2021.10.15
「はい、あーん!」
右隣で満面の笑みを浮かべた来主が、やわいプリンを乗せたスプーンを差し出した。床に直下しないように、ご丁寧に手のひらで皿まで作って。
「……なに?」
「フェイのまねだよ。合ってるよね?」
「ああ、お前興味持ってたもんな」
今日の昼間、二家族揃って来店してくれた時にフェイちゃんが上手持ちで衛一郎くんにしてあげていたやつ。俺たちもお客様方も、それから二人の両親も、恋物語のアーカイブで覚えたんだろうと微笑ましく見守る中で、まっすぐな瞳で「ママがやってたの」と暴露されてたのは哀れだった。貴志さんは満足そうに照れてるし、シャオさんは上着で顔を隠してたし。当の衛一郎くんは、特に気にしたふうもなく食べさせてもらってたけど。剣司は咲良にねだって突っぱねられてたけど、あの反応は何度かしてるやつだった。
あの、なごやかな雰囲気を俺たちで再現したいのか?
一騎もとっくに帰った、二人だけの店内で?
「食べないの? 早くしてよ、落ちちゃう」
促すくせに、自ら落としかねない勢いで揺らす。そう言ったって、来主の為に用意したものなんだから、ぜんぶ食べてしまえばいいのに。試作とねぎらいを兼ねたシンプルなカスタードプディングは、それでも俺の舌には甘い。試食してるのも見てたんだから、俺が食べる必要がないのも知ってるはずだ。
「なんで俺にするのかを聞いてるんだけど?」
かわいらしい行為の似合いの相手は他に選ぶべきだろう。今ここにはいないけれど、美羽ちゃんとか、コア仲間のルヴィとか。ルヴィは頼んでも断るだろうけど。
「甲洋は、僕の手から食べたくない?」
「あ、おい」
首を傾げて中身も落ちる。慌てて差し出した手に、ぺちょ、と間抜けな音。潰れた黄色を溶ける前に啜る、加熱した卵液はやっぱり甘い。深煎りとあわせてちょうどいいくらいだ。
「ほらー、あーんしてくれないからだよ。もう一回ね」
「いや、だからさ……」
「うれしいものを一人で食べるのはもったいないでしょ」
いや、今食べたし。引き下がろうとしても、聞いていない顔でもう一度すくう。今度はあたまのクリームごと。カラメルが一番うまくできたんだから、そこは来主に食べて欲しいんだけど。
「僕に全部食べてほしいなら、甲洋がこうしてよ。ね?」
どういう理屈だ。また落とされる前にかぶりついて離れると、上機嫌で残りに手を付け始める。今度のひと口は味わう前に飲み込んだのに、心なしか、口に含んだブラックコーヒーに甘みが増した錯覚がする。なんだったんだ、一体。