田丸くん片倉さんの『そっくりさん』────どんよりと暗い曇天の下。
ドォォォォンッ!!
寒々しい、廃墟になった高層ビル街から、すさまじい爆炎があがった。
「ギャァアアアアアア────ッ!?!?」
情けない悲鳴をあげて、メガネで小柄な青年────田丸は廃墟のなかを全力疾走した。
「なんですかアレなんですかアレなんですかアレぇえええええッ!?聞いてたサイズと違うじゃん!!データにあった大型の基準値よりめっっっちゃデカイじゃぁぁぁぁんッ!?」
とかなんとか叫びながら、とにかく逃げ回った。
ビュゥゥンッ!!
「どわぁああッ!?」
と、疾風のような人影が跳び込み、田丸は雑に抱えられて宙を跳んだ。
「あッ、片倉さんッ!」
すらりとした長身の男────片倉は涼しい顔で、ひと1人抱えて高所を風のように舞った。
「やる事は変わらん。さっさと捕捉しろ」
「えぇえぇええ~ッ?!?ちょわッ!?」
片倉はビルの屋上に飛び降り、雑に田丸を放った。
キィィィン……
────片倉の切れ長の目が、神秘の色彩のヒカリに輝いた。
ドォォンッ!!
片倉は、地面を蹴った。
アスファルトの足元が砕け散り、片倉は疾風のように“翔んだ”。
つぎつぎとビルの壁を、屋上を蹴って、目が回るような眼下のビル群を飛び越えていく。
「もぉぉおお……扱いがヒドイ……」
ぼやきながら、田丸はなにか、規則的に指を操作した。
シュゥゥンッ!
目の前に、碧い半透明のモニターが現れた。
『認証』の光る文字が浮かび、田丸は急いで実行コードを入力していく。
キィィィン……
田丸の足元に、集積回路のようなヒカリの陣が走っていった。
「────!」
と────片倉の視界に、『ソレ』が巨影を現した。
ゴォォォン……!!ゴォォォン……!!
ブゥゥゥ────ンンン……ギギギギギ……!!
────まるで機械仕掛けの昆虫か。
ビルの3、4階にもおよぶ巨大な『蟲』が、モーターの稼働音のような音をあげて蠢いていた。
ギギギギィィィッ!!
『蟲』は片倉の影をロックオン。威嚇行動のように唸り、目を赤々と輝かせた。
シュンシュンシュンシュンッ!!
『蟲』は片倉めがけ、赤あかと輝く弧を描くエネルギー体をつぎつぎと浴びせていく。
普通の人間が一発でも喰らえば、砕け散るだろう。
と────片倉の手の中に、ヒカリのエネルギー体が渦を巻く。
「フッ!!」
バシュゥゥンッ!!
片倉は、手中に現れたヒカリのツルギで、難なく『赤い弧』を斬り払った。
空中で身をひるがえし、ビルの壁や屋上、攻撃を斬り捨てる反動すら利用して、つぎつぎと攻撃を捌いていった。
ギギィィィッ!!ギギギギギィィィィッ!!
業を煮やした『蟲』は、ふたたび動き出した。
ドガァァンッ!!ガガガガッ!!
「!」
『蟲』は、触覚や触手────レーダーや攻撃網を展開、巨体にはそぐわない俊敏さで、片倉を追い詰め始めた。
「うぅぅう……殺虫光が効かない新種だって、メカニズムや構成組織は変わらないはずッ……だったらッ……!」
田丸は、思いついた捕捉コードを、アドリブで指を走らせた。
シュォォォ……!
足元のヒカリの陣に、新たな色彩の輝きが走った。
「むぅ……!」
飛び交う『赤い弧』や、舞う刃のような触手の群れをかいくぐりながら捌くばかりで、接近できない。
『蟲』を見上げる片倉の脳裏に、『撤退』の判断がよぎった。
「ッ────!」
と、片倉のツルギが、新たな色彩に輝いた。
ギギギギィィィィィッ!!
『蟲』は、片倉を叩き潰そうと触手すべてを振り翳した。
────ドガガガガガァァッ!!
道路から、ビル壁から無数のヒカリ輝く糸、糸、糸が発射され、『蟲』に巻き付いた。
『蟲』は、巨体すべてをギチギチに拘束され、『捕り餅』に踏みこんだように身動きを封じられた。
「捕捉、ですッ!!おねがいしますッ!!」
目を奇妙な色彩のヒカリに輝かせ、田丸が叫ぶ。
「────フッ!!」
片倉は機を逃さず、『蟲』めがけ高く跳んだ。
ギギギギギィィィィッ!!
