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    はるしき

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    はるしき

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    粗忽(フウモク)
    『不意』の少し前。幻覚強め。フ→モ。

    ##フウモク

    「すまないが、今宵モクマが来る故、私の部屋に膳を二つ運んでくれないか」
    「……かしこまりました、フウガ様」
    城仕えの女中とすれ違う際、フウガは貼り付けたような笑みを浮かべ指で二つを示す。
    女中はフウガの言葉の意図を汲んだからか、にっこりと笑い頭を下げ、自らの仕事へと戻っていった。
    フウガが胸に手を当て息を吐いたのも束の間。
    「何をしておる、フウガ」
    声の方向へフウガは勢いよく振り返る。
    そこにいたのは、自らの母であるコズエであった。
    「あ、あぁ、母上。今宵はモクマと久々に食事を取ろうと思いまして」
    「ほう、モクマが来るのか。ならば皆で食事をとった方が良かろう」
    コズエが相貌を和らげる。その目元に刻まれた皺が柔らかく深まれば、反面フウガの頬が僅かに引き攣る。
    「申し訳ございません、モクマに、里の今後のことで、話があるため…」
    歯切れの悪いフウガの言葉と態度に、コズエの笑みが益々深まる。
    「……そうか。ならばまたの機会としよう」
    笑みを深めたまま、コズエはその場を後にする。意味深な視線を置き土産にしたコズエの姿が見えなくなった頃、ようやくフウガは深く息を吐くことが出来た。
    「カエン」
    「ここに」
    誰も居ない宙に向かい呼べば、気配無く天井から現れたのは側近であるカエン。廊下に膝をつき頭を下げると、一つに結んだ髪の毛先がゆらりと左右に揺れた。
    「今宵はモクマが来る。人払いをしておけ」
    コズエに向けられた声色とは打って変わって、低く張り詰めたその声から発せられたフウガの命。
    普段からモクマを避ける様な態度ばかりとってきたフウガが当の本人であるモクマを呼ぶというのもまず奇妙であるが、人払いをさせるのもまた奇妙であった。
    「は……」
    カエンはフウガにどこか歪さを覚え、咄嗟に返事をすることが出来なかった。
    「なんだ」
    フウガの眉がぴくりと跳ねる。機嫌を損ねさせるわけにはいかない。
    「いえ……ご命令のままに」
    カエンは深く頭を下げる。
    返事が遅れたカエンを不審そうに見つめていたフウガだったが、すぐ自らの居室へ足を向けその場を去った。
    「フウガ様には困ったものだ」
    襖が音も無く開く。そこには、カエンと同じくフウガに仕えるゴンゾウが、どこか浮かない表情を浮かべ立っていた。
    「モクマが自らの部屋に来るというだけであれ程まで嬉々とされては、従わざるを得ない」
    微かに痛む頭を指で押さえながら立ち上がったカエンがため息をつく。
    カエンもゴンゾウも、フウガが何を考えているか、モクマに対してどのような感情を抱いているか、薄々は勘づいている。
    進むか進まぬか、全てはフウガ次第。
    二人はもどかしさと歯痒さ、勝手にしてほしいという思い、全てが入り混じった感情を常に抱えながらフウガに仕えていた。
    「モクマの方は毎度不審がっているがな」
    ゴンゾウは腕を組み、困ったように眉を下げる。
    先程ゴンゾウがたまたま里に下りた際、今にも死にそうな顔をしたモクマに、フウガに呼び出されたどういうことだろう、と相談を受けたことはカエンにも、勿論フウガにも秘密だ。
    「フウガ様のお気持ちがモクマに通じる日が来るのだろうか……」
    ゴンゾウは腕を組んだままフウガが立ち去った方向を眺める。
    「来たとて、俺達は変わらぬ」
    「……あぁ、そうだな」
    淡々としながらもどこか疲れた表情を浮かべるカエンに、ゴンゾウは苦笑いを浮かべながら頷いた。
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