シャンプー「おーい師匠ぉ」
その声に顔を上げれば、ポップが洞窟に入ってきたところだった。ポップは駆け足でこちらへ来ると、そのままオレの背にへばりついた。
「なあ師匠〜、やっぱり相談役に戻ってくれよう」
「嫌だね」
ポップの提案をきっぱりと切り捨てる。ポップはパプニカ王家の相談役として宮仕えしていた。
「だからやめとけって言っただろうが」
「だって姫さんと約束しちまったしさ。ダイが帰ってきたらおれが姫さんの相談役になるって」
「あの姫さんの抜け目の無さは親父譲りか」
つい意地が悪い笑い声をあげてしまう。自分も似たような経緯で相談役になったからだ。背でポップがむくれるのがわかる。
「まさか嫌がらせされてるわけじゃねえだろうな」
「そういうのはないんだけどさ。すげえ小さい事から国の重要な決め事まで相談されてさ、疲れちまうよ」
「全部律儀に答えてたらやってらんねえぞ。手を抜く事を覚えるんだな」
「それが出来たら苦労しねえって」
結局ポップは愚痴を言いに来たのだろう。それを聞きながら荷造りを進める。するとポップが手元の荷物を覗き込んできた。
「さっきから何してんの?」
「ちょっと繝エ繧」繧ェ繝帙Ν繝ウ蝨ー荳矩%に行こうと思ってな」
「発音が難しすぎて文字化けしてんだけど」
「魔界だよ魔界。ちょっと用があるから行ってくる」
するとポップはすっとんきょんな声を上げた。
「魔界ってそんな八百屋に行くような気軽さで行くとこじゃねえだろ!」
「うるせえな。夜には帰ってくる」
「日帰りかよ」
呆れたように言うポップを押しのけて荷物を背負った。どうせ行くならと詰め込んだ荷物が重い。
「あれはオレがお前と同じ相談役だった頃だ」
「もしかして回想シーン始まる?」
オレが相談役だった頃。パプニカ王の相談は、正直マジで退屈だった。三日で飽きたオレは好奇心から魔界への行き方を調べるようになった。
「そうしたら魔界への入り口を見つけた」
「思ったより回想シーン短かったな」
「それがここだ」
言いながら本棚を押す。すると本棚は横へとずれて、扉があらわれた。
「ここが魔界に繋がってんの!?」
「先代パプニカ王に頼んだらこの洞窟をくれたんだよ。ついでに相談役は引退した」
「意地悪されて嫌になったんじゃねえのかよ」
「オレがそんなつまんねえ奴にしてやられたと思ってんのかよ。五十倍にしてやり返してやったら向こうが辞めてった」
「師匠……それでおれが王宮でちょっとビビられてるワケ?」
「オレの愛弟子だって触れ込んでおいたからな」
やめてくれよぉ、とポップは肘で突いてくる。
「ところで、何しに行くんだよ。知り合いでもいるのか?」
「まあな。そいつがシャンプーの詰め替えがどこにあるかわからねえって言うからよ。ついでに様子も見てくる」
「なにその大学で一人暮らし始めた息子みたいな奴。家族はいねえって言ってたじゃん」
「ガンガディアっていうんだが……」
「待って。それって前に言ってた前の魔王軍の幹部だったって奴じゃん!」
「そうだ」
「えっ、生きてんの?」
「消滅させたと思ったんだがな、魔界でしぶとく生きてたんだよ。オレもここから魔界へ行くようになってから知ったんだが」
「そいつの家のシャンプーの詰め替えを片付けたの師匠なのかよ」
「魔界にはシャンプーが売ってねえんだと。だからたまにこうやって持ってってやるんだよ」
背負った荷物を指差しながら言えば、ポップはなんだか釈然としない顔で見返してきた。
「仲良いのか?」
「もはや腐れ縁だっての。オレもあいつから借りパクしてたエロ本を返さなきゃならねえし」
「シャンプーは売ってねえのにエロ本はあるのかよ」
魔界ってすげえな、とポップはしみじみと呟いた。オレはまあなと相槌をうってから扉に手をかける。
「じゃあオレは行ってくるから、帰るときに洞窟の岩戸を閉めておけよ」
「お土産頼むぜ」
「おう」
扉を開ければ薄暗い魔界の洞窟が見えた。その奥で図体の大きなデストロールが待ち受けている。オレはポップを振り返って指でガンガディアを指し示す。ポップは人好きのする笑みを浮かべてガンガディアに手を振っていた。ガンガディアもポップに気付いて手を上げている。
「じゃあな」
扉は軋む音を立てながらゆっくりと閉まった。