甘いケーキは要らない。幼い頃、クリスマスは楽しかった。
両親がケーキを買ってきて、ご馳走を用意して。
寝ていれば良い子にしていたからとサンタがやってきて、プレゼントを枕元に置いてくれた。
翌朝プレゼントを抱えて両親に言えば、嬉しそうに笑ってくれたのを今でも覚えている。
何時から来なくなったと、僕は思わない。
僕は、良い子じゃなくなったからだ。
カーテンの隙間から差し込んだ朝日によって目覚めた僕は薄目を開ける。
懐かしくも嫌な夢を見た気がする。
「んっ……」
眼鏡、と身じろぐと僕を抱きしめるようにして寝ている人物が声を漏らした。顔を見るとまだ眠っているようで目蓋は閉じられたままだった。
起こさないようにそろそろと動いて上半身を起き上がらせれば、空気が素肌に当たって寒かった。
どうやら途中でエアコンの設定温度を下げていたようで、ユーマの鼻を摘んでやろうと手を伸ばした時だった。
右手の薬指に、見慣れない指輪がついている。
石はついていないシンプルなデザインだが、まるで僕の指に誂えたかのように嵌っているそれは一目見ても安物ではないとわかった。
いつの間に付けたのか、手を近づけてサイドチェストに置いていた眼鏡をかける。
「……売ったら「売らないでください!!」」
冗談のつもりで言ったのだがユーマが叫ぶようにして起き上がるので「冗談だ」と返す。
「起きてたのか」
「ハララさんが起きたような気がして」
ちゅっと頬にキスをされるので嫌だと手で押し退ける。
ユーマの手を見れば指輪は付いておらず、「これは?」と自分の手を見せれば「綺麗な手です」と笑ったので思いきり指で額を弾いた。
「くだ、砕けた……っ?」額を押えながら倒れるので「砕けてない」と呆れて声を漏らす。
「なんだこれは」
指輪を見せれば「ハララさんへの」とユーマが涙目で此方を見た。
「クリスマスプレゼントです」
「は?」
僕の言葉に「え、クリスマス……ですよね……?」と弱々しくカレンダーを見るので「そうだが……?」と同じようにカレンダーを見る。
特に印も何もされていない今日の日付を眺めていると「その」とユーマが口を開いた。
「ハララさんに付けてほしくて、買っちゃったんです」
「僕に?」
似合うだろうなって、と笑うユーマに「僕は」と下を向く。
「クリスマスにプレゼントを貰えるほど、良い子じゃない」
返す、と指輪に手をかけると「良い子ですよ」と手を重ねられた。
「ハララさんは、毎日頑張っている良い子です」
だから、ユーマが僕を見つめる。
「これは、今年頑張ったハララさんへのクリスマスプレゼントです」
ニコッと笑ったので、僕は目を見開く。
頑張ったという自覚は勿論無い。
だからこれを受け取る資格は無いはずなのに。
「……有難う、ユーマ」
大事にする、指輪を撫でれば「はい」とユーマが微笑んだ。
「僕はプレゼントを用意してないんだが、なにかいるか?」
流石に貰ってばかりでは、とそう聞けば「なにか」とユーマが聞き返した。
「……それは今、貰ってもいいですか?」
聞き取れないほど小さく、けれど何を言ったかはわかる。
ユーマが自信無さげにゆっくりと僕に聞くので、少しだけ笑ってシーツの上に再び寝転がる。
「もう君のものだろう?」
ほら、手を伸ばせばユーマも同じように寝転がって僕を抱きしめる。
貰いすぎているような気もするのは、今が幸せだと感じるからだろうか。
手を背中に回す時に指輪が目に入り、今度の休みになったら同じようなものを買ってやろうと「大好きです」と言うユーマを見て、ゆっくりと目を閉じた。
(了)