オクノマまとめ口説く
「やあノーマン、それともゴブリンかな?」
本当は彼がゴブリンだと知っていたのだが、私は伺うように言った。日当たりのいい窓辺に座っていたゴブリンは胡乱な眼差しを私に向けてくる。
「だったら悪いかよ」
ゴブリンは気に入りのフードを目深に被っていた。こちらの世界に帰ってきてからゴブリンは大人しい。それほどあの薬が強かったということだろうか。
「ノーマンは?」
「ノーマンならしばらく出てこないぞ」
「何かあったか?」
今でもノーマンとゴブリンは一つの体を共有している。最近ではノーマンがゴブリンに体を明け渡すことが多かった。
「知らねえ。疲れたんだとよ」
ゴブリンは会話をするのが嫌だというように顔を背けた。ノーマンのことでゴブリンが知らないことなどないのに、下手な嘘をつく。しかしそれもノーマンのためなのだろう。
「もしよかったらノーマンに伝言を頼めるだろうか」
私は構わずゴブリンの隣に腰掛けた。ゴブリンはフードをさらに下げてしまう。
「良い茶を手に入れてね。君が好きだと言っていたものだよ。よかったら飲みに出てこないか」
「ドーナツは?」
「もちろんある。ノーマンに伝えてくれるかい? 君はノーマンを口説くのが得意だろう」
半分は世辞だったが、半分は本気だった。ノーマンはゴブリンの言葉を、悪いことも含めてよく聞く。世辞があからさま過ぎたかと思ったが、ゴブリンは満更でもないように口に端を歪めて笑っていた。
「しょうがねえな」
ゴブリンは少し瞼を下げた。意識に潜っているのだろうかと私は勝手に想像する。二人だけのやり取りは声を使わないことも多いので、私がそれを聞くことはできなかった。
次に目を開けた瞬間に、彼がノーマンであるとすぐにわかった。表情がまるで違うからだ。被っていたフードがさっと払われる。
「ノーマン?」
私はつい訊いてしまう。するとノーマンは少し気恥ずかしそうに頷くのだ。
私は買ってきた茶の説明をしながら彼をテーブルまで連れていく。存在感のあるドーナツの箱をノーマンが見逃すはずがなかった。ノーマンはいそいそと席について箱の中身をチェックしている。私は沸いた湯をポットへと注いだ。
「半分食べたらゴブリンに変わるよ」
既にドーナツにかぶりつきながらノーマンが言う。ポットからは独特な甘い香りが立ち上っていた。ノーマンはドーナツの箱に手を入れて、皿にせっせとドーナツを移している。どうやらそちらがゴブリンのドーナツらしい。
「その茶は彼も好きだから」
ノーマンは今はいない片割れを思ってか切なそうに笑う。その視線もその言葉もゴブリンには筒抜けだ。きっとゴブリンが意識の中でうるさく言っているだろう。
私はポットとカップを乗せたトレイを持ってノーマンの隣に座る。
「じゃあ変わる前にその砂糖まみれの唇にキスをしても?」
手の甲にそっと触れる。彼の歩んできたものが全て刻まれた愛おしい手だ。
「今は食べてるんだ。後にしてくれないか」
「まったく、ドーナツを食べている時の君ときたら」
私は肩をすくめてポットを手に取った。やはり私は口説くのが下手だ。カップに注いだ琥珀色の茶が私のサングラスを曇らせていた。
秘密
待ち合わせ場所にノーマンはいなかった。私はまた場所を勘違いしたのかと思ってあたりを見渡す。大学の構内の芝生の、いつもの場所だと約束したはずだ。そこはまだ若い一本の木が小さな影を作っており、その木陰の小ささからあまり人気がない場所だった。
その木陰に腰を下ろす。私が待ち合わせ場所を間違うのはいつもの事だし、ノーマンが私を探すほうが早い。私はこの場所で彼を待つことにした。
今日は季節の割には暖かかった。陽射しが当たると暑いほどで、木陰に入ると心地よかった。私は荷物から本を取り出して開く。思考はすぐに本へと没入していった。
どれほど経ったか、ふと視界に見慣れた靴が入ってきた。それがノーマンだと気づいて顔を上げる。
「やあ」
私は待ち合わせ場所を間違えたことを詫びようとしたが言葉に詰まった。ノーマンの頬に殴られた跡があったからだ。ノーマンは不貞腐れた顔をしている。それは拗ねているというより、強がっているように見えた。
