りたいだろうから、やることは決まってる。
    「僕、一騎のお手伝いしてくるね!」
    「あ、ああ、うん」
     なにか言いたげに口ごもる甲洋を放って一騎の元へ走り出すと、視線が背中を追い掛けてくる。話ならあとでゆっくり聞いてあげるから、今日の僕と同じくらいの気持ちで待っててくれると嬉しいな。なんて。
    「一騎! おつかれさま!」
    「来主もお疲れ様。今日は一枚も割らなかったんだって? 頑張ったな」
     う。他意の無い笑顔が眩しい。一騎ってば、もともと優しかったけど、総士が言葉を覚えるにつれて僕までこどものように扱うようになった。嫌じゃないんだけど、なんだか妙にくすぐったい。やめてほしいわけじゃないけど恥ずかしい、を気づかれないように隠すのって、大変だ。
     ごまかすように視線をさまよわせると、準備段階の、手元の料理はもう殆ど出来上がっているように見える。あとは一晩寝かせて仕上げというやつだろう。明日には、一騎の優しい気持ちがたくさん籠もっていると評判の特別メニューを、大切に、おいしそうに食べるお客さんの顔を見られると思うと、わくわくで跳ねてしまいそうだ。
    「ね、なにか僕に手伝えることある?」
    「そうだなあ、調味料がいくつか減ってきたから、補充しておいてもらおうかな」
    「は〜あい!」
     甲洋だけじゃなく、一騎も任せてくれる物事が増えてきた。簡単なお手伝いなんだろうけど、何かを頼ってもらえるのは、存在を受け入れてもらえている証のようでホッとする。鍋に向き直った一騎を確認して、任された作業に取り掛かることにした。オリーブオイルは新品の中栓を開けて数センチ残る瓶の後方に。使い切られた塩の容器は水洗いの水分を拭き取ってから、満タンにはせず上方の空白を残して。いつか一騎が頼んでくれたやり方に従って、細々と詰めていく。明日もたくさん減るといいな。
    「なあ来主。お前、甲洋と喧嘩でもしたのか?」
    「え? ううん、今日はしてないけど」
     なにかおかしな態度だったろうか。僕が拗ねていたのは確かだけど、甲洋はいつもどおりだったはず。一騎も理由までは掴まず直感で訊ねたようで、二人して首を傾げている。
    「や、なんにもないんだったらいいんだ。そうだ来主、明日の賄い、好きなものにしてやるから考えといてくれ」
    「え! やった! ありがとう!」
    「あはは。こっちこそ、いつもありがとな」
     お手伝いをしにきたのに、反対にご褒美を用意されてしまった。どれをお願いしようかなあ、やっぱり一騎カレー? 明日の気分で、トッピングを変えてもらうのもいいかもしれない。またひとつ、明日の楽しみを増やしてもらった。


     ***


     さて。いよいよこれからが本題だ。住居スペースの洗面所で、エプロンより先にバレッタを外そうとする腕を掴んで止める。大海原を切り取った、くせ毛に馴染む波模様。マスターの看板を下ろした甲洋は案外ズボラだから、放っておくと金具に髪の毛を引っ掛けたまま派手に外しちゃうかもしれない。ふわふわが減るのはもったいない。
    「あのさ、甲洋さん」
    「え、な、なに」
     外す前に、あっという間に僕の甲洋に戻ってしまった。彗の真似をした呼び方がお気に召したんだろうか。呆けてお間抜けな顔に噴き出すのをこらえて、抱きつきながらエプロンの紐を解いてあげる。戸惑う手もおんなじように蝶々結びを一本の紐に戻して、腕の中にいるのを許してくれた。あとは機械に放り込んで、脱水までを任せればいい。
    「髪飾り、僕に外させて。やらせてくれたら、明日からずっと付けてあげるから」
     落ちそうになる布を間に挟みながら、甘えて頬を胸に擦り付ける。衣服の下で、どくん、どくんと鼓動が響く。甲洋の、生きている証。僕だけがこの距離で聞かせてもらえる、心臓の音。汗まじりの彼の匂いがなんだか嬉しくて目を閉じると、甲洋からも抱き締め返してくれる。僕の、一番安心できる場所。
     閉店後の甲洋は、いつもいろんな匂いを連れている。食べに来てくれたお客さんの頼んだものや、時々は、一騎が新メニュー提案で作ってくれたものの、おいしそうな匂いのかけらをちょっとずつ。匂いでも、誰かの癖が移ったしぐさでも、僕じゃあげられないものを、僕じゃない人から与えられた優しさを、見えない形でまとう甲洋を見るのは結構好きだ。
     だから、自分がたかだか髪型一つで機嫌を損ねるなんて想定外だった。里奈からの優しさを受け取った甲洋を、誰にも見せたくなくなるなんてのは。
    「俺がこれつけてるの、嫌だったんじゃないのか」
     わかってない顔をしていたくせに、やっぱり見抜いてたのか。だから早く外そうとしてくれたのかも。そうだったら嬉しい。
    「やだよ、そりゃ……甲洋のいいとこは髪型だけじゃないし、ていうか、甲洋の髪も僕のなのに、騒がれていい気はしないよ」
     気に入らなかったのは、たぶん、たぶんだけど、僕にも思いついたかもしれない変化だから、もどかしかったんだろう。埋まってやりたいなんて欲求も、至近距離と行動を許してもらえるのだと確かめたかったのかもしれない。そもそも、いつもと違う格好は、まず独り占めしておきたいものだし。
    「俺が、お前の?」
    「そう。違うの? だって、僕も甲洋のでしょ」
     少し、考えて、抱き締めてくれる力が強くなる。つま先がちょっと浮くくらい、壊すかもなんて怖がってたのが嘘みたいに、ひとつになろうとするみたいに、強く、一生懸命に。
    「違わ、ないかも?」
    「ちょっと、そこは言い切ってよ。「僕」をぜんぶあげてるんだから、ちゃんと受け止めて」
     悪い、なんて思ってもいない声。これは知ってる。感情と声色が乖離するのは、照れ隠しをごまかす時の癖だ。身動きできない僕の髪に甲洋が降りてきて、思い切り埋まられる。僕がやりたかった事なのに、また許してしまった。まあ、いいか。今日はこのまま、ごまかされてあげましょう。
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