『蟲』は死に物狂いの足掻きに、『赤い弧』を雨あられと浴びせかけた。
片倉は、すべてをかいくぐって弾丸のように迫った。
「ハアアアアアア────ッ!!!!」
鋭い雄叫びをあげ、片倉はヒカリ輝くツルギを振りかざした。
ドシュゥゥゥゥッ!!
ヒカリの斬像が走り、『蟲』の核を一刀両断した。
ギィィィィアアァァァァァ────ッ!!!!
『蟲』の断末魔がビル街に響きわたった。
ドォォォォンッ!!
片膝をついて着地する片倉の背後で、ひときわ巨大な爆炎が轟きあがった……。
「……みたいな?」
「ハイ」
「“入り”にするとか?」
「『こう来るとは……』ってカンジですねぇ」
田丸くんと片倉さん……。
────ではなく、タマルさんとカタクラくんが、カフェの一角であれこれダベッていた。
「『冒頭だけ関係あらへんモン流れる』っていう。……怒られそやけど(笑)」
「あははは。『そっち観たかった』って言われそうww」
タマルさんが、関西のゆるいアクセントで自虐。
カタクラくんは、人がよさそうな雰囲気で苦笑した。
「『なんやお題でも決めよか?』思ぉて、東京で“絵”ぇ描いとってん」
「東京でねぇ」
テーブルに頬杖をつき、タマルさんはアイデアを話す。
「例えば……廃墟が舞台のSFで、しめ縄とかお賽銭箱あったら、ちょっとオモロイやん?」
「おお……本来あるはずのないものが映ってる、みたいな?」
カタクラくんは、興味深々とうなづく。
「阿吽(あうん)のいぬたちが『ハッハッハッハ!』って走ってきよる(笑)」
「あはは、鳥居の前にいる、ねぇ」
「いぬはええナァ~」
「いいですねぇ~。おりこうで」
ほっこりするカタクラくんに、タマルさんは『落書き』を見せた。
「ゆうて、門番みたいなとこあるやん?敵が出たら『ギャォォン!』『ガブゥゥ!』してくれはる(笑)」
「あっはははww頼もしいww」
ムダに迫力がある、阿吽(あうん)のいぬたちのプロットに、カタクラくんはケラケラ笑った。
コーヒーに角砂糖を落とし、一口啜った。
「前に、われわれ『軍艦島』取材いったやん?」
「ああ、『キャラになって駆けずり回りたい!』って」
「『おッ!あそこええなァ』、『アレもええなァ』って、もうバシバシバシ!撮ってん」
「写真だけじゃなく、動画も撮ってましたねぇ」
廃墟のなか、カメラを手にハッスルするタマルさんを、カタクラくんは生温かく見守っていた。
「ほんで、気づいたら1000枚近くなっとんねん(笑)」
「あはははwwもう容量ギリギリでねぇ」
「ちぃと引いてもうたわ。『うわッ……アニメ監督ってアタマおかしいんや……』ってな(笑)」
「あっはははははwww」
ツボって突っ伏して、カップに頭をぶつけるカタクラ作画監督に、タマル監督はニヤニヤしていた。
「オレとジブンで、イズミに『廃墟!廃墟!』ってごっつ推したやん?」
「あははは、『廃墟!廃墟!』ってねぇ」
タマルさんカタクラくんは、背景担当のイズミに推しまくったエピソードを浮かべた。
「ほんで、『はぁ……』ってゆうて、ごっつええ『背景』描いてくれて」
「いい絵でしたねぇ」
「『なんッも分からん』って顔で(笑)」
「あっははははっwww『コイツらおかしいわ……』みたいなww」
2人して『ポストアポカリプス趣味』なのは、まあ普通ワケ分からんだろう。
「廃墟ゆうたら、『乗り物』は必須やんなァ」
「舞台装置というか、移動手段は大事ですねぇ」
「せや。人っこ1人おらん廃墟のなかを、電車なりバスなりで『バー!』突っ切ってくねん」
「おお……あくまでロストテクノロジーで、っていう」
興味深そうに、カタクラくんはあいづちを打つ。
「敵だかクリーチャーだかに追われて、『乗せてぇやァー!乗せてぇやァー!泣』ってな(笑)」
「あっはははwwwもう必死で隣を並走してねぇ、『何でもするから乗せてぇー!泣』みたいなww」
タマルさんカタクラくんたちのネタ帳に、また新しいカットの構想が描き足されていった。
「オープニング、頂いてもうたなァ~……」
「オープニング、頂いてしまいましたね~……」
そして後日。
タマルさんとカタクラくんは、屋外のベンチに腰をおろしていた。
「鬼かっこええなァ~……」
「ありがたいですね~……」
この度、新作アニメのオープニングを、知る人ぞ知る歌手〇〇に製作して頂いたのだ。
2人は、『めんどいから』という理由で、イヤホンの左右を共有していた。
「…………“絵”ぇ、どないしょぉっかなァ~……(滝の汗)」
「あっははははははwwww」
ツボった拍子に、カタクラくんの耳からイヤホンが外れてしまった。
────それは激情さえ伝わる、ハスキーなメタルロックだった。
〇〇は、作品を最大限リスペクトして、作品の幕開けにふさわしい楽曲に仕上げたのだ。
それは、本当に鬼かっこよかった。
鬼かっこええけど……
……これ、オレたちの低予算のスタジオで、どうやって“絵”ぇ作ればええんや?
