ガンマトアドベントカレンダー422渦巻く心
君のことが好きだ、とガンガディアは言った。マトリフはその声を思い出して頭を抱える。
ガンガディアは魔王軍に属する魔王の側近、マトリフは勇者一行の魔法使いだ。そのガンガディアからの告白を受けたマトリフは、頭を悩ませていた。
その告白を聞いたときは、尊敬の延長線上にある好意なのかと思った。ガンガディアから妙に気に入られていることには気付いていたからだ。
だが、ガンガディアの様子からどうも違うらしいと察した。ガンガディアはどこか思い詰めた顔をしていた。そしてその告白のあと、何も望まないと言った。
「私のこれまでの行いは変えられない。君とはこれからも敵対関係が続くだろう。だが、どうしても私の思いを伝えておきたかった」
ガンガディアはそれだけ言ってどこかへと飛び去ってしまった。マトリフは呆気にとられてルーラの軌道を見ていることしかできなかった。
マトリフは手で髪を掻き回す。そのままベッドへと倒れ込んだ。ガンガディアの真剣な眼差しが頭から離れない。魔王軍との決戦は時間の問題だ。ガンガディアとは嫌でも会うだろう。
そのとき、ドアがノックされた。いまこの洞窟にいるのは秘法が解けたばかりのアバンだけだ。マトリフが返事をするとアバンが顔を見せた。
「お邪魔してもいいですか?」
「どうした」
マトリフは起き上がるとアバンに入るように言った。
「少し話しておきたくて」
アバンは部屋に入るとマトリフのベッドの前に腰を下ろした。
「あなたが平気かなって思って」
この間のこと、とアバンは遠慮がちに付け足した。ガンガディアからの告白のことをアバンだけは知っていた。
「心配すんな。あんなことがあったからって、あいつに手加減するようなことはねえよ」
「そこは心配してないんです」
「じゃあオレがあっちに寝返るとでも?」
「それも無いですよね」
じゃあなんだよ、とマトリフはアバンを見返す。アバンは少し困ったように笑みを浮かべた。
「ご自分の気持ちに正直になってくださいね」
「なんだよそれ」
「マトリフは彼のことけっこう気に入ってましたよね」
アバンの言葉にマトリフは口を開けたまま固まった。それを見てアバンはくすりと笑った。
「あなたが敵を褒めるなんて、相当ですよ」
「別にオレは……」
「返事くらいしてあげてもいいんじゃないですか?」
もうすぐ会うんですし、とアバンは言う。
「どうしようって悩むってことは、結構好きな証拠じゃないですか」
「馬鹿言ってんじゃねえよ。オレはあいつのことなんて……」
マトリフは言いかけて言葉が出なくなった。思い浮かぶガンガディアの顔が、声が、頬に触れた指の温度が、マトリフの心を乱していく。それらを振り払うようにマトリフは白髪をガシガシと掻き混ぜた。
「ああ……くそっ……」
マトリフのうめき声は部屋に小さく響いた。
23交換日記
地底魔城に響くのはガンガディアとマトリフの荒い息遣いだった。マトリフの頬には汗が伝っている。体力の限界はとっくに超えていた。震える手を握りしめ、マトリフはガンガディアを見やる。ガンガディアの手はマトリフの手を掴んで壁に押し付けていた。ガンガディアの影がマトリフに落ちている。
「やはり……私に君は殺せない」
ガンガディアの手がマトリフから離れた。ずっと戦っていたせいで乾いた喉から細い息をついていたマトリフは、その離れていく手を見ていた。
「勝ったのはお前なんだぞ」
地底魔城の広い通路は二人の戦闘の跡を残していた。その壮絶さから魔王軍のモンスターたちは二人を遠巻きに見ていた。今度こそ一対一の対決だったが、勝ったのはガンガディアだった。呪文の攻防は互角だったが、先にマトリフの体力が尽きてしまった。それもガンガディアの呪文が以前に戦った時よりも磨き抜かれていたからだ。マトリフはガンガディアの呪文を相殺したと同時に胸を押さえて倒れ込んだ。それをガンガディアは見逃さず、マトリフを掴んで壁に叩きつけて腕を振り上げたが、その拳が振るわれることはなかった。
「無理だ。私は君を愛している」
