初めての夜のあと(ヒカテメ)「テメノス」
包まった布団の中からでは外の声がぼんやりとしか聞こえない。
「テメノス、大丈夫か?」
いま私は布団に包まって、そこに立てこもっている。外からはヒカリが私を気遣って優しく声をかけてくる。
昨夜ヒカリと恋仲になって、初めて身体を重ねた。
恥ずかしながらこの年になるまで、そういった経験はなく、性欲というものも比べたことはないが他者よりはきっと薄いだろうという自覚はあった。
そんな自分が男同士、そして相手を受け入れる立場というものになったのだ。
正直なところ経験はなく、ヒカリを満足させられるかすら不安であった。彼は王子だ。きっと引く手数多だったろうし、そういった経験も聞いてはいないがあったかもしれない。30も過ぎて、柔い体も豊かな膨らみもなく、硬いばかりの面白みのない男の身体では準備とやらも大変で面倒ばかりだったろう。
それでもヒカリは優しかった。ただただ優しかった。
昨夜のことは覚えていない、というよりかは思い出せない。思い出したくはない。
テメノス、と。ひどくひどく甘い声で私の名を呼んで。でも優しいばかりではなく、時折強引で、それでも何度も何度も痛いところはないかと、確かめてくる彼の気遣いと優しさが擽ったくて、いたたまれなくて。
生まれて初めて体験した、愛する人を自分の身体の中に受け入れるという行為は想像していたよりもずぅっと、怖くて、辛くて、痛くて、それなのに気持ちがよくて。
自分も見たことのない、奥底を誰かに曝け出すのは恥ずかしいばかりだった。
でも、ヒカリが私の名を呼んでくれて、私もきっと何の言葉を発したかも、分からないけれども。彼が私を見て、優しく触れながら笑ってくれたから。痛みも恥ずかしさもありつつも、それすらも心地よさすら感じて。
端的に言えば幸せだった。愛されて、愛するという行為はこういうものなのかと思い知らされた。
ただ、時間が経って冷静になってみるとやはり恥ずかしさばかりが思い返される。
怖いばかりで何度も彼に対して、我慢を強いたかもしれない。いやだいやだと、みっともなく泣いて、出したことのないような声で啼いて。
ヒカリはあんなにも優しくしてくれたというのに。
「テメノス?」
今だってそうだ。布団に包まったまま籠城している私を優しい声が呼ぶ。
「痛いところはないか? 俺は、初めて…、テメノスを初めて抱けることが嬉しくて、そなたに無理を強いたかもしれぬ。自分の気持ちばかりでそなたの負担を考えていなかった。すまない」
「そなたが眠っている間に身体を清めた。その……中のものも……。…そなたの許しなく、触れた。勝手をした」
私が起きたときは、体がさっぱりしていた。私が眠っている間にヒカリが風呂に入れてくれたのだろう。不快に思うどころか、逆にありがたいばかりだ。
「そなたは泣いていた。もしも、次も許されるのであれば、なにが嫌だったのか、どうして欲しいのかを教えて欲しい。……嫌だった、もう二度と、抱かれたくないというのならば……そうする。そなたが私を抱きたいというのならば、善処致そう」
確かに私は泣いていた。勝手に涙というものは出てくるものだ。決して不快だったからとか、嫌だったからではない。もう二度と、ヒカリが私に触れてくれない…? 想像するだけで胸の奥がずんと重くなった心地だ。きっと、そういえば彼は金輪際私に触れはしないだろう。そうすると、彼のあれほど欲に塗れた顔を、瞳を他の誰かが見ることになるというのか? そんなのはごめんだ。私が彼を抱く…? 想像もつかない。
「テメノス、出てきてくれ。愛しいそなたの顔を見たい」
昨夜の情事の名残を思わせる少し掠れた低い声で、ヒカリがそう言う。
よくもまぁ、そうこっ恥ずかしい科白がすらすらと出てくるものだ。それをどんな顔で言っているのか。見てみたい気はする。想像はできるけれども。
もぞり、と身体を起こして、ゆっくりと布団から這い出る。
「ヒカリ」
あぁ、私の声もひどく掠れている。
「すみません。喉が渇いたので、水をいただけませんか? あと、それと……嫌だったわけではありません。そりゃ痛くなかったわけではありませんし、今だって体のあちこちに怠さは残っていますし、まだ体の奥の方にあなたのものが残っているような感覚があって、貴方が全部掻きだしてくれているとは分かってはいるのですが……。恥ずかしながら、私は誰かとこのような行為をするのは生まれて初めてでして…。寧ろ私がヒカリに負担や面倒をおかけしていたかもしれません。初めての感覚で正直すべてを覚えているわけでなくて、でも気持ちはよかったのです。だから、その、昨夜のあれっきり、というのは困りますね。また貴方と、貴方が望んでくれるならこういったことを……。ヒ、ヒカリ? どうしましたか? 顔が真っ赤ですよ」
「だ、大丈夫だ。……良かった。テメノスに嫌われてしまったかと、俺は……。水だな。取ってくる」
さらりと、頬と撫でてヒカリが目を細める。私の前髪を避けて、額にちゅ、と口づけてくるりと背を向ける。
………あれ? 私いまものすごく恥ずかしいことを言ってたいたような気が……。
額の彼が触れてくれた箇所が熱く、身体の奥もまた同じように熱く、疼く感覚がした。