未来から来たオレの恋人彼は未来から来たのではないかと思う。
彼、というのは最近付き合った神代類のことである。身長180センチの、ミステリアスな雰囲気を醸し出す男。確かに普段でも変人と呼ばれる点はあるが、特に付き合ったあと。彼の言動に慣れてきたオレでも不可解なものがあるのだ。
例えば。通学路を歩いているとき。
「よかった……!間に合った、司くん…!」
学校から真逆の位置に家があるのに、類がひょっこりと現れたのだ。出会い頭にぎゅう、とハグをされる。朝早い時間だったので周りには誰もいなかった。
それをいいことに彼を抱きしめ返し、朝一番に取り込んだであろうシャツを嗅ぐ。柔軟剤の、花の匂いで頭がふんわりと満たされて、へへ、と気の抜けた笑いが口から漏れた。人の気も知らないでとまた強く抱きしめられて少し苦しい。暫く二人の時間を堪能して、学校に行こうかと手をつなぎ、歩いた目先に。
ガチャン!と植木鉢が上から降ってきたのだ。
「あらやだ、ごめんなさいねぇ!」
2階の窓から顔を覗かせた年上の女性は怪我はないかしら、とオレたちの全身をじっと見る。
「大丈夫ですよー!お片付け、手伝いましょうかー?」
オレはそう声を張り上げ、類にも目線を送った。彼は安心したように胸に手を当て、はぁ、とため息をついている。少し伏せた目はオレに向いていて、それとオレの目線がぶつかってしまえばフフ、と優しい笑みをこぼされた。なんだ、なんだそれ。きゅん、と心臓を貫かれて、そこから熱が広がっていくようだ。彼と付き合ってから、こういうところが困るのだ。彼の行動に一つ一つ惑わされて、それなのに彼は余裕そうにオレを可愛いね、なんて言って……!
少し話が脱線してしまったが、この植木鉢、オレが類と出会わず一人でここを通っていたらどうなっていただろう。真っ先に頭に思い浮かんだのは、頭上ぴったりに植木鉢が落ちてくる映像だ。2階からとはいえ、植木鉢は土も入っていたからかなり重い。間違いなく病院行きだったろう。それに類は言ったのだ。良かった、間に合った。いつも遅刻を繰り返す彼が朝早くに出会いにやってきて言った言葉。このことを指していたら、と考えるとぞくりと鳥肌が立つ。
他にも不可解なものはあった。ショーの練習を終え、珍しく類が司くんを家まで送りたいと申し出てきたのだ。不思議に思いながら、彼と過ごす時間が増えることに胸が高鳴る自分もいた。恋人と家まで一緒なのだ、嬉しくないはずがない。
オレの正面に立った類は左の手のひらを差し出し、手を繋ぎたいなと言った。夕焼けを彼がうまく演出して、王子様のようだった。その役はオレのはずなんだが、と思いつつも彼の手を取る。照れたようにふふ、と笑う彼からもまた目が離せなかった。格好良い。オレの次に、いや、オレと同じくらい。
フェニランのゲートをくぐり、ショッピングモール前の交差点で青信号がギリギリで点滅した。大人しく歩道で次の信号を待っていようと二人で立ち止まったときだ。キキー、と大きく鳴るブレーキ音。何があったんだと音のする方を見ると明らかに挙動がおかしい大型トラックが向かいの歩道に突っ込んでいく。
「……っ!」
息を呑む音が隣でした後、オレは類に引っ張られて前から抱え込まれる。ドシャ、とトラックと何かがぶつかる音がした。ざわめく住民の声。類の肩に邪魔されて、何が起こっているのか簡単に想像はついたが、それ以上は考えたくもなかった。きっと、知らないほうが良かったのだろう。はぁ、はぁ、と無意識に止めていたのか類の切れた息が聞こえた。
そこでオレは気づいてしまったのだ。だって、類が家まで送りたいと声をかけなかったら、類が手を差し出した時間がなかったら。オレは青信号をわたって、そして、暴走したトラックに突っ込まれて。……病院行き、というより即死だろう。植木鉢のことも頭をよぎり、ぞわぞわと寒気がした。
