内緒の内緒。硬い感触に最初は歯かなと思ったが位置がおかしい事に気づき、なんだろうと舌先で触ればハララさんがびくりと身体を揺らした。
何時もだったらそこで止めて謝るのだが、歯でもなければ飴でもない、小さな塊をなんだろうと舌先で触り続ける。
「っ、やめ」
ハララさんがボクの胸元を叩くも、ボクはそれが気になってしまい後頭部に手を回して更に深めにキスをしていく。
絶えず口からは息が漏れ、ハララさんの瞳から涙が落ちる。
丸くて、硬くて、ちょっと冷たい。
やがてそれが舌に付けられたピアスだと理解したのと、ボクの胸ぐらを掴んでそのまま後ろに押し倒し、息を切らして頬を赤く染めたハララさんが「がっつき過ぎだ」と言って部屋から出ていってしまった。
何時もなら追いかけて謝るはずなのに、突然恋人の舌に現れたピアスがあまりにも驚愕すぎて、ボクは暫く押し倒されたままの姿勢で動けなかった。
漸く理解が追いついて、いつの間に開けたんですか、と部屋越しに聞くも声がしない。
寝ているのだろうか、諦めて自分の部屋に帰ろうとした時だった。
突如扉が開き、不機嫌そうにボクを睨みつけた。
「……最近開けたばかりだから、あまり触られると痛いんだ」
血こそ滲んでいないのに、口内に見える舌がやけに赤く見える。
最近キスしようとしても避けられたのは。
最近食事がゼリーだけだったのは。
口を開けば、暗いはずなのにその銀色は輝いて見える。
「……聞いていないな」
ボクの視線に苦笑する声がして、慌てて謝ろうと顔を上げた時だった。
「そんなに気になるか?」
目の前に出される赤い舌を突き刺す、銀色の丸いピアス。
謝ろうとした口は何も告げれず、ハララさんの背中に手を回してキスをしようにも背が届かず。
ただ抱きつくような姿勢になってしまったボクを見て「……本当に、君は何がしたいんだ」と呆れられてしまった。
結局キスはお預けにされ、そのまま一緒に寝ることに成功したが口をしっかりと閉じて寝ているのでピアスを見ることは叶わなかった。
もう一度見たいな、とぼんやりとしているとブザーが鳴り、船体が浮上する感覚に見舞われる。
ハララさんは買い物に行くと言っていたが、もう終わったのだろうか。
「今戻った」
扉を開けてそう言われて「お帰りなさい」とソファから立ち上がる。
ハララさんの手にはなにも持っておらず、「飴は無かったんですか?」と聞けば「売り切れだった」とコートを脱いで椅子に座り、いつもの様に長い足を組んだ。
あの店で売り切れなんて珍しいな、と思いながらハララさんを見つめて、ボクは止まる。
「どうした、ユーマ」
新聞を読もうとしていた手を止めて、ボクを見返すピンクトルマリンの丸い瞳。
「……デスヒコくん、だよね」
「は?」
何を言っているんだという目で見つめてくるが、ボクが何も言わない事にやがて「んだよ」と手を横に上げて首を振った。
「いつわかったんだよ、マイメン」
ハララさんの口から漏れる、デスヒコくんの声。
「入ってきた時は気づいてなかっただろうが。
なにか違和感でも感じたか?」
完璧だと思ったのに、とデスヒコくんが立ち上がる。
流石にリュックサックは違うところに置いているようで、事務所の扉を開く。
「なんでわかったか、後で聞かせてくれよ!」
じゃあな!と扉を閉めたのを見ながら「そっか」と呟いた。
あのピアスは、ボクしか知らないんだ。
猫の件は意外と皆知っていたし、飴の味が気分で変わることも知られている。
「……ボク、だけが」
口に出せば顔が熱くなり、デスヒコくんが戻るまでに冷やさなきゃと両手を頬に当てた。
(了)