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    はるしき

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    反射的にあげてるので誤字脱字は順次訂正。

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    はるしき

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    春織に書いてほしいお題は「初めまして、じゃないんだけどな」です。余裕があれば「頑張れ、なんて残酷だ」も入れてください。
    https://shindanmaker.com/1130587
    ルチカク

    ##ルチカク

     エニエス・ロビー発ウォーターセブン行きの海列車に乗り込んだカクは、目に入った座席に腰掛け、出がけに用意したリュック一つを隣に置いた。がらんとした旅客車には、カク一人しか居ない。それはそうだ。エニエス・ロビーから乗る客など、政府の人間以外居るはずが無い。
     カクは深く息を吐き出し膝に目を落とす。
     長い任務が始まる。途方もなく長い、潜入任務が。
     旅の道連れとして連れてきたリュックの中に大した物は入っていない。手慰みに適当に掴んでリュックに詰めてきた本でも読もうかと思ったが、やめた。読む気にならない。
     カクは窓の外を見やる。長閑で平凡な、しかし真の姿は得体が知れず恐ろしい、広大な海が広がっている。
     波飛沫を立てて、列車は走る。カクを一人乗せて。水の都に向け、走る。
     ウォーターセブン行きのこの列車は途中、いくつかの駅に止まる。途中で降りて、車両を変え、乗客に紛れまた列車に乗る。面倒だが、そうしなければいけない。カクが政府の人間だと、何人であろうと知られるわけにはいかない。
     くぁ、と口を開け一つ欠伸をしたカクは、海に視線を送り続ける。その目は景色を見ているようで、見ていない。
     暗躍機関であるCP9に属し、重大任務を授けられ、今カクは海列車に乗っている。
     感傷に浸るつもりは無いが、感慨は深い。よくここまで生きてこれたものだ。
     これからカクは、ウォーターセブンへ赴き造船会社ガレーラカンパニーへと潜入し、長期の任務に就く。世界の命運を賭けた任務に。
     このように大きな任務は初めてだった。緊張はしていないが、どこか浮ついて落ち着かない。子供の頃から船が好きだった。船の仕事に任務であろうと携われるのは、正直嬉しかった。が、仲間達の前では決して口にしなかった。浮かれてんな、と咎められることが分かっていたから。
     先に行った仲間達はもうウォーターセブンに着いている頃だろうか。広い街だが、またどこかで出会うかもしれない。その時は初めまして、とにこやかに挨拶を交わすのだ。初めましてでは無いけれど。
     カクはがらんとした車両を一瞥する。窓の隙間から潮風が香り、鼻腔を擽る。
     遠ざかるエニエス・ロビーが少しだけ、虚しい。
     ひそめた息の音すら聞こえてきそうなくらい、カクはたった一人きりだった。
     ふと笑ったカクはキャップを深く被り直し視界を遮り、足を組み深く座席に座り直す。汽笛がぼう、と鳴る。列車の揺れが心地良い。
     カクは少しの間、目を閉じた。