いや、100歩ゆずってアニメは作れるとして、そりゃあもう地獄のデスマになるんや?
……プロのクリエイターとして、地獄の未来(笑)が見えてしまったスタッフ一同は、笑うしかなかった。
「ヘタなものだと負けちゃいますからね、“絵”が……」
「押し敗けてまう……〇〇さんに……」
「あっははははww」
「『ドワァー!!』吹っ飛ばされてまう……」
「あはははっ、『目をつむったら名曲なのに……』みたいなww」
ともかく、鬼かっこええオープニングを頂いて、ほんまに嬉しいんや。
こーなりゃ、とことんやるっきゃ無いで。
よっしゃ!ほな、やったるで!
スタッフ一同、アニメ放送へ向けて、いい意味で発奮していたのだった。
「やっぱ、工場地帯は外せへんねん」
「工場地帯、いいですよねぇ」
「工場地帯の、ええカンジの“止め絵”とかで誤魔化してナァ(笑)」
「あははっ、予算ないのをねぇ、いい感じに誤魔化してねぇww」
「『工場地帯やでぇ、かっこええでぇ~』って、気をそらしてもろてなァ(笑)」
タマルさんカタクラくんは、廃墟とおなじく、工場地帯にもロマンが燃えるのだ。
「ほんで、チョチョチョ~っと伏線盛ってなァ」
「おお……オープニングに伏線が、っていう?」
“オープニングのさりげない描写が実は伏線だった”というのも、アニメのお約束の1つなのだ。
「『ネタバレやけどネタバレやない、実はちょぉネタバレ』ってな伏線を、チョチョ~っと異物混入させんねん(笑)」
「あはははっ、異物混入www」
起承転結の鍵たる『伏線』を、『異物混入』と言い切るタマルさんに、カタクラくんは軽くツボる。
「実際、『分かりそうで分からない』っていうの、徹底してますよねぇ」
「ほんまにィ?」
「うん。『この先どうなる!?』っていうか、起承転結が読めないのが作風っていうか」
「ほんまにィ~?(笑)」
「あはははっ」
噴きだすカタクラくんに、タマルさんはすっとぼけた。
「ほな、スタジオ戻ろかァ」
「そうですねぇ」
タマルさんとカタクラくんは、ベンチから立ち上がった。
「また、新しいの作りたなってきたなァ。透明なカメとかエイとか、フワーッて空泳いどんねん」
「まず『蟲』からですよー」
監督と作画監督は、アニメ制作へ戻っていった。
────宵闇が底知れない、廃墟となったビル街。
不気味に吹きすさぶ夜風のなか、2つの人影が降り立っていた。
「き、来ちゃい、ましたね……はわわ……」
「目標を視認。これより行動を開始する」
田丸と片倉は、黒い夜霧の向こうの『巨影』を見つめた。
ゆっくりと蠢く『巨影』は、どこか神秘的に空気を揺らめかせていた。
「あれが『12こ』あるんですね……1クールぶん……」
「地上波放送までの任務だ。職務を全うしろ」
冷徹に命じる片倉に、田丸は苦笑した。
「アハハ……まあ、楽しいんですけどね」
2人は、それぞれ得物を展開。鮮やかなヒカリを散らして振りかざした。