アンハッピーウエディング「司くんはぁ、結婚しないでよねぇ」
酔っぱらった紫色の髪の馬鹿はまたそう言うと、オレが一人暮らしする部屋のテーブルに突っ伏した。
自分たちが所属するユニットの一員で、彼の幼馴染でもある寧々の結婚式の帰り。二次会も終わってさぁ帰ろうかという雰囲気になり始めたとき、類はオレにだけこっそりと言ってきた。
「この後司くんの家に行きたいんだ。ダメかな?」
ここで断っていれば、今頃何事もなく布団と仲良くできていたんだろう。だが何だかんだ甘え上手な彼に絆されているオレは、「いいぞ」と返事をしてしまった。
道中にあったコンビニで酒を買い足して、のんびり飲み始めたのが一時間前。そしてすっかり酔った彼は、もうずっとこの調子だった。
「さっきから何なんだ」
「だからぁ、司くんは結婚しないでねって」
「してもしなくてもオレの勝手だろうが」
「だぁめ! 司くんは結婚しません!」
そう言って、類はまた酒を煽った。目が据わっていて、顔が赤い。そろそろ強引に止めさせた方がいいだろうか。
そんなことを考えるオレをよそに、彼の話は続く。
「結婚なんてさぁ、墓場だよ。は、か、ば! だめだってぇ」
「何がダメなんだ。というかお前、結婚式満喫していたじゃないか。余興も三人でやったし。終始嬉しそうで、かと思ったら泣いて。傍から見たらやばいやつだったぞ」
「ぼくないたぁ?」
「ああ、泣いていた。号泣だったぞ。まぁえむもボロ泣きだったし、オレも泣かなかったわけではないし、なんなら寧々も泣いていたからまだマシだったが」
「うん! そぉ、司くんたちすっごく泣いてたねぇ」
「お前が一番酷かったがな。写真も撮ってあるから、素面に戻ったら存分に弄ってやろう」
「うぁ~……やめてぇ」
まるでリラックスしきった猫のような姿が、少しかわいく見えてしまうから末期だ。オレは駄々を捏ねるかのように足をバタバタさせる彼の髪をそっと梳く。すると猫はふにゃんと顔を緩ませた。
「結婚、だよぉ。寧々が、さぁ」
「ああ、そうだな」
「ドレス姿……きれぇで……」
「ああ、新婦も新郎も幸せそうだった。いい式だったな」
「そう……いい式……でも、さぁ……」
「……ダメか?」
「うん」
「なんでダメなんだ」
お前は誰よりも、大きな声で祝福していたじゃないか。
しかし類は首を横に振った。
「だめだよぉ。だって……もうわんだしょの寧々じゃないじゃん……」
「いや、別に解散したわけじゃないんだから、ワンダショの寧々でもあるだろう」
「それはそぉだけど! ……解散はして、ないけど。でもこの前まで寧々はワンダショの……僕らの寧々だっただろう?」
だけどもうだめだ。寧々は僕らのじゃない。
まるでお気に入りの玩具を盗られたみたいな声で、類は言った。
彼の言い分は分からないこともない。特に二人は幼馴染だったから、きっと姉か妹が結婚したみたいな寂しさを感じているのだろう。
「でも結婚したからといって、今までの寧々がいなくなるわけではないだろう」
「うん……分かってるよ。わかってるんだよ……でも、ね……」
類は、もうすっかり大人だ。だけど同時に、心はまだ子供でもあるのかもしれない。だから結婚式や二次会のような、ちゃんとお祝いするべき場所では「仲間の結婚を祝いたい気持ち」を前面に出すことができる。
しかしここにはオレしかいない。オレは別に類がこうやってうだうだ言っていても気にしないし、誰かに言いふらしたりもしない。だからきっと彼は、今子供になっているんだ。
大切な仲間が離れて行ったようで寂しい、子供に。
「……いいんじゃないか、それでも」
「へぇ?」
「お前がそう思うなら、それでいいんだ。祝いたい気持ちも、祝いたくない気持ちもお前のものだからな。そりゃ、みんなの前では言えないかもしれないが。否定することはないと思う」
「……うん」
「だから、な」
そう言ってやると、図体の大きな子供はオレに抱きついてきた。そしてそのまま、ぼろぼろと感情を零す。
「やだ、やだよ、ねぇ」
「ああ」
「結婚、なんてさぁ……僕らずっと変わらなくて……子供みたいにはしゃいで、四人でショーをして……なのに……」
「ああ」
「変わっちゃう? のも、寂しい……寧々は僕たちのなのに、って……」
「ああ」
「分かんない、わかんないよ。でもね、嬉しいんだ。幸せそうだから……笑顔でさぁ……」
「ああ」
「だから嬉しくて……涙が出るぐらい……でも嬉しくないんだよ。アンハッピーなんだ。こんなにハッピーなのに……」
「……ああ」
「……かんじょうを、ぜーんぶ思いのままコントロールできれば……いいのに……そうすればきっと、今日だってハッピーだけだったのに……」
ぐすん、と鼻を啜る音。オレはそれっきり黙ってしまった彼の頭を優しく撫でた。
「……そんなことができる人間なんていないだろう。いや、きっとコントロールできる時点で、きっとそれは感情じゃないんだ。だから類が感じているそれは、正しいぞ」
「そう、かなぁ」
「ああ、オレはそう思うぞ」
ぎゅ、と縋るように抱きしめる腕が強くなる。それはまるでオレを彼のセカイに閉じ込める檻のようだった。
「ねぇ、司くんは結婚しないでね」
「……それはオレの勝手だろう」
「うん、でも結婚しないでね。結婚したら式で散々祝って、その後一人で泣いてやるから」
だから結婚しないで。僕の司くんでいてよ、ねぇ。
子供の声が静かな部屋に響く。オレはそれに答えなかった。
オレがお前のものでいられないのと同じように、お前だってオレのものではいられないくせに。馬鹿だな。
でもそんな馬鹿を愛おしいと思ってしまうから、オレだってどうしようもない馬鹿だ。
「結婚しないでよ、司くん。アンハッピーなウエディングに、僕を招待したりなんてしないで」
呪いのように言葉が積もる。オレはただそれを聞きながら、どちらが先かなんてことを考えていた。
(終)