「どうしたんだいノーマン」
私はノーマンの手を引いて座らせた。ノーマンは「別に」と素っ気なく言う。私はノーマンの口の端に触れた。そこは切れて血が滲んでいる。
「怪我しているじゃないか。また喧嘩を?」
前にもノーマンは殴り合いをした事があった。ノーマンはときどき頭に血が上ると歯止めが効かなくなる。
「向こうが因縁をつけてきたからだ」
ノーマンはペロリと舌先で傷口を舐めた。それが痛かったのか眉をしかめる。私は殴られた頬を診察するようにじっと見つめた。
「明日には腫れてしまうぞ。はやく冷やさないと」
「よせよ、これくらい」
ノーマンは垂れてきた前髪を鬱陶しそうにかき上げた。その仕草には人を惹きつけるものがある。ノーマンはそれを狙ってしているわけではないのだろうが、私は吸い込まれるようにノーマンを見つめた。
「あいつらが悪いのさ。言い負かされて腹が立って、頭じゃ敵わないから拳で黙らせようとしたんだ」
「今度はどんな理由で喧嘩になったんだい」
「なんだっていいさ、理由なんて」
ノーマンは言いたくないとばかりに顔を背けて手を振った。その手の赤くなっている。私はその手をとって両手で包んだ。どうやらノーマンも殴り返したらしい。
「まったく、君は賢いのに愚かだよ」
「どういう意味だよ」
私はそれには答えずに立ち上がった。ノーマンが手を出すほど怒るのは、彼自身を侮辱された時ではない。彼は彼自身の価値を理解しており、取るに足りない他人の評価など歯牙にもかけないからだ。だから今日の喧嘩の理由はおそらく私のことだろう。前も私の事を揶揄われて喧嘩になっていた。私はノーマンに庇われるようなことを嬉しいとは思わないが、ノーマンが怪我をするのは困ったことだった。
「私の部屋でいいだろう。冷蔵庫に氷くらいはあったはずだから」
「その前に腹ごしらえさ。待ち合わせ場所を間違えた誰かさんを探し回って腹ペコなんだよ」
「そのやんちゃな頬を冷やすのが先だよ食いしん坊」
腫れてきた頬を指先で突いてやれば、ノーマンは大袈裟に痛がってみせた。ノーマンは仕返しとばかりに私に体当たりする。だが私にとってその身体を受け止めるのなんて簡単だった。そのまま肩に手を回して抵抗を防ぐ。
「さあ大人しくついてこい」
「はは、降参だよオットー」
ようやく笑ったノーマンと一緒に歩き出す。あとでノーマンを殴った誰かさんをそれとなく聞き出そう。私もノーマンには秘密で、その人たちに話がある。
好奇心
ノーマンは好奇心が強い。でなければ自らを実験台にはしなかっただろう。あれが欲だけの行動だとは思えない。自分が作ったものへの絶対的な自信と、その成果を見たいという強い好奇心。会社の危機など、踏み出すきっかけに過ぎなかったはずだ。その結果が目も当てられないもので、呆気なく死んでしまったとしてもだ。我が友のノーマン・オズボーンは欲に駆られて道を道を踏み外すほど愚かな男ではない。
そしてその好奇心が強い、死んだはずのノーマンは興味深そうにロボットアームを見ていた。別の世界のピーターに連れられて来た、小洒落た部屋のダイニングに置かれたロボットアームを。
「ブリトー食べたい」
ノーマンは呑気に言った。その様子が昔のノーマンのようで、ふと懐かしさを覚える。いや、あれはフリだ。ああやって周りを騙しているんだ。あいつは成り上がりのノーマンだ。自分の正義よりも金を選んだ。騙されるものか。
私は自分のアームに拘束されて動けないが、他の連中は自由にくつろいでいる。とりあえず食事をしようという流れなのか、みんなが冷蔵庫を覗き込んでいる。電子レンジが軽快な音を立てて、いい匂いが漂ってきた。
「ひとついるか?」
ブリトーを手に持ったノーマンがそばに来た。
「君が食べるんだろう」
「二個入りだったから、ひとつやる」
「いらない」
ブリトーなんかで懐柔する気か。そんな冷凍の、二個入りの、パッケージの写真と全然違うブリトーなんかで。
「あっそう」
