続・ドラコルルの冒険 - ②「あの、徒歩でよろしいので?車を拾えば早いのでは……」
「順番待ちが面倒だ。金も掛かる」
くすんだレッドの瓦屋根──土産物屋・飲食店がずらりと並び、賑わいが渾沌と満ちている。
「旦那ァー、名物のヒノト米酒があるよー」
「よぉご主人、嫁さんに光りモン買って来なー」
乾燥した空気の雑踏、ガヤガヤ声が飛び交う、大通り。
店主・呼び子の威勢の良い声を、我関せずと流し、人波を追い越す。
元・組織の長官だけあって、懐はかなり豊かなのだが、わりと質素、我欲も薄く、サイフの紐も硬いドラコルルだ。
(なのに5つ星ホテルは利用するのか…………)
ドラコルルの1歩後ろで、何とも言えず首を捻る。
副官も、それなりに給与は良いのだが、どちらかと言えば、一般庶民寄りの金銭感覚と物欲だ。
だが、この元・上官は、かなりの高給取り(だった)で、なのに私生活は質素、かと思えば目玉が飛び出るような出費をシレッとやる。
(分からん……いまだに何を考えておられるのか分からん……)
(これが『旅行の価値観の違い』って奴なのか?……アレ??そもそも旅行なのかコレ???)
釈然としない心地を払い、リュックを背負い直す。
(俺は…………否、自分は断じて、このお方から離れる訳には行かん)
副官は、1歩前の、黒い背を睨む。
(必ずや連れ戻すと……パピと、否……パピ大統領閣下とお約束したのだッ!)
「辞表を提出致します」
ピリカ共和星・統合軍事組織ピシア長官ドラコルルは、小さなデバイスを差し出した。
「話は聞いている」
大きく、澄んだ、翡翠色の目の子供───パピ大統領がデスクの対岸から見つめる。
「兵器製造・研究開発などの機密データ、政・財・軍界、星外とのコネや、宇宙情勢の諸々の極秘情報、未来予測など」
立体ホログラムで、緻密な文章・複雑なグラフや数値データが入り混じる表、立体データ群などを表示させる。
「多岐にわたる情報を、人員に事細かに伝達し、見本や雛形、非常時のマニュアルなども作成したのはお前だな」
「よくご存じで」
「お前が数か月前まで、ピシア長官として運用していた全てか」
ホログラムを切り、そのサングラスの奥の目を、透かそうと見上げる。
「私はこれからも、この星の為に、お前の力を貸して欲しい。それでも意思は変わらないか?」
「そうですよッ!それもせっかくパピ様が新たな役職に任命して下さったのを辞退するなんてッ!」
ロコロコが、怒涛の勢いで口を挟む。
「大ッッッ体ボクは最初ッから反対だったのですよッ!?
「〇〇星系派の裁判官・弁護士のせいで情状酌量が認められちゃった上に、事実上の無罪放免で職務に復帰ってッ!!
「ですがパピ様が『構わない』とおっしゃるから納得して、あなたが再び表舞台に立つのを不本意ながら認めたのですよッ!なのにそれを断ったあげく辞職したいってど~~~ゆうおつもりですかぁッ!?」
「ロコロコ、どうどう」
ポイッとパピが骨のおもちゃを放ると、キャイン!と飛びついて遊び出した。
……気を取り直して。
「ドラコルル。お言葉ですが」
パピ大統領の姉、ピイナ補佐官が口を開く。
「貴方、ご自身が選べる立場とでもお思いですか?」
美しい青玉色の目が、ドラコルルを睨む。
「貴方は…………『あの男』の右腕として、あの最悪な独裁政治を推進したのですよ?
「陸・海・空の軍事を身勝手に掌握し、秘密警察を指揮して多くの人を傷つけたのも貴方。
「マスメディアに圧力を掛け、歪んだ偏向報道を繰り返させたのも貴方。都合のいい法律を増やすよう圧力をかけ、人々から自由を奪い続けたのも貴方。
「貴方は、ピリカの人々を地獄に突き落としたのです。お分かり?ピシアの罪は貴方の罪。貴方は大罪人なのよ」
語気を、目つきを鋭くした。
「貴方に恥や罪悪感の1つでもお有りなら、その罪を恥じ、その身をもってこの星の為に尽くし、償い生きるべきだと思わないの?
