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    okeano413

    @okeano413

    別カプは別時空

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    甲一 イノセントフリーゲント

    ##甲一

    2021.05.26

    「一騎。こっち終わったから、いつもの」
    「今日もか? 飽きないなあ、これ」
     仕込みを終えた厨房で、向けられた手のひらをひっくり返して、手の甲に唇を寄せる。無抵抗でいてくれるこの手を、温度を確かめさせろと強引に取ってから、もう半月になる。……総士が拐われてからは、二ヶ月と少し。
     誰もがわかるほどの無茶をしてアキレスと同調し続けた一騎は、限界を悟って帰島すると、少しだけ休むと言って朝も夕もなく眠り続けた。命は有限だ。振るえる力がどれほど強大であろうと、根源たる故郷との繋がりが薄い身で戦い続ければそうもなる。……そうするほどの無茶は元からだったけど。この身になってまでも、お前の力にはなれないのか。諦めさえ許してくれないもどかしさが、目覚めを待つ間心をじりじりと焼いていた。離れて待つ気など、さらさら起こらなかった。
     抱き留めた一騎の体が粒となって弾けたせいで、エウロス型に後を頼むからと叫び転移した来主を追ったのは、殆ど無意識の行動だった。一騎の存在を守りたがって中枢でもある岩戸に寄り添い、目覚めを待ち続ける来主とボレアリオスに籠もった時間を、正確には覚えていない。再構築を叶えた体で、無茶をしたのを忘れたように笑い、自分の脚で歩きたがる大馬鹿を両側から挟んで港へ降りると、大きな瞳を泣き腫らした美羽ちゃんが一騎に飛び付き、ショコラとクーを連れた羽佐間先生がたまらず来主を抱き込んだ。焦燥の様子を見るに、ひと月は優に過ぎていたようだった。
    『島の防衛を放棄して、すみません』
     待っていてくれた安堵よりも、そう言うしかない俺の頭を、小楯さんと溝口さんが乱暴に乱した。それで涙腺が壊れた。来主を心配するふりで籠もり続けたくせに、俺も。一騎が戻って来てくれるか、不安だったらしい。司令も撫でてくれていた気もするが、夢だったかもしれない。涙の止め方を知らずに嗚咽ばかりを漏らす体に、何も言わないで大人たちが側にいてくれた。たまらない時は泣いてもいいのだと他者が教えてくれたのは、これで二度目だった。
     力だけを求めるのじゃなく、一騎を、来主を、……俺を。人間としての存在を、待っていてくれる人がいる。疑うわけじゃ、なかったけど。こんな形で確かめたいとは、思わなかったけれど。一騎の目覚めた日が、彼らの生きる世界を……俺たちを慈しんでくれる世界を守ろうと、改めて決意した日だった。
     今はとにかく休めと案じられ、抜け殻のように立ち尽くす一騎の手を取って、変わらず楽園の調理師でいろと望んだのは俺の我儘だ。来主には、よほど反対されたけれど。一騎にさえ総士を見つけられず、しらみ潰しに全方位を警戒し続けるほど人材も、兵装も潤沢ではない。具体的な針路もままならぬ以上、待機は必然だった。先も見えない今だからこそ、目的もなく戦うのは危険だろう。まして、心を削りゆく一騎を、本人の望むまま戦場に送り出すきりなんて……そんなのを要求する姿など、見ていたくなかった。
    「もう、いいか?」
    「まだ、もう少し。礼の時間はいくらあってもいいだろ」
     指を握りしめて引き寄せたそこに、頬を擦り寄せる。これまでと違う行動に、なにかまずいことをしたんだろうかと、一騎の顔が不安に染まった。感情の伴う変化に少しだけほっとする。まだ、こいつの心はここにある。見つめながら離した指の背で一騎の頬をなぞると、逃げたがるように一歩下がられたので、そのぶん二歩近付く。預けられるたびに、この手が人の身を育む料理を生み出すのだと噛み締めている。決して、戦う為だけの手じゃあない。一騎自身がすばらしい技術とぬくもりを手放すのをよしとするのは、どうにも嫌だった。
    「今日もありがとう。夕飯まで用意してくれたんだろ。今度は僕のぶんもって、来主が拗ねてたけど」
     男二人が自在に行き交えるほど広くはない厨房だ。歩み寄ったぶん、一騎が背もたれもない銀色に、乗り上げかねないほど身を預けている。落ち着かない心を悟られたくないのか、きょろきょろと、視線だけを彷徨わせるまま、慣れない雰囲気を壊そうとこわばった声を上げる。