ノーマンはあっさりブリトーを引っ込めると行ってしまった。もう少し勧めてくれてもいいじゃないか。私はこの世界に来てから何も食べていないんだ。正直とてもお腹が空いている。いや、私が空腹であることを知りながら、ああやってブリトーを食べる姿を見せているんだ。あんなに美味しそうに、かぶりついて、口の端にソースをつけて、満面の笑みで。
ふとノーマンがこちらを見たので目が合った。ノーマンは口のものを飲み込むと、またこちらに来た。この短時間にブリトーを二つも食べたところを見ると、ノーマンもよほど空腹だったのだろう。ノーマンは少しあたりを見てから、内緒話をするように声を落として私に囁いた。
「実はドーナツもあるんだ」
ノーマンの手がコートのポケットからドーナツをつまみ上げた。袋に入っているわけでも、ナプキンに包まれているわけでもない、チョコがかかったドーナツを。
「いらない!」
するとノーマンは眉を顰めて仕方ないというふうに溜息をついた。
「クリスピークリームのほうがいいのか?」
反対のポケットからちらりと見えたドーナツは半分しかなかった。食いかけだ。
「ノーマン・オズボーン!」
やはりこいつは欲深い奴だ。特に食欲の。
贈り物
差し出されたドーナツを見ながら私は口を曲げた。たとえ空腹であってもそのドーナツは食べたくない。まだ冷凍ブリトーのほうが何倍もましだった。
「本当にいらないのか?」
ノーマンは心配そうに私を見上げてくる。なぜ空腹の私がドーナツを食べないのか心底わからないという顔だ。あくまでも自分中心の押し付けがましい善意は、彼があのノーマン・オズボーンであると物語っている。どうやらその気質は死んでも治らないらしい。
ノーマンはドーナツを一口齧るとまたポケットへと戻した。なぜ戻した。ポケットに入れて叩けば増えるとでも思っているのか。そもそもそのコートは何だ。君はフード付きのトレーナーなんて着る男だったか? 高級なスーツに身を包んで、それがまるで己を守る鎧であるかのように振る舞っていたノーマン・オズボーンはどこへいったのだ。
私はノーマンが死んだと知ったとき、ちっとも悲しくなかった。私たちの友情は過去のものであり、何年も前に喧嘩別れをしてから、電話の一本もしていなかった。ノーマンの考え方、仕事のやり方、そのための振る舞い方は全く私とは相容れなかった。その死を新聞で読んだときも、悲しさなんて感じなかった。何故だか涙が止まらなかったが、それは失われた過去の友情に対してであり、オズコープ社で兵器を作るノーマン・オズボーンに対してではない。
「シャワルマがあった」
またノーマンがこちらへやってきた。冷蔵庫を漁ってきたらしい。今度は冷凍食品ではないが、紙に包まれたそれが屋台のテイクアウトであることは間違いなく、いつ買ったのかさえ怪しかった。というか、この部屋はあのピーターの知り合いの部屋で、我が物顔で冷蔵庫を物色する神経がわからない。わからないがノーマンならやるという確信に近い思いがあった。
「ほら、これなら食べれるだろう?」
まるで聞かん坊を宥めるようにノーマンは言う。その様子が無性に腹立たしい。まるで昔の、友人だった頃のようにノーマンは振る舞う。それは過去に捨て去ったというのに。
そこでふと、食べ物をせっせと運んでくるノーマンが、何かに似てると思った。猫だ。猫は捕まえた小鳥や虫を飼い主のところへプレゼントしてくる。一説では、狩りが出来ない飼い主を不憫に思って餌を運んでくるのだとか。そういえば昔から仕草や行動が猫に似ている男だった。
「オズボーン」
「ん? 食べる気になったか?」
「失せろ! 私に構うな!」
私が怒鳴ったせいで部屋はしんとなった。嫌な沈黙が続く。ノーマンはキョトンとしながら私を見上げ、手に持ったシャワルマを私の口へと突っ込んだ。
嫉妬
「この有り様はどうしたんだ?」
オットーは散らかった部屋を見渡した。散らかったなんて言葉では生ぬるい。室内でハリケーンでも起こったのかと思うほどの荒れっぷりだった。先日買い替えたばかりのローテーブルは、香港映画の小道具にされたのかと思うほどにバラバラにされていた。オットーは近くの壁に刺さった果物ナイフを引き抜く。そのままノーマンを見た。ノーマンは綿が飛び出たクッションを悲しそうな顔で見ている。
