二つにひとつ「お前が選べ」
マトリフの言葉に、アバンは机に置かれた二つの箱を見下ろす。二人は机を挟んで向かい合っていた。机には二つの箱が並んでいる。アバンはその箱をじっと見つめた。
「どちらが本物だと思いますか」
机に並んだ二つの箱は、全く同じ見た目であった。手のひらに乗るほどの大きさで、簡単な作りでありながら、どことなく不吉な雰囲気を感じる。
とある魔族の魂が入れられたという箱がアバンの元に届けられたのは今朝のことだった。それは南方の小さな村にずっと昔から祀られていたものなのだが、連日の豪雨で祠が壊れ、祀られていた箱が外へ出てきたのだという。それ以来、村では不吉な出来事が起こり、村長はその箱の対処をアバンに依頼した。
アバンはその箱を再び封印しようとしたのだが、それは不可能に近かった。
箱は二つある。ひとつが本物で、もうひとつは偽物だ。二つは引き離すことが出来ず、封印するなら二つを同じ場所にしなければならない。だがあまりにも強力なため、一人で二つを同時に封印することが困難だった。しかもこの二つの箱はただ結界が張られた状態で、邪気が漏れ出している。早く封印しなければ、箱の結界すら破られてしまうだろう。
アバンは箱を持ってマトリフを訪れた。マトリフはアバンが持った箱を見た途端に、厄介な物を持ち込んだと言わんばかりに顔を歪めた。
アバンの説明を聞いて、マトリフはひとつなら封印できると言った。アバンもそう思ったからこそマトリフを訪ねたのだ。二人で同時に封印する。マトリフとならそれが可能で、尚且つ同じ答えを導き出すと思っていた。
では、どちらがどの箱を封印するか。二人はそれを決めあぐねていた。ひとつは本物の、強力な魔力を有する魔族の魂が封印された箱。もうひとつはただの空っぽの箱。だがこちらも、長い年月を本物の箱と共にあったために邪気を帯びている。二つは見分けがつかなかった。
マトリフはアバンに選べと言った。どちらが本物か知る術はない。だったら、好きな方を選べというのだ。
アバンは改めて箱を見る。見た目は同じだが、やはりより強く邪気を感じる方がある。しかし断言できるほどではない。それすら含めた罠なのかもしれなかった。
「どちらが本物だと思いますか」
本物のほうがより高度な封印になる。やはり破邪の呪文が得意な自分が本物を封印すべきだろうとアバンは思う。それはマトリフも同じ考えのはずだ。
マトリフは組んでいた腕を崩して片手を伸ばした。血管の浮き出た骨張った指が、片方の箱を差し示す。それを見ながらアバンは頷いた。アバンも同じ意見だったからだ。
「では私がそれを封印します」
「オレがやる」
マトリフが箱を手に取ったので、アバンはその手を掴んで止めた。もし封印に失敗したら、術者に災難が降りかかる。箱の結界が解ける恐れもあった。マトリフの実力を疑ってはいないが、もし万が一失敗したら命さえ失ってしまう。
「そんな顔するくらいなら自分で選べよ」
マトリフの呆れたような声に、つい癖で笑みを浮かべる。その形だけの笑みを見てマトリフは更にため息をついた。
「どっちが本物かなんてわかんねえだろ」
「破邪の呪文は私の専門です。やはり私がこれを封印しましょう」
アバンはマトリフの手から箱を取る。やはり最初から選んでおけばよかった。そうしなかったのは、やはりこの老魔道士に対して甘えているからだろう。
「もしお前が失敗したら、オレは一人で封印なんて出来ねえぞ」
マトリフは自分の破邪の呪文がアバンに劣るとわかっている。最悪の事態を想定するなら、アバンが生き残る選択をするべきだった。もしマトリフが封印に失敗しても、アバンなら一人で封印することが出来るかもしれない。だが逆はなかった。
「私は失敗なんてしませんよ」
「他人の犠牲を怖がってたら、いい判断なんて出来ねえぞ」
「いいじゃないですか。サクッとやっちゃいましょう」
場の空気を払拭するように明るい声を出すが、それすらも空元気のようになる。やはりこの人の前では青二才になってしまう自分をアバンは感じていた。