演じるふたりは「ねぇ司くん、聞いておくれよ! 実は最近オンラインゲームにハマっているんだ!」
昼休みの屋上にて、満面の笑みを浮かべた類がスマホを見せてくる。卵焼きを頬張りながら覗くと、アプリゲームの画面が開かれていた。オレはあまり興味がなかったが、宣伝ぐらいは見たことがある。しかし彼にとってはそうではないらしく、まるで演出について語る時のように興奮気味に語っていた。
「これね、RPGゲームなんだけど、すっごく面白いんだよ! プレイヤー同士の交流が目玉なんだ」
「ほう」
「ふふ、今まであまりゲームなんてやってこなかったけど、なかなか面白いものだね! ほら、これが僕の所属しているギルドだよ。みんな優しいんだけど、特にこの流星って人と仲がいいんだ! 彼も初心者らしくてね、似たようなレベル同士で遊ぶのが本当に楽しくて!」
類はキラキラした表情を浮かべながら、画面を眺めた。そして「あ、体力溜まってる」と呟くと、何やら操作をする。
「今ね、流星くんとどっちが早くプレイヤーレベルを三十まで上げられるか競争をしているんだ! そのためには体力の消費は必須なんだよ!」
「そうなのか」
「うん! 勿論課金すれば早くできるんだけどね、そういうのはナシにしようって決めているんだ! ふふ、事前にルールを決めておくなんて、しっかりした人だろう?」
類はどうやら、ゲームと言うよりも「流星」と一緒に遊ぶことを楽しく思っているようだった。恋人が笑顔でいてくれるのは喜ばしいことだし、素晴らしいと思う。しかし隣にオレがいるというのに画面ばかり見ているのは、どうにも気に食わなかった。
「……類、昼食はいいのか?」
とはいえ直接伝えてしまうのも、露骨に嫉妬している感じがして嫌だ。だからわざと遠回しにこちらへ意識が向くように声をかけたのに、類は変わらずスマホに構いながら適当に言う。
「うん、食べてるよ」
「いや、食べてないだろ。そのサンドイッチ、袋から出しただけじゃないか」
「うん……」
「類? るーいー……」
「……」
それっきり、類は食べることも喋ることも放棄してしまった。後に残されたオレは、一人寂しく弁当を食べるしかなくなってしまう。
声をかけても反応が返って来ないこと自体は、珍しいことじゃない。ワンダーランズ×ショウタイムの演出家サマは集中すると周りが見えなくなるタイプで、どんなに近くにいても自分の世界に入ってしまえば返事がないことはザラにあった。これに関しては別に不満に思ったことはなかったし、むしろゾーンに入った類からどんなアイデアが飛び出すのか、楽しみな方が強かったのだ。
しかし、今回は話が違う。演出はおろか、ショーにすら全く関係ないことだ。しかも、オレが分からないゲームときた。この状況で無視されて暖かく見守れるほど、自分は我慢できる人間じゃない。
「類! 聞こえてるのか類!」
腕を掴みながら揺さぶり、大きな声を出す。するとこのタイミングになってようやく、類はこちらを向いた。
「うるさいなぁ、何の用事?」
「用事って……何もなかったら話しかけちゃいけないのか? オレはお前ともっと楽しく食事がしたくて……」
「でも今いいところだから。このクエストが終わるまで待って」
そう言うと、類はまたゲームに戻ってしまった。レモン色の瞳には、よく分からない画面が映っている。少し前まではオレのことを真っすぐ、熱っぽく見てくれていた瞳が、今は無機質に思えた。
しかし、ここで諦めるなんて天馬司らしくない。一度目で駄目なら二度目、二度目が駄目なら三度目、それでも駄目ならこちらを見てくれるまで。諦めるまで話しかけてやろう。だってオレと類は、お付き合いしているのだから。ぽっと出の流星とかいうよく分からんやつに負けるわけにはいかない。
オレは自分を鼓舞すると、また類の方を向いた。しかし画面を見ているはずの彼は、にまにました顔でこちらを見ている。
だからオレは、じとっとした目で言ってやった。
「……お前」
「んー? あっ、そうだった。『なんだようるさいなぁ』」
「そうだった、じゃないだろう! 設定を守れ設定を!」
「いやぁ、僕のために演技してくれる司くんがかわいくて、つい」
「お前! お前が言い出したんだろう! オンライン上で出会った相手に嫉妬する司くんが見たいって!!」
そう。これは盛大なお芝居だった。
発端は、のんびりお家デートしていたときのこと。恋愛ものの映画を見終わった後に、類が言い出したのだ。「君は嫉妬とかしないのかい?」と。
それに対するオレの回答はノーだ。確かに類が自分以外の誰かといちゃいちゃしていたら気分は良くないが、嫉妬している暇があるならオレは自分を磨くだろう。と、言うことをそのまま伝えると、類は「だろうねぇ」と嬉しそうにしながらも、「でも僕は、色んな司くんが見たいんだよ」と続けた。
「それでお前が……設定を考えるから、その通り演じてみてくれないかい? って言うからオレは……頑張っていたというのに! よく分からないオンラインゲームだって入れて! プレイして! というかなんで嫉妬する相手までオレがやらねばならないんだ! オレがオレに嫉妬していることになるではないか!」
「だって仕方がないだろう? 嫉妬する君は見たいけど、僕は司くん以外に興味なんてないし。ならもう司くんに一人二役やってもらう以外にはないじゃないか」
「やれやれみたいな顔で言うなーッ!」
すっかりいつも通りの顔ですましている姿がどうにも腑に落ちなくて、オレは生姜焼きを頬張った。美味しい。気分が少しだけ上向くが、やっぱり納得はできなかった。
別に演じるのはいいのだ。演技の練習にもなるわけだし、普段自分がしない反応を試してみるのも面白い。しかし! ならばせめて最後まで設定を守ってくれればいいのに。
オレがすっかりぶすくれていると、類は困った顔をしながら距離を詰めてきた。そして耳元に顔を近づけると、囁くように言う。
「ごめんね、でもこの後のごめんね仲直りセックスの場面ではちゃんとするから」
「……白昼堂々不埒なことを言うな!!」
完全に鼓膜を攻撃するつもりで大声を出すと、類は「うおぉ……」とか言いながら耳をトントンした。どうやら反撃はなかなか効いたらしい。ざまぁみろと思っていると、あいつも少し反省したのか、調子に乗ったトーンを消して言う。
「でも、僕は幸せ者だなって思うよ。こんな茶番にも付き合ってくれる君が恋人で」
「……当たり前だろう! この天馬司の恋人なのだ、世界一幸せにするに決まっている!」
「ふふ、そうだね。僕も司くんを世界一幸せにできるよう頑張るよ」
ちらりと横目で見たその瞳には、オレが映っている。当然スマホなんてとっくの昔に横に置いてあるし、むしろオレ以外映っていないように見えた。
それが嬉しくて、安心もしていて。この瞬間を幸せだと感じる。だからオレも満面の笑顔で言ってやった。
「馬鹿を言え! もう世界一幸せだぞ! だってオレは、類の恋人なのだからな!」
(終)