ノーマンの身体にはノーマンとゴブリンがいる。ゴブリンはノーマンが体験したことを見ることができるが、ノーマンはゴブリンが主導権を持っている時の記憶はない。だからノーマンに聞いてもしょうがないとはわかっていた。
「ゴブリンがすまない」
ノーマンはオットーを見て言った。ごめんで済んだらスーパーヒーローはいらない。だが、雨に降られた仔犬のような顔で謝られると、オットーも強くは言えなかった。それにこれはノーマンではなくゴブリンの仕業だ。後で入れ替わったときにお説教が必要だろう。
「……それにしたって、なぜゴブリンはこんなに暴れたんだ?」
最近はゴブリンも大人しかったはずだ。何でもかんでも破壊したいなんて行動は無かった。
「嫉妬じゃないかな。私が君ばかりを構うから」
事もなげにノーマンは言う。ノーマンはお気に入りのクッションが直るかどうかが気になるらしく、そればかりを眺めていた。
「ゴブリンが嫉妬を? 私に?」
「気持ちはわかるよ。私もゴブリンを羨ましく思うことがある」
「どうして?」
「自覚がないのか。君はゴブリンに甘いぞ」
オットーは言われている意味がさっぱりわからなかった。オットーはゴブリンを甘やかしているつもりは全くない。それにゴブリンとのやりとりをノーマンが知っているわけがなかった。
「ゴブリンから聞いたんだ。この間は二人でドーナツを食べに行ったんだって? この前オープンしたばかりの、私だって行きたいと言っていたあの店に」
「ああ、それか」
あれはぐずるゴブリンを宥めるために連れて行っただけで、甘やかしたわけじゃない。そう思ったが、つまりそれは甘やかした事になるのだろうか。
「じゃあ今からその店に行こうか?」
「この部屋を放置して?」
「次にゴブリンに交代する時間まで置いておこう。お説教のあとで三人で片付けだ」
それもどうにか修理しよう、とノーマンのクッションを指差す。ノーマンはにっこりと笑みを浮かべるとオットーの腕に抱きついた。
時が止まればいいのに
「ノーマン!」
オットーの叫びは轟音にかき消された。空は天変地異でも起こるかのように、雲と時空の切れ目が美しい模様を描いている。
グライダーの刃がノーマンの身体を貫いた。ノーマンの身体は急に糸が切れたように倒れていく。それがスローモーションのようにオットーの目には映った。
オットーはアームたちを急かして飛ぶようにノーマンの元へ行った。そこには既にピーターが立ち尽くしている。ピーターの顔は青褪めて歪んでいた。その表情から助からない絶望的な状況だと知る。
「ノーマン」
オットーはノーマンの横に膝をつく。グライダーが刺さった身体は倒れることも出来ずに、崩れるように座り込んでいた。血の匂いが一気に濃く香り、それらはノーマンから流れている。開いた口からは血が滴っており、虚な目は空に向けられていた。その目にまだ意識があるとわかる。オットーはノーマンの手を握った。
「ノーマン」
しかしノーマンはオットーの声が聞こえていないように空を見続けていた。まるで怪奇現象を眺める子供のように、渦巻く空に見惚れているようだった。
「……あぁ、オレのことか」
ノーマンは遅れて気付いたようにオットーを見た。その表情から彼がノーマンではなく、ゴブリンであると気付く。
「悪いなハニー。またドジった」
ゴブリンは自嘲するようにグライダーに視線をやった。
「前と同じ……だ」
ゴブリンの目がオットーを見る。だがそれがノーマンのように見えた。まだ若く友人同士だった頃のノーマンのように。
「ノーマンも……道連れだ。オレたちは、二人で一人だから」
空からの光のせいか、ゴブリンの、いや、ノーマンの目は青にも黄色にも緑にも見えた。命が消えかかっているのがわかる。それを止めたくて、オットーはノーマンの手をきつく握った。そんなことで彼の命を繋ぎ止められないとわかっている。だがオットーには奇跡を願う子供のように手を握ることしかできなかった。
おやすみ
おやすみ、と言ったはいいが、ノーマンはオットーを凝視していた。