それから、類が作ったと話していたタイムマシン。いつこんなものを作ったのかと聞けば、いいように誤魔化されたのだ。絶対これだろうとは思っているが、オレは実際に類が未来からくる様子を見たことがない。もしかしたら偶然が重なっただけかもしれないのだ。
その矢先、またオレの命が失われようとする瞬間はやってくるわけで。
昼休み、弁当を食べようと少し涼しくなった屋上に上がったときだ。類はあまり寝てれてない様子で、ふらふらとオレの後ろをついてきていた。そして、いつものようにフェンスに寄りかかるところでだ。
「っ危ない……!」
左腕を引かれ、前のめりになる。弁当が大きな音を立てて揺れた。中身が悲惨になっているかもしれない。何も知らないオレは、なんのドッキリだと彼を問い詰めようとしたのだ。
「おい、類──」
「つかさ、くん……良かった、はぁ…」
へなへなとその場に彼は座り込んだ。急なことに彼が体調を悪くしたのかと慌ててしゃがんだが、類はそんなことも知らないでやはり安心したような顔でオレを見つめている。なんなんだ、本当に。
フェンスになにか異常があったのかと軽く押してみると、それは大きく傾き、葉が舞うように校庭の方へ落ちていった。遅れて、金属とコンクリートが音をたてた。
頭がフリーズする。だって、彼が左腕を引いてくれなかったら、オレはこのフェンスと一緒に落ちてしまっていたわけで。神山高校の中心にある、とても高い階の屋上だったから、そこから落ちて地面に叩きつけられたら自身の原型もとどめていないだろう。ひ、と息が漏れる。冷や汗が頬を伝って、屋上に落ちた。また、オレが死ぬところだったのか。体が震えて、ぺたんと座り込む。類が助けてくれなければ、オレは多くて3度も死んでいた。
そこではうまく考えられなかったが、家に帰ってじっくり考え直すと必ず類がオレが事故に合う前に隣りにいるのだ。3度も繰り返すと不思議に思う。まるでオレが死ぬことを予測しているような動きにだんだんと違和感を覚えた。
「……ということなんだが、本当はどうなんだ?」
類の目をじっと見つめながら問うた。彼は疲れている様子で、目の下のくまがくっきりと見えている。手元が狂ってしまったんだ、と指の絆創膏が増えている。類は気まずいな、と言いたげに視線を落とし、座っていた椅子から立ち上がる。
オレの前に立ち、諦めたような、なにか覚悟を決めたような顔で言ったのだ。
「僕が未来から来たって言ったら、笑うかい?」
話を聞けば、タイムトラベルは未来では普通のことで、この時代に類は旅をしに来たということ。未来では無くなっていたフェニックスワンダーランドを見たい、と思ったらしい。そこでオレと出会い、恋に落ちたと。
オレと関わっていくうちにフェニックスワンダーランドは取り壊される危機を回避してしまっているし、オレの恋人となってしまって、いわゆるタイムパラドクスが起こったのだ。それから世界はバグを起こし、天馬司……オレの存在を消そうとしたのではないか、と。
「……僕が未来に帰ればよかった話なのだけれど。」
ここは居心地が良いから、と困ったように笑った。口を無理に引いて、引きつっているような、すぐに作り笑いだとわかるものだった。未来に帰りたくない理由。ここに残りたい理由。聞きたいわけではないが、その笑顔でなんとなくわかるような気がして。
気がつけば、類を抱きしめていた。辛そうな顔をする恋人を無視できなかった。そんな表情をするくらいなら、オレの命はいくらでも狙われてもいいとさえ思った。類が世界がバグを起こすくらいオレを愛しているように、オレも類を愛しているのだ。未来に帰ってほしくない、と思うくらいには。
「なぁ、類。」
優しく、なぞるように類を呼ぶ。次に時間を超えるときは、オレも連れて行ってくれるか?
驚いたようにびく、と肩を震わせた彼は、目を揺らし、それから頬を緩ませた。
「……もちろん。時間をも越えて、君と恋をしてしまったのだから。」