     海列車の扉が開く音で、カクははたと目を覚ました。しまった、眠ってしまっていた。
     立ち上がろうと椅子から腰を上げ扉の方を見ると、乗客達が楽しそうに話をしながら我先にと席を陣取っていく。一度列車を降りる予定だったが、間に合わない。乗客は次々と海列車に乗車してきた。
     存外この駅から乗る客は多く、カクが呆気にとられている間にボックス席は少しずつ客で埋まりつつある。今から慌てて降りる方が目立ってしまう。
     人の声が溢れる車内で、カクは一人。
     仕方ない、とカクは小さく舌打ちをした。寝過ごしてエニエスロビーまで行ってしまったということにして、適当な駅で再び降りよう。そう考え決め、再び座席に腰を下ろした瞬間。
    「ここ、空いてるか?」
     肩に白いハトを乗せたハットを被った長髪の男が、カクを見下ろしていた。
     少し高めの声が、カクに問いかけていた。
     カクは男とハトを見上げたまま口をあんぐりと開けてしまった。 
    「あ、あぁ……空いて、おる、ぞ」
     ハトと男、どちらに目を向けて良いか分からず視線を彷徨わせながら、カクは少しだけ帽子の鍔をあげながらぎこちなく頷く。
    「すまねぇな、くるっぽー」
     男が荷物を座席に置き、腰掛ける。男が動く度にハトがばさばさと羽ばたく。カクは動揺が抑えきれず目を泳がせてしまった。
     目の前の男はカクのはす向かいに座ったまま腕を組み、じっとカクを睨んでいる。まずいことをした。動揺してしまった。隙を見て罵倒されるか殺されるかもしれない。
    「おぬし、それは……腹話術、か?」
     湧き上がる疑問と得体の知れない恐怖に苛まれながら、カクは身を乗り出して問う。
    「そういうことだ、ほっほー」
     誇らしげにハトが胸を張る。男は唇を真一文字に引き結んだまま表情一つ変えない。
     まさか、まさか。そんなことがあり得るのか。腹話術。そんな特技があったのか。いや、このために習得したのかもしれない。任務に必要だと判断したならば、それくらいはやりかねない。だからといって、腹話術とは。いつのまに習得したのだ。カクはこみ上げてくる笑いを堪えるのに必死だった。
    「面白いのぉ。海列車でどこに行くんじゃ?」
     もう少し話しても自然だろうか。カクは好奇心と焦りで逸る心臓を宥めながら、男とハトに再び問う。
     男はピクリと眉を動かし、腕を組んだまま背もたれに身体を凭れさせる。
    「ウォーターセブンだ。造船会社で船大工を募集していると聞いてな」
    「ほう。わしもじゃ、奇遇じゃの」
     カクの答えに、ハトが嬉しそうに羽ばたく。そうだ、行く先は同じだ。
    「俺はハトのハットリ。こいつはロブ・ルッチだ。何かの縁だ、よろしくな」
     男、ルッチはハットリに促されるように右手を差し出す。
     知ってる。この男がルッチという名で、ハトがハットリという名であることなど、子供の頃から知っている。
    「わしは、カクじゃ」
     カクは頬を引きつらせながら同じように手を出し、ルッチと握手を交わす。
     手を握りつぶされるのでは無いかと思ったが、存外ルッチの手は優しかった。
    「これから大変じゃろうが、ルッチも頑張れ」
     手を離しその言葉をカクが口にした瞬間、ルッチの表情が一瞬で険しいものになった。
     しまった、とカクは内心自分の迂闊さに毒づく。
     浮かれてしまっていた、調子に乗ってしまった。一人だった世界にルッチがやってきたことで、口が滑ってしまった。
     頑張れ、などと。なんて残酷な言葉を口にしたのか。
     ルッチが、カクが。背負う物は、計り知れないほど、重い。それなのに。
     次こそ殺されるかもしれない。カクは背に伝う汗の気配を感じ、身体が冷えた。拳が飛んでくるかもしれない。カクは肩に力を込め、そっと身構える。
    「お前は良い奴だな」
     ほろっほ。
     ハットリがぱちりと瞬きし、鳴く。
     ルッチは目を細めたまま、表情を変えなかった。
     カクは口の中に溜まった唾液をゴクリと嚥下した。
    「お前とは上手くやっていけそうだ、ほっほー」
     ハットリは嬉しそうに胸を張り、バサバサとルッチの肩の上で羽ばたく。
     ルッチの目元は、ほんの少しだけ緩んでいた。それはカクでなければ分からないルッチの表情の変化。
     あぁ、と。カクの頬がじわじわと赤く染まる。
     こんなにも、こんなにも。
     この男は、優しい目で自分を見ることが出来るのか、この男は。カクは帽子を深く被り直し、顔ごとルッチから目を背けた。
     くつくつと目の前の男は喉を鳴らして笑った。そこは腹話術をしないのか。襟元をバサバサと動かし少しでも冷たい空気を頬や首元に当てながら、カクは忌々しげに呻いた。
     二人の旅路が、始まった。
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