「それとも…………そんなにこの星のために働くのがお嫌なの?貴方が、どんな主義をお持ちでしょうが貴方の勝手ですが、それでは筋が通らないとは思わないの?」
「少し、違いますな」
と、ドラコルル。
「私はピリカを愛しております。ピリカ人である事は誇りです。ただ…………どうでも良くなったのだ」
一瞬、無感情な声が、落ちた。
「軍事組織の指揮官として、我が星を守護する軍人として、私なりの正義と覚悟で、すべてに身を捧げて来たつもりです」
サングラスの奥の目が、遠くを見た。
「だが……貴方がたに、あの『チキュウ人』に敗北し、すべてどうでも良くなった」
薄く嗤い、肩をすくめる。
「興味が無いのだよ。我が星がこの先どうなろうと、貴方がたがどんな政治改革を行おうと、知った事ではない」
踵を返し、背を向けた。
「好きなようにすれば良い。私も好きにする」
「…………卑怯者」
ピイナの厳しい声に、くるりと反転して腕を広げ、揶揄った。
「ああ。卑怯者だよ。何か?」
睨む監視員に、「星の光を」と挨拶を放り、立ち去った。
「何故ですかッ!?何故辞表など出されたのですかッ!?」
「理由など無い。さっさと帰れ」
ドラコルルの邸宅まで押し掛けた副官を、ほぼ無視して歩き回る。
絨毯が敷かれ、重厚な家具や、本棚、ピアノなどがすえられた談話室。
業者たちに、あれこれ指示を出し、床に無造作に廃棄物が投げ重ねられていった。
「説明になってませんッ!確かにあの裁判はどう考えても不正判決でしたけど、結果的に軽い刑だけで済んだじゃないですかッ!」
崩れた口調のまま訴える。
「長官ッ!どうかお考え直し下さい!貴方ほど指揮や、情報運用に長けた方は居りません!
「我々には貴方が必要なんですッ!『あの男』も消え、政権はパピに戻り、兵士たちも大きな不安を抱えています!長官殿ッ!貴方が指揮官として上に立たれている事こそが、兵士たちの誇りや心の支えと……」
「私はもう、ピシア長官では無い」
冷たく叩きつけた。
「お前も既に、私の『副官』では無い。赤の他人だ」
唖然とする副官に、やっと向き直る。
「新たに発足される組織に、お前を推薦して置いた。『お慶び申し上げます。出世街道でございますな』」
皮肉げに言い捨て、横をすり抜けた。
「話は終わりだ。帰れ」
「…………貴方は…………今でも自分たちの長官殿です」
「なら、さっさと忘れる事だな」
何事か?、と顔を見合わせる業者をよそに、ドラコルルは邸宅の管理人と共に、扉を出て行ってしまった。
「…………そんな……」
寒々しい空間に、副官は取り残された。
その晩、副官は1人、飲んだくれた。
「ぅいっく……なんだよ……なんらってんらよぉ……」
酔うためだけに、度数の高い酒をあおりまくる。
まったく気分が晴れない。
ズブズブと最悪の心地だった。
「あんにゃろう……けっこうながいつきあいだったじゃん……なのにいまさらこのしうち……?そんなていどのなかだったのかよぉ……」
仮にも元・上官を『あんにゃろう』呼ばわりでブツブツと愚図りまくる。
と、甲高い通信音が入る。
「ふぁい、こちらふくかん……ようがあんならかってにしゃべれー……」
『夜分遅くに失礼する。ピリカ共和星大統領のパピだ』
「はッッッ!?!?!?」
跳ぶように立ち上がり、膝を思いっきり強打して激痛にのたうった。
タクシーで官邸へ急行した。
車を飛び出し……気に食わない相手だが、星を治める者への礼節の基として裾・襟元を整える。
身分証の画面を提示し、検問をすり抜け、部屋に向かう。
「失礼致します。統合軍事組織ピシア副官、到着致しました」
「入れ」
広い執務室には、デスクに座するパピ大統領、ついでにロコロコが居た。
豪奢な造りながら、必要最低限の調度品のみのシンプルな部屋だった。
出窓のプランターに咲いた花には、柔く月光がそそいでいた。
