数年前、初めて年を一緒に越すことになってユーマが僕に提案したのは、時間になったら一緒に飛ぶということだった。
カナイ区の子供たちがそれをしたから地上にいなかったと興奮気味に言っていたのでそれを聞いたユーマがやりたいと言ってきたのだ。
「……ちょっと、子供っぽいですよね」
忘れてください、と笑うので「別に構わない」と返す。
「え?」
「君がしたいのなら、僕は構わない」
ベッドから降りて立ち上がる。
脱ぐ前で良かった、と思いながらユーマを見れば嬉しそうにベッドから降りて僕の手を繋いだ。
「来年はもう少し、考えておきます」
子供っぽいという言葉が自分の中で引っ掛かっているのか、小さな声でそう呟く。
「……楽しみに、しているよ」
君さえいてくれれば、何も無くていい。
その言葉は伝えずに、カウントダウンを始めたユーマを見ながら二人同時に床の上から離れるように飛んだ。
「覚えているか、ユーマ」
僕はベッドに座りながら呟く。
温かい布団の横にはユーマの姿は無く。
「地上にいなかったのはその年だけで、あとはベッドの上か事務所で祝っていたな」
勿論探偵に正月休みなど無いと言わんばかりに仕事が入った年もあった。
その時は年明けで帰ってきた僕に「今度から断りましょう」と言ったので流石に叱ってからは何も言わなくなった。
自分と仕事、どっちが大切か。
それは探偵業をやっていたら、超探偵達なら全員「仕事」と答えるに決まっている。
「……まさか、君だけが地上にいない年を迎えるとは思っていなかった」
僕の言葉に応答する声は無い。
「なぁ、ユーマ」
今どんな気持ちだ?ベッドから降りて上を見る。
「……いつの間に、こんな大掛かりな罠を仕掛けたんですか」
ネットの隙間から、悲しげに僕を見つめる瞳。
「前までハララさんの部屋に入ったらサイレンが鳴って、コインが飛んでくるか足が飛んでくるかだったじゃないですかっ」
「君が二週間連続で部屋に忍び込んだ時があっただろう。
流石に寝不足になったから、サイレンを鳴らすのを止めて吊り下げ式にしたんだ」
下ろしてください!と揺れるので「あまり耐久性はないんだ、落ちたら痛いぞ」と言えば恨みがましく僕を見た。
「それに、僕は言った。
サイレンを無くしたが入るなよと」
「サイレンが無くなったから入ってもバレないと思ったんです……」
時報を知らせるリビングのラジオがカウントダウンを始めると、ユーマが嫌々と少しだけ暴れた。
「ハララさん、下ろしてください!
こんな格好で年を越したくないですっ」
ね!?と泣きそうな目で僕を見てくるが「ユーマ」とネット越しに見つめる。
丁度、ラジオの時報と重なるように口を開く。
「……ハッピーニューイヤー、ユーマ。
今年も宜しくしたいなら、勝手に僕の部屋に入らないでくれ」
意外と高いんだ、とネットを触れば「それは……っ」とユーマが首を横に振る。
「だってハララさん、誘っても嫌って言うじゃないですか。
明日というか、今日二人とも休みなのに」
イチャイチャしたいです、と言われて「僕は」と口を開く。
「本当に嫌なら、君を追い出している」
ユーマがピタリと動きを止める。
「……普通にノックして入ってくれば、いい」
準備があるんだ、こっちにも。そう言えばユーマが頬を染めた。
「それに、あまり僕の部屋でしないでほしい。
君がいない時に思い出してしまう」
わかるか、と俯いて言えば「……ハララさん」と名前を呼んできた。
「下ろしてもらっていいですか?
今すぐ抱きしめたいんですけど「おやすみ、ユーマ」
僕は「えっ?」「ハララさん?」と驚いているような声を漏らすユーマを見ずに、ベッドに戻る。
布団を被れば「え、ボクはこの体勢で寝るんですか!?」と言ってきたので「室温は暖かくしとく」と伝えればなにか言っていたが気にせず目を閉じた。
明日朝になってまだそのままだったら固まっているだろうからマッサージでもしてやろうと思った。
翌朝、「おはよう御座いますハララさん」と僕の横で目の下に隈を作ったユーマに「どうやって」と聞けば「これでも縄抜けはした事があるので」と笑ったので、僕はやっぱり面倒でもサイレンが鳴るようにしとこうとユーマの額を指先で弾いた。
(了)