飼育「ただいま」
ガンガディアは言いながら自室のドアを開けた。すぐドアを閉めて小さな姿を探す。部屋はしんと静まりかえっていた。
「大魔道士?」
マトリフにはこの地底魔城のガンガディアの私室を自由に使わせている。マトリフはすぐに顔を見せた。ベッドのシーツに潜り込んでいたらしい。マトリフはそこから抜け出すと、飛翔呪文で飛んでガンガディアのところまできた。
「なにも問題なかったかね?」
マトリフはこくりと頷いてガンガディアの肩に座った。ガンガディアは指をマトリフに向ける。その指はマトリフの歯型だらけだった。
マトリフはガンガディアの指に頬を擦り寄せる。今日は噛まないのだろうかとガンガディアが思っていると、マトリフはかぱっと口を開けてガンガディアの指に噛み付いた。ピリリと痛みが走る。マトリフは口を離すと歯型を確認してからそこを舌で舐めた。それはマトリフなりの愛情表現なのだとガンガディアは思っていた。
「今日は本を読んでいたのかね?」
見れば本棚の前に本が散乱している。ガンガディアはそれらを拾い集めた。その一つをマトリフはガンガディアより先に拾い上げる。それはガンガディアがマトリフに与えた日記だった。マトリフはそれをガンガディアには見せたがらない。いつもこっそりと書いている。ガンガディアとしてもプライバシーは守るつもりだ。
「大事なら片付けておかないと」
マトリフはプイと顔を背けると飛んでいってしまった。一応マトリフ専用のベッドも用意してあり、その枕の下に日記を隠している。だがマトリフはいつもガンガディアのベッドで寝るので、そのベッドは日記の隠し場所としてしか利用されていなかった。
マトリフはすぐにガンガディアの元に返ってくると、それからはずっとガンガディアの肩の上で過ごした。ガンガディアの読書中も、その肩の上で一緒に本を眺めている。食事中もマトリフはガンガディアの肩に座ったまま、ガンガディアの手から食事を受けとっている。マトリフはガンガディアが帰ってからずっと離れないのだ。
やがて夜になると肩の上のマトリフがウトウトとしはじめる。ガンガディアの耳を掴む力も弱くなってきた。
「もう寝ようか」
マトリフはふるふると首を振る。だが今にも肩から落ちそうになり、ガンガディアはその身体を掴んでベッドに下ろした。
「ん」
マトリフは喉を鳴らしてガンガディアを呼ぶ。手を伸ばしてガンガディアがくるのを待っていた。ガンガディアは読書の続きを諦めてベッドに横になる。
「おやすみ、大魔道士」
マトリフは笑みだけ返して目を閉じた。その首にはまった鉄の輪のせいでマトリフは発声ができない。詠唱なしで使える呪文なら使用できるが、上位呪文となると流石にマトリフでも詠唱を必要とした。
ガンガディアはマトリフを抱きしめる。この部屋にマトリフを閉じ込めて、これからずっと一緒に生きていくのだ。