「酒くさッッッ!!アナタどんッだけ飲んでたんですかッ!?」
「…………申し訳ありません」
ロコロコの素っ頓狂な声に、気まずく一歩下がる。
「副官。単刀直入に言おう」
パピ大統領が口を開く。
「君とドラコルルは、部下と上官であると共に、親しい友人でもあると聞く」
「…………そうでは…………ありませんでした」
沈んだ声が落ちる。
「ドラコルルは、X月X日、〇〇星系行きの宇宙便で立つらしい」
「なッ…………X日って、もう時間無いじゃありませんか!?」
驚いて声をあげる。
パピ大統領が、目を伏せる。
「この星に失望したのか、彼なりの自身の始末なのか。それは彼にしか分からない」
「…………」
何となく分かっていた。
『彼』の行動・言動から、母国を捨て、何処ぞへと失せよう、と意思が。
まさか、こうも早くそれが突き付けられようなんて。
「副官。君に任務を与えたい」
「、任務……?」
怪訝な顔の副官に、パピ大統領は言った。
「ドラコルルの道程に、君も同行して欲しい」
「えッ……!?」
目を見開く。
「彼は、この星を捨て、独り、何処かへ消えようとしている。だが、そうはさせないで欲しい」
パピ大統領が見つめる。
「ドラコルルは、たまに『部下』の話をしていた」
「えッ……?」
「『多少アホでも頼りになる者は居る』、『部下からの信頼が厚い者が居て助かる』などだ」
パピ大統領が、微笑む。
「きっと君の事だろう」
「ッ……」
「君が側に居てくれれば、きっと気が変わるはずだ」
副官は、うつむく。
「…………良い……のですか?我々は…………」
数か月前の記憶に、罪悪感が燻ぶる。
星を守る者としての政治生命を、1人の人間としての権利を、1人の子供としての安全を。
使えるすべてで、このパピ大統領を追い詰めた。
その事実が……今になって、突きつけられた。
「…………星に残された影響や、人々の感情……懸念はいろいろ有るが」
パピ大統領が、手を組んで言う。
「だからこそ私は、『彼』には星を守る者で居続けて欲しい。これからは、正しいやり方で」
「大、統領……」
「勘違いなさらないで下さいよッ!?決ッッッして許したワケではございませんからねッ!!」
ロコロコが口を挟む。
「ぶっちゃけ『彼』ほど優秀で影響力がある方が他に居られないってダケのお話ですからねッ!まったくあれで性格がマモトならどんッッなに良かっ(ry)」
「副官」
ロコロコに骨のおもちゃを放り、「キャイン!」と遊び出したところで、パピ大統領は向き直った。
「『彼』を。ドラコルルを引き戻したい。その為に、君が必要なんだよ」
副官の前には、星を守る者たる、正義の光を目に宿した人が、微笑んでいる。
「パピ……大統領閣下……!!」
涙が溢れたまま、ビシッ!と最敬礼をとった。
(裏切るような形になって申し訳ありません……ですが、もはや手段は選べませんッ。貴方だって手段を選ばないお方だったでしょうッ?)
色んな感情が絡み、かすかに涙が滲む。
(ドラコルル長官殿…………何があろうと、貴方は自分の長官殿ですッ。これまでのように、これからもッ)
責めるような気持ちで、その背を見つめた。
(必ずや、自分が長官殿をお連れ致します。何としてでも、あの愛する星へ共にお帰り頂きますッ)
(必ずや……必ずやッ!!)
(…………などと、暑ッ苦しくやっているのだろうな)
後ろから睨めつける視線に、ドラコルルは、肩をすくめた。
(バカな奴だ…………私なんぞ、さっさと捨ててパピや、ゲンブの為に忠義を尽くす事が1番の幸福だろうに)
乾いた風が、頬を何度も引っ掻く。
(適当な所でコイツを撒いて、さっさと消えてしまおう)
ドラコルルの頭には、何処までも、孤独で無機質な考えしか無かった。
遠くから、錆びて色褪せたような、石造りの建造物の先端が顔を出した。