きょう何食べた?「スライムのスープは好きじゃねえって言っただろ」
マトリフは湯気を上げる皿を見つめて不満を言った。この独特な匂いは間違いなくスライムスープで、色からすると材料はスライムベスだろう。どろどろしたスープは夕焼けのような色をしていた。
「栄養があるのだから好き嫌いせずに食べないと」
そう言うガンガディアは白いエプロンをつけておたまを持っている。ガンガディアはマトリフのために毎日せっせと食事を作っていた。使われる材料は魔物で、手に入りやすいスライムはスープになってよく食卓に並んでいた。
マトリフは口を曲げてスプーンを持つ。スライムスープは匂いが独特なだけで味は悪くはない。だが匂いは重要だ。そこで美味しさが左右されるといっても過言ではない。
「別に魔物ばっか食わなくたっていいだろ」
マトリフはスプーンをフォークに持ち替えて、おばけきのこのソテーを突く。これは美味いんだよなと思いながら口に運べば、ジューシーで良い香りが口いっぱいに広がった。
「少しでも栄養価の高いものをあなたに食べて貰いたい」
「わかってるけどよ。魚とかでいいじゃねえか。野菜だって育ててるんだし」
ガンガディアの食へのこだわりは強く、野菜も自ら耕した畑で育てている。魚を獲ってくる日もあるが、食事に出るのは魔物が多かった。
ガンガディアの言うように魔物のほうが栄養価は高い。マトリフだって冒険中に食事に困って魔物を食べたこともある。だが他に食べるものがあるときに選んで魔物を食べたりはしなかった。だがガンガディアに食事の面倒を見てもらってから体の調子が良いのもまた事実だった。
マトリフは息を止めてスライムスープを啜る。どろどろとした液体が喉を通っていった。
「おまえも食えばいいのに」
マトリフはスープを飲み干してから言った。ガンガディアが作るのはマトリフ一人分の食事で、ガンガディアのものはない。
「私は結構だ」
ガンガディアは食事をする姿をマトリフに見せたがらなかった。ガンガディアは人間のように料理されたものを食べるのではなく、そのまま食べるという。そんな原始的な食事をマトリフには見られたくないのだというが、マトリフからすれば今さらそんな姿を見たところで嫌いになんてなるわけがなかった。
その日は風が冷たい日だった。ガンガディアは少し出てくると言ったきり帰ってこない。マトリフは暖炉に木を焚べながら、腹を空かせていた。
だがマトリフは腹が減ったことよりもガンガディアのことが気がかりだった。ガンガディアが食事の時間に戻ってこないことなんて今までになかったからだ。
マトリフは洞窟を出てあたりを見渡す。ガンガディアの魔力を辿りながら森のほうへと飛んだ。
やがてマトリフは薄暗い森の中に降り立った。ガンガディアの魔力を濃く感じるから居場所は近いだろう。そのまま辺りを見渡しながら歩く。
すると風に乗って血生臭い匂いが流れてきた。それを辿って歩くと匂いはきつくなっていく。マトリフは思わず口元を手で覆った。その匂いだけで吐き気を感じて嘔吐しそうだった。
マトリフは草木をかき分けた。その先にあった光景に息を呑む。
ガンガディアは一心に何かを食べていた。ガンガディアはそれを大きな手で持って、口を大きく開け、はらわたを食いちぎっている。破れた腹は血を滴らせ、湯気をあげていた。
「……大魔道士」
ガンガディアはマトリフに気付いて慌ててそれを背に隠した。だがそれが何であるのかマトリフにはわかっていた。
「隠さなくていい。食ってたんだろ。人間を」
地面に広がった真っ赤な血溜まりと、隠しきれていない手脚が力無くぶら下がっている。服装からして若い村人だろう。
「これは」
「わかってる。ただの食事だろ。とやかく言うつもりはねえよ」
人間が魔物を食べるように、魔物だって人間を食べる。トロルが元から人間を好んで食べることをマトリフだって知っていた。
「私は……あなたを食べない……信じてくれ」
ガンガディアは赤黒く染まった口元を拭う。漂ってくる匂いに胃液が迫り上がってきた。口に溜まった唾液をなんとか飲み込みながら、いつか自分の腹が食い破られる姿を想像する。
食われたっていいと言ったらガンガディアはどんな顔をするだろうか。マトリフは腹を撫でる。ああ、腹が減った。