2021.08.09
「ねー、おなかすいた! ごはんまだ?」
「今できるって。暇なら茶くらい用意してくれよ」
「もうあるもーん。メインディッシュ待ちだもーん」
「はいはい。おまちどおさま」
暮らす間に俺の胃袋を掴むんだって張り切った姿はどこへやら。献立の提案をくれるのはありがたいが、せめて隣で手伝ってくれたらもっと嬉しいのにな。
いただきますから、ごちそうさまを一日一度は共有すること。ふた月前、共に暮らし始めた日に唯一定めたルールだ。外食もテイクアウトも可で、できれば自分たちで作ること、は、追加ルールだから言い出した俺が守れと投げ出されてしまった。諦めるつもりはもちろんないが。
今日も向かいに座った来主が、並べた食事をきれいに平らげてくれるのを眺めながら、どうやってこいつの手料理を引きずり出そうか考えている。とびきり上等じゃなくていい。二人の家で、来主のやれる事が増えていくのを見たい。手先は器用なほうだから、回数さえ重ねさせればいくらでも上達の芽は伸びるはず。
「ねえ、十年後の夕飯、なにがいい?」
唐突だな。しっかりと両手を合わせてから、指先を揃えて来主が言う。十年後。十年後ね。その時には、この家も引き払っているだろうか。
「グラタン、かな。なすなり入れてさ、一皿で全部済ませるやつがいい」
端についたままの飯粒を、つまんで開けてくれた口内へと運ぶ。座っているからキスは出来ない。テーブル向こうの距離が惜しい。
「夏なのに? そんなにチーズ好きだっけ?」
「夏なのに。時期にこだわらないで好きなもの食べようって、お前が教えてくれたんだろ」
そうだっけ、と流されたけれど、きっと来主も覚えている。もしもそばにいられなくなったとしても、十年後の今日が来たら、俺も彼も一人でホワイトソースをかき込むだろう。具材をごろごろに切った来主のぶんと、薄切りにした俺のぶんと。味も違うんだろうな。隣にいられたら、それだって分け合えるんだけど。
「またなんかヘンなこと、考えてるでしょ」
「別に。季節外れの約束なら、離れたって思い出しやすいよなって思うだけ」
「きみってどうしてそうネガティブかなあ。僕のプロポーズ、気に入らなかった?」
………………?
「なん、なんだって?」
「だからぁ、プロポーズしたんだってば。十年後でも、百年後でも、きみとごはんを食べたいからさ」
悪ふざけの笑顔じゃない。こいつは本気で言っている。
キャパオーバーヒート寸前だ。せめて返事はしておきたい。つぎ足してくれたグラスの中身を飲み干して、なおカラッカラの喉を絞る。
「…………指輪は俺が選ぶから」
「え、やだよ。一緒に買いに行くんだから」
頼むから轟沈させるな。片付け前の食卓じゃ突っ伏して隠せない。逃げ場がない。こんなに嬉しい時ってどう伝えればいい。
「返事は急がなくてもいいよ。真っ赤なお顔がぜんぶ教えてくれてるからさ」
ちくしょう。かっこいいなこいつ。