君の髪を結う マトリフは久しぶりに洞窟へとやってきた弟子の後ろ姿を見る。癖の強い黒髪は随分と長く伸びてその首筋を隠していた。
「ちょっと来い」
その一言でポップはマトリフの座る安楽椅子まで来た。
「なに?」
そう言って少し屈むポップに顔に前髪がかかる。マトリフはちょいちょいと指で示して屈ませた。そうしてから手を伸ばしてポップの伸びた髪に触れる。
「随分と伸びたじゃねえか」
「あー……切るの忘れてた」
苦笑して見せる弟子をマトリフはその場に座らせた。そうして自分は道具箱をひっくり返す。そうして見つけた髪紐を持ってポップの後ろに座った。
「なに? 師匠が切ってくれんの?」
いいや、と言いながらマトリフはポップのバンダナを解いた。
「おめえも魔法使いなんだから髪を伸ばせばいい」
「え?」
「髪には霊力が宿るって言うだろ。だから魔法使いは髪を伸ばす奴も多い」
マトリフの故郷では髪を伸ばして結う者が多かった。たとえ大きな効果はなかったとしても、その言い伝えにあやかろうと伸ばすのだ。
「でも師匠は長くないだろ?」
「長い髪なんて手入れが面倒なんだよ」
言いながらマトリフはポップの髪を梳る。癖は強いが美しい黒髪だ。それに引き換え自分の髪は白くなる前から淡い色だった。マトリフはそれが気に入らなくて昔から短く切っていた。
マトリフはポップの横髪を細い毛束にして編んでいく。髪に一緒に編み込んでいく髪紐も多少は魔法力を上げる効果があった。膨大な魔法力を有する今のポップには大した助けにはならないだろう。だがマトリフに出来ることはこれくらいだった。
「よし、できたぞ」
ポップの横髪は綺麗に編み込まれて耳の後ろに流されている。マトリフは仕上げにその編み込んだ髪と他の髪を束ねてバンダナで結んだ。
ポップは編み込まれた髪に触れてから、伺うようにマトリフを見上げた。
「なんだ」
「師匠がこういうことするなんて意外だなって」
言いながらポップは堪えるように顔を歪める。伏せた目には暗い影があった。その仕草にマトリフは大袈裟な溜息をついてみせた。
「オレにとっちゃあ、お前は大魔道士様じゃねえからな」
その言葉にポップは顔を上げた。今のポップはいなくなった勇者を探す先頭として指揮を取っている。大魔道士という肩書きとその実力のために、ポップは背負いきれないほどの重荷を背負っていた。それこそ髪を切る間もないほどに方々を飛び回る弟子を、マトリフはずっと案じていた。
「師匠……おれ……」
ポップの目から涙がぽろりと溢れた。ポップの性格からして、誰にも弱音を吐けないでいたのだろう。
「ばぁか。おめえはオレの前ではただの鼻垂れ小僧でいろ」
その言葉通りに流れた涙のせいでポップは鼻をすする。ダイを見つけられない焦燥と不安、さらには周りから向けられる期待に応えられない不甲斐なさを、ポップは一人で背負っている。だからこそマトリフは、ポップが弱い姿を晒せる場所であろうと思っていた。
「ししょう〜」
情けない声で泣きついてくるポップの背を撫でる。また飛び立てるまでの止まり木としてなら、この腕にも務まるだろう。