ぴかぴかのすべすべ(ヒカテメ)湯浴みを終え、寝室へと戻れば寝台に、白い寝巻き姿のテメノスが待っていた。手にしていた本をぱたんと閉じた。
「お疲れ様です」
「すまぬ、待たせただろうか」
「いいえ」
テメノスの風呂上がりなのだろう。頬に赤みがさし、仄かな色香を醸し出していた。
同じ寝台のテメノスの隣へとヒカリが腰を下ろすと良い香りがした。
すん、とヒカリは鼻先をテメノスの首筋へと近づける。
「気が付きましたか?」
新しい香油です、とテメノスが得意げに笑う。
「あなたが好きそうな香りだと思って…」
行商人がやってきたので、気に入ったものをいくつか購入したのだという。
「そうか…良い香りだ。そなたにもよく合っている」
「ふふ、今なら髪も肌もつやつやのぴかぴかですよ」
「それは確かめねばな。しかし、そなたがそんなものを買うなど珍しいこともあるものだ」
さらりと一房、髪を掬われる。ヒカリが首筋に唇を寄せればくすぐったそうにテメノスが身を捩る。
「たまには、ね……。あなたに飽きられないように」
「俺がそなたに飽きると…?」
むっとしたように唇を尖らせるヒカリにテメノスは、鼻先を彼の額を合わせる。
「同じ味ばっかりでは食事も飽きるでしょ?」
「………むぅ」
「もぉ、そんな子どもみたいに拗ねないでください。それでね、城にやってきたのは遠く異国から来た行商隊で。ク国王の正室にと、様々な品物が持ち込まれてきました」
きっと、彼らク国王の正室のことをよく知らなかったんでしょうね。簪や装飾品、宝石やらたくさん見せてくれましたよ、とテメノスは言う。
「そのどれも美しい翡翠色でした」
「簪に、宝石か…」
ヒカリが翡翠の色の玉を求めてあちらこちらの行商人へ声をかけていたことが、彼らの間で噂になっていたのだろう。
「そなたの瞳のような色はなかなか見つからなかった」
美しい翡翠は見つからないとヒカリは呟いた。
「宝石のほうが余程、綺麗な色をしていると思いますがね」
人の心を暴く、こんな瞳なんて綺麗なものばかり見てませんし。
「また、そなたはそうやって……」
「怒らないでください。こういう性分なもので。でもね、ヒカリに気に入ってもらえているのならそう悪いものでもないのかと最近は思えてきたのですよ」
「そうか…」
それはよかった、と手を絡めてヒカリが笑う。互いに体を擦り寄せて、甘えるように、小鳥が啄むようなそんな口づけを交わす。
睫毛が触れ合う。
「香も手に入れまして…、安眠効果もあるのだとか」
今日はいらないですね、と悪戯っぽく。
「それは…?」
ヒカリが寝台の側の机にあった容れ物を指差す。
「あぁ、これも行商人が贈ってくれたもので
すね。香油のおまけらしいです。どうやら、唇用の紅ですね」
ク国王の正室に、と。テメノスが小さな丸い容れ物をぱかりの開ければ真っ赤な紅がそこにはあった。
ヒカリがそれを少し指で掬い取り、そっとテメノスの唇を親指でなぞり、色を乗せる。
鮮やか過ぎて、目に毒々しいまでの赤。
「そなたには、ちと濃いな。もう少し薄い色がよかろう」
「…っん、ふっ……」
くちゅりと。先ほどの啄むような口づけとは違い、互いの唾液の混じり合う音が耳に響く。そんな、口づけ。そのまま寝台へと体を沈める。
「ふむ…」
「どうです?」
「ちょうどよくなったな」
薄まった赤い色を指でそっとなぞる。蠱惑的に微笑むテメノスの口元には淡い赤が灯る。
「香油の効果を確かめさせてもらっても?」
「ふふ、ぴかぴかのすべすべですからね。あ、こら…。ちょっ、…っ、ん…」
テメノスの首筋にちりと痛みが走る。
満足そうに首筋についた赤い痕を見下ろす。
「そなたにはこれぐらいの色がよい」
「ん……くすぐったいです。………ヒカリのえっち」
「ふっ…。確かに手触りも香りも良いな」
「頭の先から足の先まで、もちろん指先までちゃんと塗りましたからね」
存分に堪能してください、と目を逸らし、頬を赤らめ恥じらいながらも誘うテメノスにヒカリは指を絡める。
文字通り頭の先から足の指先までテメノスを堪能すべくその肌へと唇を寄せた。