ガンガディアはその場に膝をついて項垂れた。
「だがハドラー様を裏切ることはできない。殺してくれ。君に殺されるなら本望だ」
勇者一行は地底魔城に攻め込んだ。勇者を魔王と戦わせるために、仲間たちは敵を引き受けて勇者を先に進ませた。マトリフは魔王の間へ至る通路で待ち構えていたガンガディアを引き受けた。今ごろアバンはハドラーと戦っているだろう。
「だったらオレだってお前を殺せねえ」
マトリフは動かぬ体をなんとか起こした。床に手をついてガンガディアへと近づく。
「オレも……お前を好きになっちまった……」
ガンガディアは顔を上げてマトリフを見る。驚きで目が見開かれていた。
「もう一度」
「何回も言えるかっての」
マトリフは自分に回復呪文をかけようとしたが、ホイミもできないほどの魔法力しか残っていなかった。あまりの情けなさに笑いが込み上げてくる。だがそうすると胸が痛んで息が詰まった。
「このままここで、二人共くたばっちまうのも悪くねえな」
「私は嫌だ。君と一緒に生きたい」
「さっきと言ってることが違うじゃねえか」
マトリフはガンガディアを見上げる。何故だろうか。生きるにしろ死ぬにしろ、こいつとだったらいい気がした。
24刺激のない刺激
なんてこともあったな、とマトリフは記憶の断片を眺めながら思う。敵対しながらも、告白をしてきたガンガディア、そして最終決戦の最中にそれに応えたマトリフ。どちらも己の道を譲らず、そして己の気持ちを偽らなかった。
だからこうやって一緒にいられるんだろうな、とマトリフは背後を振り返る。ガンガディアはポットを手に持って立っていた。あの戦いから十数年が経つ。ガンガディアがそばにいることが、当たり前になっていた。
「おかわりを?」
「ああ、頼む」
ポットから注がれる琥珀色の茶は、慣れ親しんだものだった。ガンガディアが淹れる特製の薬草茶で、最初に飲んだときはあまりの苦さに口をひん曲げたが、慣れてしまえば悪くない。
ガンガディアと共に生きることを選び、マトリフは多くの初めてを経験した。生活様式の違い、考え方の違い、感情の違い、あらゆる違いは心地よい刺激だった。
だがその刺激も今では日常になった。理解して慣れてしまえば、新たな生活は刺激のない生活へと変化していく。
マトリフは薬草茶を一口飲んで、読んでいた魔導書をぱたりと閉じた。そのままガンガディアを見る。
「どうかしたのかね」
「こっち座れよ」
マトリフは隣の椅子を軽く叩く。隣に置いてはあるが、あまりの大きさの違いに椅子には見えないほどだ。マトリフにとっては机のようなサイズの椅子にガンガディアが座る。その際に、わずかにマトリフの手とガンガディアの手がぶつかった。
「……すまない。痛くはなかったかね」
「なんともねえよ」
死ななければ回復呪文で回復できるマトリフに、手がぶつかっただけでガンガディアは心配する。マトリフは平気だと示すために軽く手を振ってみせた。それを見てガンガディアは安心したようだが、今度は自分の手を見つめた。
「手がどうかしたか?」
「……ドキッとした。君と手が触れ合ったから」
ガンガディアは至極真面目な顔をして言う。マトリフは手を顔に当てた。自分の頬が熱くなっていくのがわかったからだ。
「お前……何年一緒にいると思ってんだよ」
手が触れるどころか、身体を交えることだって数えきれないほどしてきた仲だ。それなのに何を今さら初心なことを言っているのか。
「君のことを好きなのだから当然だ」
だから真顔で言うなって、とマトリフは耳まで朱に染めながら俯いた。そのマトリフの体をガンガディアが抱きしめる。
「君は幸せかね?」
「はあ……何言ってやがる」
ガンガディアはマトリフを遠慮がちに、けれど決して離さないと宣言するように抱きしめた。
「……これで幸せじゃなかったら何だっていうんだよ」
「私も君といられて幸せだ」
「ああそうかよ。そりゃよかった」
マトリフもガンガディアの背に手を回した。マトリフだってガンガディアを離す気はない。マトリフはガンガディアを抱きしめる手に力を込めた。