    「羽佐間、先生が待ってるのにな。俺なんかのより、母さんの手料理のほうが、うれしいだろ」
    「夕飯は、まあ、そうだろうな。だから一騎さえよければ、休業日の昼も俺たちに作ってくれたらって思うんだけど」
     逃げたがっていた一騎から、また、強い視線を寄越された。まさか冗談を言ったのかと、怪訝そうに眺められる。珍しい顔だな。
    「おまえ……資源は人の為にって言ってなかったっけ」
    「今もそう思うよ。でも、飲食店にいるなら、一食まともに食うぐらいしとけって、溝口さんに叱られちゃってさ。どうせなら、一騎のうまい飯が食べたいんだ」
     目がこちらを向いているうちに、また一歩近付く。びくりと跳ねた体を抱いてシンクへ押し上げた。軽いな。フェストゥムに近しくなっているから問題ないと言われても、看過できないほどに軽い。支えを求めて肩を掴まれても、載せている気がしないほど、一騎を構成している質量が減少している。
    「来主も食べたいって思ってくれてるなら、構わないけど……」
    「ほんと? うれしいな。断られたら泣いてやろうかなってちょっと考えてたんだ。お前の作る料理、人生で一番好きだから」
     離した手を両側に突く。冷えた一騎の戦場に、俺の温度が伝わっていく。腰の引けた胸板に耳をぴったり張り付けると、薄い皮膚の舌で、波が伝わるよりもわかりやすく心臓が悲鳴を上げていた。来主もよく喜んでいるが、鼓動がこの身にもあるのはいい。心の波長を読み取るよりも、こちらで感じ取るほうがずっと好みだ。
    「大袈裟だな。俺なんか、父さんが作れないから、得意になっただけだって」
     その司令から、可能な限り見ていてやってくれと頼まれている事は明かしていない。きっと筒抜けなんだろうが。こういう意味でない事も、わかっているけれど。どうせもう理屈だけでは動けない身だ。存在していて欲しいと欲張る心に従うなら、足を止めずに一騎を守ろうと刻みつけたいなら、俺自身をさらけ出して、繋ぎ止めようと動くべきだと思った。
     あの日。溶けてゆく一騎を見て湧いた感情が、恋や愛と呼べるものであるかはわからない。醜い執着かもしれない。どんな色でも構わない。どこまでも飛んで消えてしまいそうな一騎が、この執着に足を取られて、もしも世界に留まろうと、僅かでも思えたなら。
     もう一歩。最後の距離を詰めて、遠ざかった身を抱き寄せる。起き上がりながら、ドクドクと鳴る俺の鼓動を、一騎に伝わるように、肉体の隙間をなくすように抱き締めた。力を込めれば折れてしまいそうな体からの抵抗はなかった。ここまで来たら、しょうがないと諦めたかな。
     諍いを収めたくて、半分抱き締めるような格好になった事もあったけど、こうやって正面から捕まえるなんて初めてだ。小さな子にするように、優しく背中を叩いてくれる。
    「それだってお前の戦いだったんだろ。俺がもらってるのは、おこぼれだよ。ずっとさ」
    「……そうかな。好みだといいなと思って作ってるけど……続けてきたおかげで、初めて会う人にも喜んでもらえる味にできてるのは、嬉しいなって思うよ」
     この、とんでもなく優しい男を、総士を探したい間にも厨房に立たせているのは、単純に俺の我儘だ。戦うばかりでは存在を擦り減らしてしまう。なんの為に戦っているのかを忘れたまま抱き締めたところで、お前の中に、ぬくもりが残っていないなら……。取り戻した日を想定させて、むりやりにここへ戻らせた。
     こんな事で、心を繋ぎ止められるなんて思わない。自己満足かもしれない。ゆりかごのような装置へ押し込んで、存在を保たせるほうが、本当はいいんだろうが。一騎が、そんなのを納得するはずがない。だから、だから優しさにつけ入って、側にいさせたい我儘を後ろに隠して……
    「俺の」
    「うん?」
    「俺が、好きな味をさ。お前が新しく、作ってくれたら、嬉しいんだけど」
     ねだりという名の呪いを、どこまで許してくれるだろうか。俺など容易に振り切って飛び立てる一騎が、せめて、耳を傾けてくれるうちは。腕に、閉じ込められてくれているうちは──
















    「一騎」は世界に残るけど一騎の心は代償として差し出されっぱなしになるからほんの少しでいいから自分の心で他人の熱や世界への喜びを感じたいって思わせられてそれで大事な人の一部分が残るならみっともなく見られたって構わないから仕方ないから足掻かなきゃって俺の感情に足を取られてくれないかな


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