ありのままのあなたがすきだから マトリフは自分の身体を見下ろす。寝巻きをはだけさせれば、記憶にある若い頃の身体があった。体格こそさほど変わらないが、修行で鍛えていた筋肉もあるし、肌にもハリがあった。
マトリフはモシャスを使って若い頃の自分へと化けていた。それもこれも、弟子であるポップのためである。
ポップと師弟の壁を越えたのはつい先日のことだ。それ以前からポップには好きだと伝えられていたが、マトリフは応えていなかった。だが押し切られるように、というよりも、マトリフ自身がポップを欲しくなって、その気持ちを抑えきれなくなって手を出した。
そのときはキスだけで終わったが、ポップからもっと先に進みたいと言われた。マトリフはもう拒む気はない。壁はもう越えてしまったのだからポップの望みを叶えてやりたかった。
そのためのモシャスである。ポップはやっと成人したばかりという若者だ。体力も性欲も有り余っている。それに付き合うならマトリフも若くなければと思ったのだ。
「師匠〜お待たせ」
弾んだポップの声が洞窟に響く。マトリフは出迎えるために寝室を出た。
ガシャーーン
洞窟にガラス瓶の割れる音が響く。ポップが持っていたガラス瓶を落としたようだった。ポップはマトリフを見て目を見開いている。
「あーあ。割れちまってんじゃねえか」
いくらか高くなった声で言う。老人特有のしわがれた声も、青年のものへと変わっていた。
「し、師匠?」
「なんだよ、この姿見てビビったのか?」
「びっくりしたんだよ! なんで若返ってんだ!?」
「なんでって、ヤルために決まってんだろ」
マトリフはポップが落としたガラス瓶を拾い集める。中身は粘着質な液体だった。特有の甘い匂いがする。それが潤滑油であるとマトリフはすぐに気がついた。自分で用意してくるとは可愛いじゃねえかと笑みを浮かべる。これは使えないが、マトリフが準備しておいたものがあるから大丈夫だ。
ポップはぽかんと口を開けたままマトリフを見ている。マトリフは呆れたように肩をすくめた。
「なに間抜け面してんだよ。今さら怖気づいたのか? それともオレに見惚れてんのか?」
ケケケと挑発するように笑えば、ポップはくしゃりと顔を歪めた。
「ジジイのほうがいい」
「はあ?」
「オレは元のままの師匠がいいんだよ」
ポップはなぜか泣きそうな顔をしている。マトリフはわけがわからなくて呆れた。
「何言ってやがる。元の身体でどうやって抱けってんだ」
「オレが師匠を抱くんだよ」
「は?」
「え?」
「逆だろ」
「合ってるけど?」
二人の間の沈黙が落ちる。マトリフの額にじわりと汗が浮かんだ。
「お前、野郎同士のセックスの意味わかってんのか?」
「オレが師匠に挿れる」
「嘘だろお前! 正気か!?」
マトリフは大きく後退った。マトリフはてっきり自分が抱く側だと思い込んでいた。ポップはなぜか照れた顔で両手の人差し指同士を合わせでモジモジとしている。
「オレは今の師匠を好きになったからそのままの姿がいいっていうか」
「お前、爺専かよ!?」
「師匠のせいだからな。責任取ってくれよ」
きゅうん、と子犬のような目でポップはマトリフを見てくる。マトリフは後退るが、背は壁へとついてしまった。
「な? モシャス解いてくれよ」
いつの間にかポップが目前へと迫っていた。鼻先が触れ合うほど顔が近い。その表情はマトリフが知っている子供っぽいものではなかった。
「キスしていい?」
緩んだ口元が言葉を囁く。その唇は今にもマトリフに触れそうだった。向けられる黒く潤んだ瞳がマトリフを追い詰めていく。
「タイム」
マトリフはポップを押し除けた。
「え、師匠?」
「タイムって言ったらタイムなんだよ!」
マトリフは逃げ出した。若い脚は地を蹴り洞窟の外へと飛び出す。マトリフは空が見えた瞬間にルーラを唱えた。
「させるかッ!」
ポップも食いつく。マトリフのルーラを追いかけるようにポップもルーラで飛んだ。大魔道士同士による追いかけっこはまるで流れ星のように各国の空を横切っていった。