オレだけの青い龍「じゃあなぁ師匠!」
元気なポップの声にガンガディアは洞窟を出た。マトリフは既に見送りのために洞窟の外まで出ている。
見上げればルーラで飛び上がった少年の姿が太陽に重なって眩しい。ガンガディアは手をかざして目を細めた。
ガンガディアはそっと横に立つマトリフを見やる。あの戦いが終わってからは顰めっ面が定着してしまった顔が、ポップを見るときは和らいでいた。そのことにガンガディアは自分の感情が揺らぐのを感じる。
ポップがマトリフにとって可愛い存在であることはわかっている。ポップのその性格も、またその見た目も愛くるしい。それ以外にも彼が愛される理由はたくさんあるだろう。
それに引き換え、とガンガディアは自分の手を見る。可愛らしさ、愛らしさとはかけ離れた肉体だ。そして性格も愛嬌があるとは到底いえない。じわりと劣等感が高まる。
ガンガディアはひとつ息をつく。もうポップの姿は見えなくなっていた。しかしマトリフはまだ空を見ている。ガンガディアは己の嫌な感情にどうにか対処したくて口を開いた。
「ポップ君はかわいいな」
それは本音だった。するとマトリフは驚くほどの速さでガンガディアを見上げた。
「てめえ……あいつをそんな目で見てたのか」
マトリフの剣呑な目つきにガンガディアは逆鱗に触れたと気付いた。それはさながら我が子を守る親獣のようだった。
「違う。性的な目で彼を見たわけではない。これはヒュンケルに対するような庇護欲であって」
マトリフはまだ疑いの眼差しを向けてくる。魔法力が膨れ上がってマトリフの周りを覆った。
「てめえは魔法使うのが上手くて賢けりゃ誰でもいいのかよ」
「いや、そんなことはない。私は大魔道士だからこそ愛しているのであって」
「あいつも大魔道士だぜ」
マトリフは揚げ足を取った。それが拗ねた子供のような言い方だったので、ガンガディアは首を傾げる。
「どうしたのだマトリフ」
「どうしたもこうしたもねぇよ。いくらポップが可愛くても手ぇ出したら許さねえからな」
「そんなこと考えたこともない」
「気持ちなんていつ変わってもおかしくねえ」
これはまさか、とガンガディアは思う。もしかするとマトリフは嫉妬をしたのかもしれない。
「私が愛しているのはあなただけだよ、マトリフ」
マトリフはそれを聞いてもツンと顔を背けている。しかし尖った気持ちを幾らかおさめたようだ。
やはりマトリフは嫉妬をしたのだ。ガンガディアがポップに目移りしたと思って怒ったらしい。それはまるで初めての恋愛のようなヤキモチだ。
「私があなたの弟子に懸想すると?」
「あいつは可愛いからな。才能もあるし頭もいい。お前の好みだろ」
「そのように簡単に言えるほど単純な好みではない。私があなたを愛した理由は山ほどある」
「へぇ、ぜひ聞かせてもらいたいね」
「以前は煩いから言うなと」
「今は聞きてえんだよ」
マトリフの機嫌はまだ完全には直っていないらしい。ふいに与えられたチャンスにガンガディアはほくそ笑んだ。誰でも好きなものを語るのは楽しい。それがガンガディアにとってはマトリフなのだ。マトリフについてなら三日三晩寝ずに語れる。
ガンガディアはこれまで散々にマトリフに対する愛を語ってきた。その度に煩いと言われるくらいだから、その思いはマトリフに伝わっていると思っていた。
だがマトリフはガンガディアの一言にすら狼狽えて、その愛を証明しろと言ってくる。それが愛しい人ならば、そんな嫉妬さえ可愛いと思えてしまう。
ガンガディアはマトリフを抱き上げると洞窟へと戻った。岩戸はきっちりと閉めておく。さて存分にマトリフを賞賛しようと口を開いたガンガディアだったが、言葉が出るより先にマトリフに耳を掴まれた。
「お前はオレだけの青い龍だ」
耳に口を寄せて囁かれた言葉にガンガディアは頭がくらりと回った。独占欲は醜いとされるが、マトリフから向けられると至高の心地よさだ。ガンガディアが紡ごうとしていた千の言葉は霧散する。感極まったガンガディアを見てマトリフはようやく笑みを浮かべた。