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    秋月水樹

    @hakoniwasiki

    特殊なものつらつら。

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    秋月水樹

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    10年後ユマハラ、ユマが依頼で出かけるようです。

    #ユマハラ

    その日報告書で帰れなかった。明日から三日ほど家にいません、と帰ってきてリビングにいた僕をカバンも置かずに抱きしめながら涙声でそう言うので「静かになるな」と言えば「寂しくはないんですか……?」と悲しそうに眉を下げた。
    寂しくなるか否かなんて、分かりきったことを聴く。
    「仕事だろう、僕みたいに半年や一年帰らないわけじゃない。
    ただの三日だ」
    「ただの三日でも、ボクは寂しいです」
    力を込めて抱きしめてくる、走ってきたのだろうか微かに汗の匂いがして僕は押し退けるように腕で胸板を押す。
    「ハララさんも着いてきてください」
    「僕は久しぶりのオフだ。
    と言っても、用事でカナイ区には立ち寄るつもりだがな」
    カナイ区、という言葉にユーマがぴくりと反応する。
    「なんでカナイ区」
    「彼処で売っている飴を買うのと、事務所に置いている本を取りに行く」
    雨飴というふざけた名前ではあるが、味は悪くなくて定期的に買い出しに出向いている。
    本は以前事務所に寄った際ヴィヴィアに勧められた物で、今日は荷物になるからと置いてきたものだ。
    「休み……」恨めしそうに僕を見るので「たまには君も羽を伸ばしてくるといい」と、僕は片方脱げてしまっていたスリッパを履き直してソファに座った。
    ユーマも横に座ろうとしたので「手を洗って、着替えてこい」と言えばまるで子犬が叱られたような声を出して、とぼとぼと洗面台に向かう。
    買ってきたご飯を食べ、風呂に入れば「三日会えないんで……」と入ってきそうになったユーマにその辺にあった石鹸を投げ、「せめて一緒に寝ませんか?何もしないので」と言いながらも同棲すると言った時に貰ったジョークグッズの枕をYESの方を見せながら抱えて廊下に立っていたので「おやすみ」と自室の扉を閉める。
    何もしない、そう言って何もされなかった事は無かった。
    一緒に住んだ頃はまだ可愛げがあり、「ハララさん、一緒に寝てもいいですか?」と普通の枕を持って立って、本当に何もしなかったのに。
    いつの間に、あんなに可愛くなくなったのだろうか。


    半泣き状態で僕を抱きしめるユーマを見ながらため息を吐けば、デスヒコも首を振った。
    「寂しかったら電話し……いや、ボクが寂しいので十分置きに電話してもいいですか?」
    「駄目だ、早く行け」
    「ほら行くぞマイメン。
    電車何本見送るつもりだよ」
    大体電話できる時間なんて無いだろうと言えば「それに今から行くところは地下だから通じないしな」とデスヒコが付け加えた。
    「ハララさんは寂しくないんですか……」
    「……」
    黙った僕を見て困らせたと思ったのだろう。
    「なるべく早く帰りますね」
    悲しげに笑って、頬に一回キスをしてデスヒコと共に列車に乗る。
    窓から手を振るので片手を上げて答えれば、デスヒコに「今の見た?ボクの可愛いハララさんの貴重なファンサだよ」と口が動いたので帰ってきたら殴ろうと決めた。
    発車する列車を見送ったあと、明日カナイ区に行く予定だとマコトに連絡をする。
    一人で行く旨を伝えれば今まで死にかけていた声が急に元気になり「ユーマがいなくて良かった」と呟いた。
    そんなにユーマが嫌なのだろうか、電話を切り近くのパン屋で昼食を済ませ、買い物をしてマンションに帰る。
    自室でしばらくこの前受け持った依頼の報告書を見直したり、机に積まれたファイルを片付ける。
    夕方になってからはデリバリーした食事を一人で食べ、静かに湯船に浸かり、ドライヤーで髪を乾かした。
    髪の毛が長くて絡むので切りたいと眉を顰めながらも、なんとかブラシを滑らす。
    面倒だと感じたのはここ最近「ボクがやりたいだけなんで」と嬉しそうに髪を乾かしてくれる人がいたからだろうか。
    カチリとドライヤーを切れば、再び静寂がリビングを包む。
    「……」
    今日はもう寝て、明日早めにカナイ区に出かけよう。
    ついでにマコトになにか依頼がないか聞けば、長い昼間の時間を過ごせるはずだ。
    リビングから廊下に出れば、一際静寂を感じ取ることができ、寒いなと少し目を細めて廊下を歩く。
    『ハララさんは、寂しくないんですか』
    寂しいわけがない、僕は一人でも大丈夫だ。
    そう思っていたし、今までだって一人の時間が長くても気にする事はなかった。
    それなのに、何故僕は今ユーマの部屋の前に立っているのだろうか。
    僕の意志とは関係なく、右手がドアノブに手をかけていて。
    開くな。そう思っていたのにゆっくりと扉が開いていく。
    静かな室内、電気をつけずに歩けば無駄に大きなベッドの上には朝に起きたあと少し整えた布団が置かれていた。
    『ハララさんも一緒に寝ると思って買いました!』
    あの時はユーマがまだ身長的に小さかったが、いつの間にかこのサイズで二人で寝たら狭いんじゃないかと感じて避けるようになった。
    『落ちないようにくっついて寝ましょうね』
    ……つくづく、可愛げが無くなったと思う。
    ベッドに腰掛けて、一瞬迷ったあと横になる。
    僕の部屋はセミダブルなので、やはりダブルベッドは広く感じた。
    足も気軽に伸ばせる、シーツの上に仰向けになれば、見慣れない天井が目に入った。
    『ハララさん、気持ちいいですか?』
    天井を見ていると、数ヶ月前ことが思い出されて横を見ればやけに長い抱き枕が目に入る。
    引き寄せて抱き締めるとフカフカとした中に微かに弾力性のある質感。
    長さは僕よりちょっと短い、180センチくらいだろうか。
    「……ユーマ」
    ポソッと呟く、返事は勿論ない。
    抱き枕に顔を寄せれば微かにユーマの匂いがする。
    同じボディソープを使っているのに、僕とは違う匂い。
    布団を被れば最後に抱きしめてもらった時のことを思い出して、目を閉じる。
    『ハララさん、おやすみなさい』
    「……おやすみ」
    他人の布団なんて落ち着かないはずなのに、僕はどうして安心しているのか。
    寂しいか寂しくないかなんて、わかっているくせに。


