師匠と朝寝がしてみたい「ここにいたのかよぉ」
ポップの声は早朝の酒場に響いた。昨夜の酒の匂いが充満した空気が、ポップが扉を開けたことで外へと流れていく。
カウンターに顔を伏せていたマトリフは、通りのいい弟子の声に瞼を上げた。だが眩しい朝日にすぐ目を閉じる。
「なあ師匠!」
ポップはマトリフの肩を揺さぶったが、マトリフは呻き声を上げただけだった。
「潰れるまで飲むなって言ったじゃん」
ポップはマトリフのそばにあったグラスに残った酒を見て顔を顰めた。ポップは懐を探ると財布を出す。
「すんません、お勘定を」
「もう頂いております」
酒場のマスターは店仕舞いの準備をしながら言った。ポップは財布を戻すとマトリフの腕を掴む。
「お世話様でした。次にこの人が来ても飲ませないでもらえます?」
「余計なこと言うんじゃねえ」
「ちったぁ自分の体のこと考えろって」
「適量しか飲んでねえよ」
マトリフがあまりにも酒を飲むからポップは洞窟にあった酒を全部処分した。そうしたらマトリフはポップに何も言わずに酒を飲みに出てしまったのだった。
マスターはポップの言葉に苦笑して頷いたが、きっとマトリフが来れば押し切られて酒瓶の蓋を開けるのだろう。口先で相手を丸め込むのが得意なマトリフは、その気になったら王様からでも酒を注がせそうだ。
ポップはマトリフに肩を貸して立ち上がらせた。途端に匂った酒の香りに鼻に皺を寄せる。ポップも成人したとはいえ、酒は強いほうではなかった。マトリフがここまでして酒を飲みたがるのが不思議でしょうがない。
「ほら師匠、しっかりしてくれよ」
ポップは少し屈みながらゆっくりと歩く。持った手首も手を回した腰も、老人の細いそれだった。ポップは魔法使いとはいえ鍛えていたからマトリフを担ぐことぐらいできる。だがそれをするとマトリフが嫌がるから肩を貸すだけにした。
「じゃあ洞窟に帰るぜ」
酒場から出たポップはルーラを唱えようとしたが、ポップの服をマトリフが掴んだ。
「ルーラしたら吐く」
マトリフは酒の抜けきっていない赤い目でポップを見た。そのくせ顔色は悪く、いますぐにでも飲んだ酒を地面へとぶち撒けそうだった。
「なにが適量しか飲んでねえだ。しっかり二日酔いになってんじゃねえか!」
「静かに喋れねえのか。頭に響く」
ポップは長いため息をつくと宿屋に向かった。宿屋の主人は早朝の客に迷惑そうにしたものの、部屋へと案内してくれた。
ポップはマトリフをベッドに下ろして窓を開けた。早朝の澄んだ空気を吸い込んでほっとする。
「寒みぃよ」
「はいはい」
ポップは窓を閉めてマトリフを見た。マトリフは髪をかき上げてぼんやりと天井を見上げている。いつもは後ろへと撫でつけた髪はすっかり崩れていた。
「おめえは帰るのか」
マトリフがぽつりとつぶやいた。ポップはベッドに腰掛ける。
「おれにいて欲しい?」
マトリフは答えずに寝返りをうってポップに背を向けた。ポップはその背を追いかけるようにベッドに乗り上げる。ベッドが軋んだ音を立て、二人の体重を受け止めた。ポップはマトリフの肩に手を置いて顔を覗き込んだ。
「おれにいて欲しい?」
二度目の問いにマトリフは目線だけをポップにやった。そして否と言うように目を閉じる。
ポップはマトリフの唇と頬の境目あたりに口づけを落とした。そして肩口に頬を擦り寄せる。
「酒くさ」
「わかっててやったんだろうが」
ポップは声を立てて笑うとマトリフの横に体を滑り込ませた。