2021.06.09
現パロ
中二×小四
あいさつを返した知らない大人に、ずっと手をつないで連れられている。むかえを約束してくれたおねえちゃんを待っていたところからは、だいぶはなれてしまった。
足、いたいな。どこだろう、ここ。学校へはバスがあるし、あんまり家からはなれないから、このへんはちっともわからない。スーパーへの道は覚えたから、おつかいしてくるって、初めておゆるしが出た日だったのに。止まりたくて引っぱってみても、反対に引きずられ続けて、もうつかれてしまった。
どこまで連れて行かれるんだろう。家まで送ってくれる、わけじゃなさそう。どうしたらいいかわからなくてきょろきょろ見回しても、どの人に助けてって言えばいいかもわからない。
「その子、おばさんの子?」
「え、えと」
目の前に立たれたら、みないふりしてさけられないらしい。黒色の、つつみたいな服のおにいさんが、こわい顔をして止めてくれた。やっと止まれた。足がひりひりする。手は、まだはなしてくれそうじゃない。
「一人で困ってたから、交番に連れて行こうと思っただけよ」
「スーパーの事務所とかじゃなくて? 敷地出て、わざわざ? 随分遠回りするんだな」
おにいさんが、しゃべれなくなったおばさんからぼくを見る。耳に当ててたスマホをおろして、こわかった顔をやめて、やさしい、こげ茶色の目でみつめてくれる。
「この人、君の知ってる人? 俺と行くより、この人と行きたい?」
おばさんに持たれたままの手が、いやなふうにぎゅっとされる。いたいけど、でも、おにいさんの声のおかげで、自由に動かせなかった体が、やっとぼくのものにもどってくれた、気がする。ぶんぶんふって、ちがうって、言いたくて、あとちょっとがんばって、口をあける。
「やだ……おばさん、ずっと、止まってくれないから、やだ。きらい」
「だ、そうだよ。観念して離せよ。逃げられるなんて思うな。あんたの顔、覚えたからな」
おにいさんの、顔も名前もわからないけど。ぼくを見て話してくれたから、信じてみても、いいのかな。かたかたして、あいた手からも、ぼくの体をとりもどす。また、ひっぱられちゃう前に、見せてくれた手にくっついた。
あったかい。こわかった。ありがとうって言う前に泣いちゃったぼくをだきしめて、せなかをとんとんたたいてくれる。おにいさんの手、おっきいな。おねえちゃんたちより、おかあさんよりも、おおきくて、かっこいい。
「春日井くん……! そっち、いた……!?」
「羽佐間! こっち! 警察、連れてきてくれた?」
「あ、ぁ……」
おにいさんのスマホから同じ声がして、だいすきなおねえちゃんが、青い服のおとなをつれて走ってくる。あっという間にとじこめられたおばさんが、へんな目でぼくを見た。おにいさんのおおきな手が、ぼくの目をとじこめる。
「あんなの、見なくていい。家に帰ったら、あったかいご飯が待ってるよ」
かえるなら、おにいさんもいっしょがいい。まだ、いっしょにいてほしい。ちょっとこわかった黒い服は、ぼくが着てるのよりずっとかたくて、つかんでおねだりしようとしても、ちょっとにぎれそうにない。
「……おにいさん、もう、いなくなっちゃう?」
つかめないから、泣いたまま、おにいさんの顔を見る。おねえちゃんによばれてたし、なかよしなのかな。ぼくの顔見てたすけてくれたの、おねえちゃんのともだちだからなのかな。だったら、ぜったい、こわくない。
「家、違うからね。君たちを送り届けたら帰るつもりだけど……」
「やだ。いっしょにいて」
「やだって言ったって……」
「操も離れたくないみたいだし、お夕飯、うちで食べていかない? いつも一人で食べてるって言ってたよね。お礼もしたいし、準備がまだだったら、どうかな」
「どうって……言われても……」
青い服のおとなと話してたおねえちゃんが、にこにこえがおでもどってくる。しゃがんで、ちょっと泣きそうな顔で、ぼくの頭をなでてくれる。
「こわかったよね。すぐに来れなくて、ごめんね」
「おにいさんがたすけてくれたから、だいじょうぶ」
おねえちゃんは、悪くないよ。しずかになっちゃったおにいさんにもっとくっついて、だいじょうぶだよって、思ってもらえるように、笑う。
そういえば、おにいさんは、おなまえなんていうんだろ。かす、かすが、い……
「春日井くんね、春日井甲洋っていうおなまえなのよ。操もごあいさつして、ありがとうしよっか」
「こう、よう」
「え、呼び捨て?」
「ぼくも、みさおってよんでいいよ。はざま、みさおです。たすけてくれて、ありがとう」
こまった顔でも、だきしめてくれるまんまの手は、すごくやさしい。ずっとここにいたくなる。
「いいなあ。私も甲洋くんって呼ぼうかな。私の事も翔子って呼んでくれたら、おそろいだよね」
「えッ?!?」
「こうようくん、ごはん、いっしょに食べよ」
おねえちゃんが味方だから、ぜったい連れてける。おねえちゃんはすごいから。つつの服のポケットにつかまって、おへんじしてくれないこうようくんをふたりでじっと見る。
「…………おじゃまじゃ、ないなら……」
「ほんと!! こうようくん、家まで来てくれるの!?」
「操、声大きいよ」
そうだった。外で話す時はしずかにって約束なんだった。口の横に手をあてて、ぽそぽそ続けておねだりする。
「ぼくのよこすわってね。約束ね」
うなずいて、ポケットの手をとって、立ちあがる。
おねえちゃんが、どっちといたい? 好きなほうでいいよって目で見てくれたから、こうようくんの手をにぎる。ちゃんとつないでくれた手は、やっぱりすごくおおきい。かっこいいな。ぼくも、こんなふうにおおきくなれるかな。おねえちゃんともつなぎたいから、もうかたっぽでぎゅっとする。ここ、うれしい。カノンおねえちゃんとおかあさんもいっしょなら、もっと、もっと、うれしくなれる。
「大した事、してないんだけどなあ」
「なに言ってるの、大事な弟を助けてくれたんだから大した事よ。甲洋くんは、もっと自分を褒めてあげて。それに操には、もうとっくにヒーローみたいよ」
「名前、ほんとに呼ぶんだ……」
「甲洋くんは、私の名前、呼んでくれない?」
「呼ぶ、呼ぶよ……ちょっと待って……」
頭の上で、だいすきな二人の声がする。たのしみだなあ。おとまりもしていってくれないかな。次にあそぶ約束は、どうやってしようかな。