オットーはガウンを脱いでいる。そのガウンはアームたち用の穴を開けてあった。そしてその下に来ているパジャマにも、もちろんアームたち用の穴がある。
ノーマンはアームをつけたオットーと一緒に寝るのは初めてだ。若い頃に雑魚寝した記憶はあるが、その時には当然だがオットーにアームはついていなかった。
オットーの背に生えた四本のアームは制御さえ出来ていれば優秀だった。オットーを文字通り支え、コーヒーのカップを代わりに持って、無くしてはいけない書類をきちんと正しい場所に片付けてくれる。だがノーマンにはある疑問があった。
寝るときにそのアームは邪魔ではないのか。
オットーのアームは背中についている。ということは仰向けで寝たらアームが下敷きになってしまう。そんな状態で寝ることが出来るのだろうか。
オットーは布団をめくって入ってきた。アームたちは伸びをするように動く。ノーマンはその様子をじっと観察した。
「おやすみノーマン」
「おやすみオットー」
オットーはくるりをノーマンに背を向けた。その背でアームたちはくるりとくるまっている。実にコンパクトにまとまっていた。これなら睡眠の妨げにならないだろう。
「寝返りはどうするんだ?」
「ん? なんだって?」
「いや、なんでもない」
おやすみ、とノーマンはもう一度言って布団を被った。
クリスマス
ノーマンとオットーはベッドに座って向き合っていた。クリスマスの夜である。お互いに別世界へと飛ばされて、帰ってきた。久しぶりの再会を経て、お互いに長年燻っていた想いに火がついて、ベッドを共にすることになった。
部屋の明かりは消してあるが、ベッドサイドのランプだけはつけてある。それが二人の身体を照らしていた。お互いに歳を取ったと冗談めかして言うが、それで緊張はほぐれてはくれなかった。
先に行動したのはオットーだった。バスローブを脱いでノーマンの手を引いた。オットーはノーマンのバスローブに手をかけて脱がしていく。お互いに裸になったところで、オットーはノーマンを抱きしめた。
「冷たッ!」
ノーマンが驚きの声をあげた。
「ああ、すまない。アームが当たったかい?」
アームたちは興味津々というふうにノーマンを見ていた。そのうちの一つがノーマンの肌に触れたのだった。金属製のアームのひやりとした感触にノーマンは驚いた。
「……オットー。気を悪くしないで欲しいのだけれど、もし良ければアームたちを外してくれないか」
ノーマンは遠慮がちに言った。セックスの前に雰囲気を壊したくはないが、実はさっきからアームたちの存在が気になっていた。アームたちは好奇心旺盛な子供のようにノーマンを見てくる。実際にオットーはアームたちを子供のように扱っていた。そのアームたちに見られていることがどうにも居心地が悪かった。
オットーはアームたちと顔を見合わせた。そして申し訳なさそうにノーマンを見た。
「すまないが、外せないんだ」
「そうか、いや大丈夫だ」
「もちろん邪魔はさせないから」
「ああ、わかっているよ」
お互いにぎこちなく笑いながら行為を再開させようとする。ノーマンはそっとオットーの胸に顔を寄せて抱きついてみた。アームたちはオットーの指示を聞いたのか、干渉してはこなかった。ノーマンはオットーを見上げて微笑む。オットーもノーマンの頬を手で包み、口付けようと顔を寄せた。
だが、唇が触れ合う寸前にオットーは動きを止めた。ノーマンは待てどもキスをしてこないオットーに焦れてしまう。
するとオットーは顔を離してしまった。
「これはゴブリンも見ているのかい?」
「え……それはそうだが」
ノーマンの中にいるゴブリンは、主導権がノーマンにあるときでも視界や思考を共有している。だからノーマンが見たり感じていることはゴブリンも感じているということだ。その逆は出来ないのがノーマンには不満である。
「その……ゴブリンに目を閉じていてもらうことは出来ないのかな」
「そんな無茶な」
「だがこれからすることは……」
二人の間に気まずい沈黙が落ちる。二人だけのセックスであるはずなのに、ギャラリーが多いことに二人は頭を悩ませた。