    携帯電話が一度だけ震え、ボクはしゃがみながら「ちょっとごめん」とデスヒコくんに片手を上げる。
    「こんな時に……急ぎの電話か?」
    「違うよ、ボクの部屋の監視カメラ」
    本当は不要なのだが、いつ何時狙われるかわからないため付けていたボクの部屋の監視カメラと人感センサーが反応した。
    今日は朝からハララさんはカナイ区に出かけているはずだ。
    夜はハララさんがベッドに来た時のことを考えてカメラもセンサーも切っていたはずなので、今の時間家に人がいるはずがない。
    ハララさんの部屋にも人感センサーがついているようで、これはボクが深夜に忍び込むと警報が鳴るものだった。
    あの時は大変だったなぁ、と携帯電話を操作する。
    地下だから繋がらないと思っていたが、少し電波が悪いだけである程度は作動できる。
    監視カメラのアプリを開き、見てみれば早朝から動いている。
    360°見渡せる位置に付けた監視カメラがパッと室内を、そしてダブルベッドの上で横たわっている人物を映し出す。
    「うわぁぁぁ!??」
    「ぎゃぁぁ!!?」
    思わず叫んでしまった、驚いたデスヒコくんが悲鳴を上げた。
    瞬間、頭上を弾丸が飛んできてボク達の後ろの壁に穴を開ける。
    「ユーマ!!?
    なんで悲鳴上げたんだよ!?」
    「ちょっ、これかわい……っ、見……い、いや、見ないで!!」
    大声出すな!!とデスヒコくんがボクの頭を抑える、向こうからは「誰だ!?出てこい!!」という声と銃弾が頭上を掠める。
    ボクの無駄にでかいダブルベッドに、まるで陽だまりの中丸まって眠る白い猫の姿。
    あまり寝返りは打たないのだろうか、綺麗に布団に包まって、ボクが寂しい時にハララさんと呼んでいる抱き枕を抱きしめる本物のハララさんを見て、ボクは。
    ボクは。
    「デスヒコくん」
    横でどうするべきかとリュックサックを開け閉めしているデスヒコくんの肩を叩き、携帯電話を胸ポケットに入れる。
    「ちょっと危ないと思うけど、今日帰れるようにしていいかな」
    今日の依頼は地下で行われる薬物売買の証拠を掴むものだ。
    デスヒコくんが変装で売人になり、ボクが客に扮して紹介してもらう。
    ただし今日直ぐに捕まえるのではなく、明日の夜に金を持って取引という形を取ろうとしていたのだが、家で可愛い恋人に最大級に可愛いことをされて正気を保てる人がいるか。
    勿論、いない。
    「……はぁ!?」
    ちょっと待てマイメン、その言葉は閃光弾のピンを抜いて投げた瞬間悲鳴に変わり、地下で行われていた違法薬物の売人を白く包んだ。
    早く帰って、可愛い恋人を抱きしめたい。
    そして、ベッドをキングサイズに替えよう。
    使わないと思っていた銃を握りしめ、ボクは物陰から立ち上がった。

    (了)
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