きっとボクしか知らない顔。全く可愛げがない、と値段交渉に渋った依頼人の言葉に横を見れば呆れた表情で溜息を吐いていた。
ボクが口を開くよりも先に
「交渉がのめないのなら、この件は無しだ。
他を当たってほしい」
とハララさんが椅子から立ち上がるので、ボクも慌ててコーヒーを飲み干して立ち上がる。
苛立つような表情でボク達を睨みつけている依頼人に軽く会釈し、先に歩いていくハララさんを追いかける。
「良かったんですか、依頼を断って」
「あんなのは世界探偵機構がするもんじゃない。
当人同士話し合えば解決する」
帰る、と小さく言ったのでボクは横を歩きながらハララさんを見つめる。
風で髪の毛が揺れて、ハララさんが煩わしそうに髪を後ろにやれば、首筋に見える昨夜の印。
「ハララさん」
髪ゴムはないかとポケットを探るハララさんに話しかければ「なんだ」とこちらを見ずに聞いた。
「可愛いですね」
「は?」
ボクの言葉にハララさんがこちらを向く。
「……僕の聞き間違えなら、いいんだが」
「可愛いです」
そう告げれば思いきり足を踏みつけられた。
痛みで思わず声を上げてしゃがみ込む。
ハララさんは構わずにボクを置いて歩いていく。
いきなり褒めたのは不味かったようだが、それでも可愛いと感じたのだから仕方がなかった。
「ハララさん」
ボクの言葉に振り向いてくれない。
「好きで」
額にぶつかったコインにより、ボクは意識を失わなかったが言葉を失った。
痛みからではなく、ボクが声に出した単語に反応したハララさんが振り向いてコインを弾いた時の顔を見てしまったからだ。
「君は今日、帰ってくるな」
額を抑えて蹲るボクを残して、ハララさんが歩いていく。
風が少しだけ強くて、髪で隠れた顔が僅かにしか見れなかったが。
「可愛いかったな……」
眉を顰めて、ボクを睨みつけつつも少しだけ頬が朱に染っていた。
そんなハララさんを見るのは昨晩以来だったので、帰ってくるなと言われたが帰らなきゃ行けないと感じ、ボクは直ぐに立ち上がって早足になっている恋人を追いかけた。
(了)